音楽ナタリー Power Push - 米津玄師

「Bremen」を目指してたどり着いた場所

「平成狸合戦ぽんぽこ」を観て、自分は船頭に立つべきだと思った

──8曲目の「Neon Sign」は、いわば折り返し地点の大事な位置に置かれていますね。これはどういうところからできた曲なんですか?

この曲は……どう言えばいいんだろうな。実はこの曲を作ったときの記憶がほとんどなくて。聖書を読んでたという記憶しかない。

米津玄師

──「手をとり合って 想い合って 指切りしたのに 振り返ってしまい塩の柱」というのは、旧約聖書の有名なエピソードからの引用ですよね。

そうです。このアルバムを作っている間に聖書を読むことが多くて。いろんなことを考えていたんです。あ、強いて言えば「大乗仏教をやりたい」と考えていたのを思い出しました。

──大乗仏教をやりたい? すごく興味深いので、詳しく聞いていいですか?

それを思うようになったきっかけは、高畑勲監督が作ったジブリ映画の「平成狸合戦ぽんぽこ」を改めて観たことだったんです。あの映画は居場所を追われたタヌキたちが主人公で、タヌキたちが人間たちに一泡吹かせてやろうと言って、いろんなものに化けて百鬼夜行をやるんですよ。でも結果としては全然意味がなかった。で、意気消沈したタヌキたちの間では「もうダメだ」みたいなあきらめの空気が蔓延する。そこで長老が大きな船を用意して、それにタヌキたちを乗せて海の向こうに旅立つんです。言うなれば、もう生きる道がないタヌキたちみんなを連れて一緒に死ぬっていう選択。なんだかそれが大乗仏教みたいなことだなと思って。自分もそういう船の船頭に立って何かを導いていくようなことをやるべきなんじゃないかなと、それを観て思ったんです。

桃源郷に向かって進んでいくことが大事

──今その話を聞いて思ったんですが「平成狸合戦ぽんぽこ」と「ブレーメンの音楽隊」には共通する部分がありますよね。タヌキたちが百鬼夜行をするのと同じように「ブレーメンの音楽隊」では、ロバと犬と猫とニワトリが森の中の家でお化けのふりをして盗賊を追っ払う。

あ、そうか。つながりますね。

──そうして「ブレーメンの音楽隊」では「4匹の動物たちはその家で幸せに暮らしました」というハッピーエンドになる。つまり幻を演じる、幽霊のふりをするということが、居場所のない人や動物たちにとっての起死回生の策になる、という。そういうところが「平成狸合戦ぽんぽこ」と「ブレーメンの音楽隊」に共通している。

なるほど。確かにそうですね。今その話を聞いて自分の中でもう1つ腑に落ちたところがあって。

──というと?

「ブレーメンの音楽隊」の動物たちって、結局ブレーメンにはたどり着かないんです。結局森の中のよくわからない小屋の中で生活する。で、「平成狸合戦ぽんぽこ」も、別にタヌキたちのシャングリラっていうのは築けずに、人間のふりをしながらタヌキたちがへばりつくようにかろうじて生きていくっていう終わり方なんです。その中で些細な幸せを見つけて生きていくという。自分としてもシャングリラにたどり着く必要はないんだろうなって思っているんですよ。だって現実問題、今いる場所に疲れたからって、行く場所はないじゃないですか。なんの苦労もない桃源郷みたいなところなんて存在しないわけで。何かと折り合いをつけながら、いろんな人間と相互に作用しながら生きていく必要がある。でも桃源郷がどこにも存在しないことがわかっていても、そこにたどり着こうとすること自体が大事というか。それがいかに幻の存在であろうと、進んでいくというのが大事なんだと考えていたんですね。

アルバムを通じて物語を作りたかった

──今話していただいたようなことが、まさに最後に「Blue Jasmine」という曲が必要だと考えた理由なんじゃないかと思うんです。幽霊や鬼火のようなモチーフが頻出するアルバムの物語がまさに日常の幸せの象徴である「差し出したジャスミンのお茶」で終わるわけですから。

そう、それがすごく大事だと思うんです。13曲目の「ホープランド」はすごく広大で、荘厳な響きを持った曲で。すごくいい感じで終わるんですけど、でもそれでアルバムが終わっちゃいけないなと思っていて。「ホープランド」の中で「いつでもここにおいでよね」って言ってるけど、聴く人は「じゃあどこに行けばいいの?」ってなるわけですよ。それは精神的な「ここにおいでよ」だったらいいんですけど、実際にその空間としての場所を、僕はこの曲を聴いてくれる人に提示することはできない。それはすごく無責任だなと思ったんですね。このアルバムを聴いてくれる人に1つの居場所や心の安らぎみたいなものを感じてほしいとは思ってはいるけれども、結局やれることなんてその程度であって。その人たちに雇用を提供できるわけでもないし、メシを食わせることができるわけでもない。つまり自分は米を作れない。

