米津玄師が11枚目のシングル「Pale Blue」を6月16日にリリースする。
「Pale Blue」は、2020年を代表するヒット作となったアルバム「STRAY SHEEP」以来、10カ月ぶりに発表されるシングル作品。TBS系金曜ドラマ「リコカツ」に書き下ろした、ひさしぶりのラブソング「Pale Blue」、日本テレビ系「news zero」テーマ曲の「ゆめうつつ」、そして落語の演目をモチーフにしたという「死神」の3曲が収録される。
音楽ナタリーでは今回、「STRAY SHEEP」以降に生まれた3曲の制作背景、コロナ禍で大きく変化しつつある音楽シーンや社会について、またその中で感じることについて、米津に話を聞いた。
取材・文 / 柴那典 撮影 / 奥山由之
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20代最後にポップソングの金字塔を打ち立てて
──昨年8月の「STRAY SHEEP」リリース以降、どのような日々を送っていたのか、どういう心境だったのかを振り返って聞かせてください。
「STRAY SHEEP」のリリースや制作は、もう遠い昔の出来事のような気がするんですよね。これはたぶん俺だけじゃないと思うんですけど、新型コロナウイルスで生活に彩りがなくなって、飲みに行くこともなくなって、気が付いたら1年近く経っていたような感じで、当時のことはあまり覚えていないです。ただ、「STRAY SHEEP」は、自分が音楽をやってきた中で1つの大きな山のように感じていたので、リリース後はその山を乗り越えてじゃあ次はどうしようかと考えていた気がします。
──以前だったらアルバムの発売後にはツアーがあり、目の前にいるお客さんの表情や反応から手応えを確かめることで、自分が作った作品を対象化することもできたと思うんですが、昨年はそういう機会もなかったですね。
そうですね。なのでまだ「STRAY SHEEP」が終わっていない感じがあります。今までだったらアルバムのツアーをやる中で、自分の音楽を客観的に見られる体験があった。それが今回はまったくないので、なんだかぬるっと終わって、ぬるっと次が始まったような……どこかその延長線上で音楽を作っている感じがあるかもしれないです。
──「STRAY SHEEP」は米津さんのキャリアにおいて、とても大きな意味を持つ作品になったと思います。単なるセールスの数字だけでなく、米津さんがデビュー以来ずっと掲げてきた普遍的なポップソングを作るという意味でも1つの達成を見た、金字塔的な1枚になりましたよね。それを経て、次にどういうことをしていこうと考えたんでしょうか?
3月に30歳になって、劇的に何かが変わったわけではないんですけれど、音楽を作るときの気の持ちようが変わってきた感じが少しあって。前までは、数ある中から自分が一番面白いと思うものを1つ選んで、それを掘り下げて作っていくようなやり方で音楽を作ってきた。でも音楽制作を長く続けていけばいくほど、どうしてもどこかで飽きのようなものが出てくる。曲を作って、デモを作って、レコーディングして、リリースしてというルーチンワークを重ねた結果、いろんなところにこれまでやったことの足跡や形跡が残っている。自分が面白いと思うことがつぶれていくような、なんだか自分が出がらしになっていくような感覚があったんです。昔はそれを嫌だなあと思っていたんですけど、だんだん自分の中でそれを肯定的に捉えられるようになってきた。今は面白いと思うものがどこにあるのかをよりシビアに探していくようになったんですよね。見るものすべてが新しくて面白いと思えたかつての感覚がなくなってきた代わりに、面白いと思うものへの深度が深まっていく感覚が生まれたというか。それだけ自分が長く音楽をやってきて、歴史が積み重なっているっていう証左でもあるわけで。それはそれで捨てたもんじゃないなと思います。とにかく今は「これは面白い」と思ったら、それをつぶさに自分の音楽にして、むしろそれを面白く思わなくなることを目的として作っているような感じがあります。
──そういった心情の変化は、去年の後半から今年にかけて徐々に起こってきたものでしょうか。
わりと最近ですね。30歳になった途端にという感じかもしれないです。
言いたいことにたどり着くまでの過程が180°変わった
──「Pale Blue」に入っている3曲について聞かせてください。時系列で言うと「ゆめうつつ」が1月から「news zero」でオンエアされているので、最初にできた曲でしょうか?
