「死神」では好きなことだけを
──「死神」はどういうモチーフから作りましたか?
「死神」は落語ですね。「Pale Blue」は本当に死ぬかと思いながら作ったんです。いよいよ締切に間に合わないかもしれない、でももし間に合わなくてドラマの主題歌がなくなったらいろいろ迷惑をかけることになる。これはヤバいぞと、うめきながら作っていて。で、それがなんとか間に合ったんですよ。ひと安心して本当に好きなことだけやろうと作り始めたのが「死神」です。落語は前から好きなんですけど、「死神」という演目には「アジャラカモクレン テケレッツのパー」という印象的なフレーズがあって。死神を追い払う呪文みたいな言葉で、人によっては「アジャラカモクレン」と「テケレッツのパー」の間にいろんな言葉が入るんです。その言葉の響きが非常に好きで、これを音楽にしたら面白いんじゃないかなというところからカジュアルに作っていったら、こういう感じの曲になりました。
──なるほど。話を聞いて納得ですが、一番肩の力が抜けているというか、すごくいい意味でヘラヘラしている曲だと思いました。これは作っていて気持ちよかったですか?
本当に気持ちよかったですね。どうやったらウケるかとか、笑えるかなとか考えながら作りました。
過ごしやすい世の中になって居心地が悪くなった
──今の音楽シーンにおける米津玄師という存在についても、改めてお伺いできればと思います。というのも、米津さんはハチとしてボーカロイドを使って活動を始めて、そこからある種の身体性を求めて、それをより強固にしていく形で米津玄師としてポップソングを作ってきた。そういう道のりを経てきたわけですが、今再び、ネットカルチャー発の音楽、アバター的な音楽が人気を集めていますよね。
自分はもともと身体性を排除したインターネットこそが音楽の発露する場所というところから経歴が始まっているわけで、言わばそこが故郷なわけですよ。でもそこから一歩外に出て、もっと現実を知って、肥大化した自意識の中でものを作るのをやめて、生活に根付いたものを作ろうと悪戦苦闘しながら進んできた。それが米津玄師の10年間だったと思うんです。でもコロナウイルスも大きなきっかけだったと思うんですけど、今になって再びそういう自意識の時代が戻ってきたなと思っていて。こと日本の国の中を見返してみても、インターネット発の音楽が、ものすごく大きなものになってきている。それこそボーカロイドシーンから出てきた後輩……と言うと偉そうに聞こえるかもしれないですけど、自分の同郷の人間たちが、すごく大きな存在になってきているじゃないですか。これはすごく喜ばしいことなんです。俺はものすごくうれしいんですよ。それでこそ自分がやってきたことに意義があったんだと思うし。
──かつてハチ「砂の惑星」で「砂漠に林檎の木を植えよう」と歌っていたわけですが、言ってしまえば、それが実ったとも言えると思います。
ただ、それはそれで、居心地の悪さを感じる部分もあって。もちろん今がんばっている同郷の人間たちを毀損したくないんですが、そればっかりになっているという気持ち悪さがあるんです。今はライブを武器にしている人間がものすごく生きづらい世の中になっている。その一方で、ボーカロイドというものがある種のブランド化しているところもある。「ボカロ出身だったらいいでしょ」みたいなキナ臭いものを感じるし、それをうまい具合に利用しようとする空気もあるなって。自分にとって過ごしやすい世の中になってしまって、個人的には非常に居心地が悪いし、本当に味気なくなりましたね。
──自分が過ごしやすい世の中になってしまったことが味気ない、というのは?
いろんな物事において、うまい具合に折り合いをつけながら、ある種、見たくないものを見つめるという行為はすごく大事なことだと思うんです。見たくないものを見つめて、自分に足りないものが何なのかを考える。そして弱者に対しての何らかの視点を持つことがものすごく大事だと思うんですね。そもそも芸術の役割はそういうことだと思うんです。困難な状況に目を向けて、軋轢がありながら、自分の表現を研磨していくことが非常に重要だと思う。でも今はそれがまったくなくてもいい環境が整ってしまった。外に出なくてよくなったので。
──僕自身もいろんなアーティストに取材する中で実感しているんですが、コロナ禍が長引いて、音楽活動や日常からたくさんのものが失われた方と、実のところ生活は以前とさほど変わらないという方と、両方いらっしゃるんですね。そして、後者はやはりネットで表現をしていた、米津さんと同郷の人たちが多くて。そういう意味では、米津さんも変わらない側に入る。
そうですね。
──だけど今おっしゃったことは、心地よくなってしまったことに、居心地の悪さを感じるということですね。
自分は、はぐれ者だからこそ、今までやってきたことに意義があると思うんです。何をするにしても居心地が悪くて、自分は間違って生まれてきたんじゃないかと思ってしまうような意識の中で、いかに正しくあれるかとか、自分の存在意義はなんだろうとか、そういうことを深く見つめる作業が自分のポップスの原点だった。そこに矜持があるんです。どれだけ聴いてくれる人に伝わっているかはわからないですけど。
──きっと伝わっていると思います。
少なくともそれによって、自分の納得がいく、美しいものを作り上げてこられたと思っています。でも自分はこんな形で居心地のいい状況が作りたかったわけではない。やっぱり基本的に何かに反発しながら生きたかったんですよ。とにかく一矢報いたいというか、レジスタンス精神のようなものがあったんです。だから今は非常に味気ない。ひたすら居心地が悪いということは言いたいですね。
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