音楽ナタリー PowerPush - 米津玄師
“花の壁”が示すもの
“花の壁”が象徴するのは普遍的な感情
──「Flowerwall」はどういうところから作り始めたんでしょうか?
まず、今年の夏くらいに引越しをしたんですよ。その理由というのも、あまり曲ができなくなっていたからなんですね。それは別段珍しいことではないんですけれど。で、環境を変えてみようと思ったんです。そうしたら実際にめちゃくちゃ作れるようになって。「Flowerwall」はそのときに10曲くらい作ったうちの1つです。
──できるもんですね。
ははは(笑)。環境が変わって、精神状態も変わったんでしょうね。
──いつも曲が先にできて歌詞をあとに書く作り方ですか?
大体そうですね。でも、そもそも、曲より先にイメージやシチュエーションを思い描くことが多いですね。例えば「花に嵐」だったら嵐の中、誰もいない駅の待ち合い室でぽつんと人が待ってるような。そういうシチュエーションをイメージしながら作り始めることが多いですね。
──なるほど、じゃあこの「Flowerwall」に関してもそういうイメージがあった?
そうです。“花の壁”っていうのが実際にあったとしたらそれはどういう感じなのかなっていうのを想像してみたんです。ネガティブな意味としての立ちふさがる“壁”と、ポジティブな意味としての“花”、その複合体である“花の壁”。それは幸せでも不幸でもないなって思って。自分が日々生活していく中で、不幸でも幸せでもないって気分になることがけっこうあるんです。例えば、自分はもしかしたらものすごくいびつな形で生まれてきたんじゃないかとか思うことがある。でもそれから何時間か経って、もしかしたら自分はだからこそ美しいものを作れるんじゃないかと思うこともある。自分の環境や居場所が変わってるわけでもないのに、そう思ってしまう。そういうものを表現するのにぴったりだなと思ったのが最初ですね。
──「花の壁」というと幻想的なものを思い浮かべがちですが、もっと当たり前にある感情の象徴なんですね。
たぶん誰しもが直面したことがあるものだと思うんです。すごく普遍的なものだとも思いますしね。
“花の壁”を祝福として受け止めよう
──その感覚がそのまま「僕らを拒むのか何かから守るためなのか 解らずに立ち竦んでる」という歌詞になっているわけですね。でも、曲をすべて聴くと決して立ち竦んでいるだけで終わらなかったことも伝わってくる。
そうですね。やっぱり自分が生きていく上で、1人だと何もわからない、定義できないことってたくさんあるなと思ったんです。個人的な話なんですけど、そもそも俺はペシミストだし、あまり人を信用しない人間なんですね。信用したくないんですよ。でも、そうやって信用せずにずっと今まで生きてきたら、ある日を境に自分の前に何もなくなったような感覚があって。このまま生きていっても自分の前には何も現れないだろうっていう予感があった。そうなったときに「このまま生きていてもしょうがない」って感じたんです。そこで俺に必要なことは、自分を誰かに定義してもらうことだって思ったんですね。
──自分を誰かに定義してもらう?
1人だったら判断できないことでも、横に誰かいたら自分の形も居場所もよくわかると思うんです。周りに何もなかったら自分が今どこにいるかもわからない。だからもう、自分本位で生きるのなんてしょうもないなって思ったんですね。誰も信じずに、自分がやってることが正しいとだけ思って生きるなんて、なんの意味もないと思う。枯れた井戸の中をほじくり回してるような感覚なんですよ。だから、そういうものを否定したくて作った曲っていう側面もありますね。
──これは僕の推測ですけど、ライブの経験と曲がつながっていると感じたのは単純にサウンド面ではなくて、「人と出会って人は変わる」っていうことをちゃんと肯定していることだと思うんです。米津さんは「YANKEE」のときに「呪いが1つのキーワード」ということを話しましたけれど、そういう過去をちゃんと踏まえながら前に進んでいる。そして今は意味のあること、価値のあることをやろうと思っている。そういう信念をすごく感じます。
もう、あとに戻りようがないんですよ。戻ったところで何もないから。だから、そういう感覚が「diorama」を作り終えたあたりからどんどん大きくなってますね。「じゃあゼロから始めるか」っていう感覚が「サンタマリア」を作るときにあったし、信念って言ったら確かにそうなのかもしれない。迷いようがないっていう。もう自分はこれしかやることがない、っていう感覚ですね。
──「花の壁」は呪いではない?