はい、そうですね。
──いつぐらいに番組からお話が来て、どんな取っかかりで作り始めたんでしょうか?
去年の8月ですかね。ニュース番組のテーマ曲なので、番組自体に明確なストーリーがあるわけではない。何かのストーリーがあるとすれば、それはその日に起こった出来事や事件になる。それって、要は生活ですよね。今の日本の国全体の生活のことがストーリーになる。で、言うまでもなく、去年は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、世界中のみんなが日々の生活を見つめ直さざるを得ないタイミングだったと思うんです。音楽を作る人間として、そういうものを今一度深く見つめて作るというのは非常にいい機会なんじゃないかと感じていた気がしますね。
──そこから、どういうふうにこの曲のモチーフが生まれていったんでしょうか?
とにかく怒っていたんですよね。いろんな混乱があって、いろんなイデオロギーの対立があって、みんな出口がわからない状態で、とにかく相手を打ち負かさんとするような主張が積み重なっていたことに。状況としてそうならざるを得ない世の中ですけど、そういうのを見ていて、自分の中で湧き上がってくる怒りや不安のようなものが、すごく大きくあった。それをどういうふうにニュース番組のテーマ曲に落とし込むかを考えていました。だから、表面上は浮遊感のある優しいものになったかもしれないですけど、自分の意識としてはものすごく怒りに満ちた曲になったと思います。
──なるほど。今おっしゃったような視点って、米津さんはもっと前から持っていて、そこに対しての意識を研ぎ澄ませていたように思うんです。例えば2015年のアルバム「Bremen」に収録されていた「ホープランド」の歌詞でも、そういう殺伐とした社会のムードをかなり直接的に描いていて、そこから別の場所に行こうということを歌っていましたよね。今回の「ゆめうつつ」では、直接的ではない表現を選んだんだろうなと、お話を聞いて思いました。
そうですね。目的は一緒なんですけど、過程が変わったような感じはします。昔は自分の傾向として“遠くへ行きたがる”ということがあったんですけど、去年から今年にかけては、大きな混乱の中で、そういう感じではなくなってきた。開くのではなく内にこもることを肯定するようになってきたというか。周りを見渡すと、みんなとんでもない生活に巻き込まれていて、誰しもが非常に苦しい状態に陥っている。その混乱の根っこはウイルスなので、誰が悪いという話ではないんですけど、ただ、国という枠組みも含めて、そういうものに対する意識を強く持たなければならない。その中で、残酷な現実が自分の目の前に横たわっていて、それを無視することができない状況になっている。無視ができないので、どんどん主張が先鋭化して、本来の目的からズレていってしまう。そんなしょうもない生活ってなかなかないと思うんですよ。「もっと外を向け」とか「お前が今生きている場所だけじゃないんだ」とか「外にはもっといろんな広い世界が広がっているからそれにちゃんと目を向けろ」とか、そういうことをずっと言い続けてきたけれど、今はそうではなくて。「ゆめうつつ」で言うと、夢という自分のパーソナルスペース、社会と隔絶された自分にしかわかり得ない空間を、より大事にすべきであるということで。結局のところ言いたいのは、いい塩梅で生活を送るべきということ。他者に目を向けて、いい塩梅で社会的な動物として生きていくべきだという考えは変わらないんだけど、そこにたどり着くまでの過程が180°変わったなと思います。開け開けという論調が強くなるたびに、分断までもが強くなっていく。これをクリアするためには、ある程度隔絶された、倫理や規範に基づかない居場所が必要になると今は思っています。
──「ゆめうつつ」のアレンジや曲調に関してはどうでしょうか? 和音やメロディの動きにしても現代ジャズの要素が強く、グルーヴにも身体的な気持ちよさがある曲だと思います。
これは自分の興味ですね。自分がまだやっていないこと、自分が信じてきたポップスというものから1つ外に出てみるっていう、実験的な意識が大きいです。それこそ演奏の身体性にしてもそう。自分はもともとロックバンドが好きなので、シンプルに構築された曲が一番いいと思っているんです。でもそれにちょっと飽きてきて、そこから拡張させるためにはどうすればいいかを考えながら作った曲で。だからサウンド面ではそういう印象があったんだと思います。まあ、本来はコードなんて3つあればいいと思っているんですけどね(笑)。
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恋をすると自分が欠けたような感じがする
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