──だから米を作ってる人間が一番偉いということを考えていた。

そう。でも自分には米は作れないけれども、それと似たようなものを提示する必要があった。それが「Blue Jasmine」だったんです。この曲ってなんでもないラブソングだから、終わりとしてはすごくあっけない。だけどこういう曲で終わらなきゃいけないなって思ったんです。精神的な豊かさだけにすがって生きていくのは脆弱だと思うし、自分がそう思って過ごしていたときに破綻をして大変なことになってしまったという経験がある。だからちゃんと自分の半径5メートル以内にあるものに目を向ける必要があるんだって、このアルバムを聴いてくれる人に対してそういう選択肢を提示したくて「Blue Jasmine」を作りました。

──これは自分が作ってきたすべての曲の中で、一番のラブソングだと思いますか?

そうですね。この曲は本当に一瞬でできたんですよ。歌詞とメロディとコードがすぐにできて、アレンジも2日くらいで作った。今まで作ってきた中で一番歌いやすいし、歌ってて気持ちいい曲なんですね。現在の自分の感覚にすごく近い気がします。

──なるほど。こういう話をしてきて思うんですが、この「Bremen」というのは、新しいおとぎ話みたいなアルバムだと思うんです。最初に米津さんが「普遍的なものを作りたかった」と言ってましたけれど、それはポップソングの普遍性というよりもおとぎ話の普遍性というほうが近い気がする。

そうですね。曲同士を対話させたかったっていうのも、そういうことかもしれない。1つの主張を持った人と、もう1つの主張を持った人たちを対話させることによって何かを明確にしていくというのは、いろんな物語の基本構造なんですよね。だから自分もそういう物語を作りたかったんだと思います。

ニューアルバム「Bremen」 / 2015年10月7日発売 / UNIVERSAL SIGMA
「Bremen」初回限定 / 画集盤
初回限定 / 画集盤 [CD+画集] 4212円 / UMCK-9772
「Bremen」初回限定 / 映像盤、通常盤
初回限定 / 映像盤 [CD+DVD] 3564円 / UMCK-9773
通常盤 [CD] 3240円 / UMCK-1522
CD収録曲
  1. アンビリーバーズ
  2. フローライト
  3. 再上映
  4. Flowerwall
  5. あたしはゆうれい
  6. ウィルオウィスプ
  7. Undercover
  8. Neon Sign
  9. メトロノーム
  10. 雨の街路に夜光蟲
  11. シンデレラグレイ
  12. ミラージュソング
  13. ホープランド
  14. Blue Jasmine
初回限定 / 映像盤 DVD収録内容
  • 「アンビリーバーズ」Music Video
  • 「フローライト」Music Video
  • 「メトロノーム」Music Video
米津玄師 2016 TOUR / 音楽隊
  • 2016年1月9日(土)東京都 Zepp DiverCity TOKYO
  • 2016年1月12日(火)徳島県 club GRINDHOUSE
  • 2016年1月13日(水)香川県 高松オリーブホール
  • 2016年1月15日(金)大阪府 Zepp Namba
  • 2016年1月16日(土)大阪府 Zepp Namba
  • 2016年1月22日(金)愛知県 Zepp Nagoya
  • 2016年1月24日(日)新潟県 新潟LOTS
  • 2016年1月26日(火)宮城県 Rensa
  • 2016年1月30日(土)福岡県 Zepp Fukuoka
  • 2016年1月31日(日) 広島県 BLUE LIVE HIROSHIMA
  • 2016年2月3日(水)北海道 Zepp Sapporo
  • 2016年2月6日(土)東京都 Zepp Tokyo
  • 2016年2月11日(木・祝)東京都 豊洲PIT
  • 2016年2月12日(金)東京都 豊洲PIT
米津玄師(ヨネヅケンシ)
米津玄師

男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は800万回を、「パンダヒーロー」の再生回数は400万回を超える人気楽曲となる。2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスを1人で手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラスト、アニメーションでできたビデオクリップも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集めている。2013年5月、シングル「サンタマリア」でユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。同年10月にメジャー2ndシングル「MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー」、ハチ時代のアルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」の再発盤をリリースした。2014年4月、米津玄師名義としては2枚目のアルバム「YANKEE」を発表。同年6月には初ライブとなるワンマン公演を東京・UNITで開催した。2015年1月にシングル「Flowerwall」をリリース。4月には全国ツアー「米津玄師 2015 TOUR / 花ゆり落ちる」を開催し、10公演を行った。同年8月には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015」で野外フェス初出演を果たす。9月にシングル「アンビリーバーズ」を発表。10月にはアルバム「Bremen」をリリースし、2016年1月からワンマンツアー「米津玄師 2016 TOUR / 音楽隊」を実施する。