「花の壁」そのものは別にどっちでもないと思います。確固たる善や悪として神様に作られたわけじゃない。だから、それは結局自分自身の問題であって。それを俺は祝福として受け止めようと、そう決め込んでるだけですね。
アーティストでありたくないんですよね
──サウンド面では、「Flowerwall」は蔦谷好位置さんが共同編曲家としてクレジットされています。一緒にやってみてどうでした?
前回も1曲一緒にやって、そのときからわかっていたことですけど、やっぱりすごい人だなって思いましたね。この曲は最初に俺がかっちりデモを作ったんです。自分なりにアレンジを決めて、それを蔦谷さんに投げて、ある程度口頭でやりとりした上で直してきてもらうっていう。
──どんな感じでやりとりをしたんですか?
最初に俺、EDMにしたいって言ったんですよ。もしかしたらEDMのある種の軽薄さみたいなものがこの曲に合うんじゃないかって思って、EDMというワードを投げてアレンジしてもらって。結局そのトラックは使わなかったんですけれど、それはそれでめちゃめちゃよくて。
──そうなんだ。それ、超聴きたい(笑)。
ははは(笑)。ちゃんと成立してたんです。でも、いい塩梅を探っていくうちに、結果として自分が最初に作ったものに蔦谷さんのエッセンスが加わって昇華されたものになった感じはありますね。
──なるほど。僕としては、「EDMの軽薄さが似合う」って感覚、わかる気がします。軽薄さって、言い換えれば商品性なんですよね。米津さんって、自分の音楽にそういう要素がもっとあってほしいっていう気持ちはあるんじゃないか、と。
その通りですね。商品であってほしいと思います。極端に言うと、アーティストでありたくないんですよね。自分が作るものはほかの人に消費されてしかるべきだし、それを聴いてくれる人のためのものであるべきで。だから、変に高尚なものにしたくないんですよ。自分が素晴らしい曲を作ってるっていう自負もあるし、創造的なものを作ろうとしてる意気込みもありますけど……。
──芸術家じゃない。
うん。芸術家になりたくない。芸術的なものを作るっていうことに関してあまり意味を見出せなくなったんですね。そういう芸術性のあるものが好きな自分も確実にいるんですけど、でも、それは自分がやるべきことではないと思っていて。そもそもそういうものに疲れた結果ここにいると思っているから、自分が作るものはそうなり得ない。そういう、覚悟とも諦めとも言える感覚はすごく強いですね。
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- ニューシングル「Flowerwall」 / 2015年1月14日発売 / UNIVERSAL SIGMA
- ニューシングル「Flowerwall」
- 初回限定盤 [CD+DVD+画集] / 2052円 / UMCK-9716
- 限定スペシャルセット [CD+ポスター] / 1620円 / PDCS-5915
- 通常盤 [CD] / 1188円 / UMCK-5554
CD収録曲
- Flowerwall
- 懺悔の街
- ペトリコール
初回限定盤DVD収録内容
- Flowerwall (Music Video)
米津玄師(ヨネヅケンシ)
男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲の投稿をスタートし、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は700万回を、「パンダヒーロー」の再生回数は400万回を超える人気楽曲となる。2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスを1人で手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラスト、アニメーションでできたビデオクリップも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集めている。2013年5月、シングル「サンタマリア」でユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。同年10月にメジャー2ndシングル「MAD HEAD LOVE / ポッピンアパシー」、ハチ時代のアルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」の再発盤をリリースした。2014年4月、米津玄師名義としては2枚目のアルバム「YANKEE」を発表。同年6月には初めてのワンマンライブを東京・UNITで開催した。2015年1月にシングル「Flowerwall」をリリース。4月には全国ツアー「米津玄師 2015 TOUR / 花ゆり落ちる」を開催し、10公演を行うことが決定している。