忘れることとなくなることは絶対に違う
──先日セルフカバーのミュージックビデオが公開された「パプリカ」についても話を聞かせてください。1年前にFoorinのために作ったときとは、この曲を取り巻く状況が確実に変わって、全国の子供たちに浸透しました。そのことを、どう受け止めていますか。
とんでもないことになっているなという感じですね。いろんな人が「うちの子供が歌っているんだよね」とか「踊ってるんだよね」って動画を見せてくれるんです。それも1回や2回じゃない。正直、この状況はよくわかんねえなという感じです。
──(笑)。実際、僕の甥っ子もあの曲が大好きでよく踊っているんですよ。「Lemon」も多くの人に届いた楽曲だと思いますが、ここまで自分の手を離れて遠く、広く楽曲が届いた体験は、なかなかないのでは。
そうですね。自分は未就学児だった頃のことをなんにも覚えていないんです。何が好きだったとか、どういうふうに生きてたか、全然覚えていない。でも確実にそのときの体験は今の自分と地続きでつながっているんですよね。忘れてしまったけれども、決してその体験自体がなくなったわけではない。その土壌のもとに根を張って育って、いろんな花を咲かせながら、枯らせながら、生きてきたわけで。今「パプリカ」を歌ったり踊ったりして喜んでくれている子供たちが、例えば10年後、20年後に「パプリカ」を覚えているかと言ったら、そうではないと思うんです。ほとんど忘れてしまって「そんなことあったんだ」と言うような、儚い記憶になる。でも、忘れるということと、なくなるということは、絶対に違う。その体験は、大きさとしては些細なものかもしれないけれど、地中深くに根付くわけで。自分の作った音楽がそういうものになれたとしたら、それは本当にうれしいことだと思います。
──以前「Bremen」のときのインタビューで「普遍的なものを作りたい」という話をしていましたよね(参照:米津玄師「Bremen」インタビュー)。それはポップスの普遍性かもしれないけれど、ひょっとしたら童謡やおとぎ話の持つ普遍性に近いかもしれない、という話をした。そういう意味で言えば、これも1つの夢が叶ったわけですよね。
ああ、確かにそうですね。
──そういうふうに子どもたちの無意識の中に溶け込むものを作ったというのは、素晴らしいことだと思います。
こと音楽を作る人間にとっては、これ以上ない光栄ですね。「パプリカ」の原曲を歌ってるのは俺じゃないし、そもそも子供たちは俺がどういう人間かなんて知らないわけじゃないですか。そういう子たちにも自分の音楽がダイレクトに届いて、喜んでくれている。俳句にしても、童謡にしても、作者不詳で残ってきた作品って、そこに圧倒的な強度があったから残ってきたと思うので。そういうものに近いところまであの曲がたどりついたというのは、本当に光栄なことだと思います。
これからも真っ白なキャンバスの隙間を見つけて
──それを踏まえて、セルフカバーについても聞かせてください。アレンジも節回しも変えたアプローチですが、どんな意識で臨んだんでしょうか。
まず第一に、原曲を邪魔したくなかったんですね。子供たちが歌うのと28歳の今の自分が歌うのとでは、その時点で意味合いが全然違ってしまうわけだから。そのうえで自分がやれることは、28歳の今の自分が一番気持ちがよくて、一番美しいと思えて、今の自分はこういうふうに生きているということを、ただそのまま表現すること。それが一番似つかわしいんじゃないかと思ったんです。ひょっとしたら、懐古主義というか「あの頃はよかったよね」とうしろを向いているだけのノスタルジーみたいな曲に聴こえるかもしれないなと思ったりもしますけど。
──いや、聴いた印象としては、ノスタルジーよりも、挑戦を感じました。単に過去を懐かしむというよりも、今をちゃんと反映している曲になっているように思います。
そういうチャレンジ精神がないと、ただのノスタルジーの曲になっちゃうと思ったんですよ。今の自分の持っている無邪気さを、サンプリングするというか、コラージュのように音楽を作っていって、「こうやったら面白いんじゃない?」「ああやったら面白いんじゃない?」「よし、わかった! この曲は“ネオ盆踊り”だ!」と、考えながら作るのが大事だった。そうじゃないとただの懐古主義、センチメンタリズムに飲まれてしまうから。自分でも面白い曲になったと思います。
──こうして話を聞くと、どの曲も明確に新しい扉を開けている感じがあります。「Flamingo / TEENAGE RIOT」のときのインタビュー(参照:米津玄師「Flamingo / TEENAGE RIOT」インタビュー)でも「未曾有なことがやりたい」とおっしゃっていましたが、それが自分なりに形になってきている実感はあるんじゃないでしょうか。
それは本当に思います。やっぱりどんどん必要にかられてそうなっているんですよ。エミネムも言っていたけれど、最初は真っ白なキャンバスになんでも描くことができたけれど、音楽を作っていくうちに、キャンバスに余白がなくなって、描く場所がなくなっていく。それってミュージシャンとか、ものを作る人間が誰もが抱える至上の命題だと思うんですけど、それが自分の身にもいよいよ降りかかってきている。いろんな曲を作っていく中で、気を抜くと、それが手癖になったり、流れ作業的なものになったりしてしまう。どうすればそこから抜け出すことができるのかという必要にかられるわけですよね。それがなければ絶対にこの曲たちは作れなかったし、それによって新しい扉を自分で開けることができた。それは、まさに続けていくことの難しさや偉大さだと思います。いつまで続くかはわからないですけど、少なくとも今の自分は胸を張ってこれが一番美しいと思えているし、自分にとって新たなものを作ることができているので。これからも真っ白なキャンバスの隙間に「この色をこの場所にポンと乗せたら全部の色に統一感が出たんだよね」みたいなものを見つける楽しさを見出してやっていくんだろうなと思います。このシングルを作ったことは、1つ、その自信になりました。
公演情報
- 米津玄師「米津玄師 2020 TOUR / HYPE」
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- 2020年2月1日(土)和歌山県 和歌山ビッグホエール
- 2020年2月2日(日)和歌山県 和歌山ビッグホエール
- 2020年2月8日(土)福井県 サンドーム福井
- 2020年2月9日(日)福井県 サンドーム福井
- 2020年2月15日(土)神奈川県 横浜アリーナ
- 2020年2月16日(日)神奈川県 横浜アリーナ
- 2020年2月22日(土)広島県 広島グリーンアリーナ
- 2020年2月23日(日)広島県 広島グリーンアリーナ
- 2020年2月27日(木)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
- 2020年2月28日(金)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
- 2020年3月7日(土)三重県 三重県営サンアリーナ
- 2020年3月8日(日)三重県 三重県営サンアリーナ
- 2020年3月11日(水)大阪府 大阪城ホール
- 2020年3月12日(木)大阪府 大阪城ホール
- 2020年3月17日(火)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2020年3月18日(水)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ
- 2020年3月25日(水)福岡県 マリンメッセ福岡
- 2020年3月26日(木)福岡県 マリンメッセ福岡
- 2020年4月4日(土)北海道 北海道立総合体育センター 北海きたえーる
- 2020年4月5日(日)北海道 北海道立総合体育センター 北海きたえーる