ナタリー PowerPush - 米津玄師

「ハチ」から本名へ 自分を描き切った「diorama」

「vivi」は自分の内面世界に一番近い曲

──米津玄師名義で初めてニコニコ動画に投稿された作品「ゴーゴー幽霊船」は、ニューウェイブ感がたまらないダンサブルなナンバーで、既に再生回数が70万回を突破している人気曲になりました。この曲を聴いて思ったんですが、米津さんは「SUMMER SONIC」に出演するようなUKロックっぽいアーティストが好きなんじゃないかなあということで。

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この曲は、タイトルの「ゴーゴー」という響きから入ったんです。確かに、UKロックっぽさと歌のハマりかたを重視しましたね。

──一緒に歌うと、言葉の流れがとても気持ちの良い曲ですよね。それから、7曲目「vivi」の、無常観にも通じる切ない音世界にグッときました。

自分の内面世界に一番近いのが、この曲だと思います。結局どうやってもわかりあえない。わかりあえたと思っても、すれ違いって必ずあるんですよ。そんな悲しさを描いているのが「vivi」ですね。それでいいんだと思ってます……。

制作以外することない生活

──そういえば、動画共有サイトで先行公開された「ゴーゴー幽霊船」や「vivi」の映像作品では、道徳や倫理観を押しやった不条理に満ちた世界観が描かれています。僕はこの映像から、アメリカの絵本作家エドワード・ゴーリーを感じました。ごく細い線で執拗に描かれたモノクロームの質感による高い芸術性という共通項があるなあと。

エドワード・ゴーリーは「うろんな客」とか好きです。影響受けてると思います。でも、なぜシャーペン1本で書いてるかといえば、色を塗るのが面倒臭いからなんですけどね。

──とはいえ、あのアートワークをひとりで仕上げるのは大変な労力と時間がかかるのでは?

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あまり、日常生活と制作にかける時間を明確に分けてはいなくて、本当にそれ以外することない生活なんです。制作しないときは、本を読んで、インターネットを観て終わりなので……。生活≒創作みたいな感じなんですよ。

──こだわりの米津ワールドを絶妙に表現する動画作品も、同じように大変な労力と時間をかけているのではないかと。

曲を作った時点で全部やりきった感があるので、動画は言っちゃ悪いですけど、適当に作り始めるんです。でも、自分の作品ですし、だんだんと「手を抜けねー」ってなって。結局時間をかけちゃいますね。

──箱庭感というか、ナマズの上に「街」が存在しているジャケットのインパクトもすごいです。

去年の3月に地震があったじゃないですか? それが、色濃く出てますよね。最初は震災を意識して作ってはいなかったんですよ。普通の街を作ろうと思ってました。でも、去年街が壊れていく映像を目の当たりにして、もうそれ以前には戻れないなと思ったんです……。ナマズは、江戸時代のナマズ絵を踏襲してます。江戸時代にもすごい地震があったみたいなんですよ。でも、メッセージ性とかは特に考えていないです。それこそ、子供の頃に絵を描いたり、ゲームをやっていた延長線上に今の自分があると思っています。

好きなのはBUMP OF CHICKEN、宮沢賢治、三島由紀夫

──ちなみに、米津さんの音楽的なルーツは?

BUMP OF CHICKENが好きですね。小学校5年生のときに家にパソコンが来て、インターネットにつながったんですけど、その頃、BUMPの曲にFLASHアニメをつけるのが流行ってたんですよ。今、ニコニコ動画でやっているようなことの先駆けだったのかもしれませんね。「天体観測」とか「ダンデライオン」とか懐かしいです。ネット上で盛り上がっていたんですよ。

──なるほど。確かに、おとぎ話的な世界観、モノクロームの質感によるイラストから名前が連想できるアーティストですね。それから、歌詞の世界観や語彙の広さから、本をたくさん読まれてるイメージを持ちました。

本は好きですね。文字の響きとかを重視してます。宮沢賢治や三島由紀夫、言葉が美しい詩集なども好きです。

──昭和っぽい古本屋とか、似合いそうですよね。

いや、行かないです(笑)。本屋は、探すのが面倒臭いんですよ。だいたい欲しい本が見つからないし……。ネットが多いですね。クリックひとつですから。

──そういえば、オフィシャルサイトのギャラリーページに、アルバム世界と通じる絵本作品を公開していましたね。

絵は、小さい頃からたくさん描いてたんですが、ストーリー仕立てで描いたのはあれが初めてなんです。去年の夏、実家に帰省してたときに、ほかにやることがなさすぎて描いたんですけどね。

──アルバム「diorama」収録曲の歌詞に登場するキャラクターとも結びついていますよね。

そうです。「caribou」とかね。去年の夏はアルバム「diorama」のことで頭がいっぱいだったので、共通した世界観になってます。

ライブは、今現在はやる気がない

──アルバム発売後にはライブを観たいってリスナーが増えるかと思いますが、ライブ活動についてはどう考えていますか?

ライブは、今現在はやる気がないというか。まず、バンドメンバーがいないし……。アルバム「diorama」も、ライブを前提とせずに作った作品なんですね。なので、ツケにまわしているような状態です。いつかやらなきゃいけないんだろうなとは思ってます。

──では、最後にリスナーに伝えたいメッセージがあればぜひ!

もう今は、完全に出がらしの状態です……。アルバム「diorama」をぜひ、聴いてほしいですね。

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ニューアルバム「diorama」 [CD+DVD] 2012年5月16日発売 / 2500円(税込) / BALLOOM / DGLA-10016

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CD収録曲
  1. ゴーゴー幽霊船
  2. 駄菓子屋商売
  3. caribou
  4. あめふり婦人
  5. ディスコバルーン
  6. vivi
  7. トイパトリオット
  8. 恋と病熱
  9. Black Sheep
  10. 乾涸びたバスひとつ
  11. 首なし閑古鳥
  12. 心像放映
  13. 抄本
米津玄師(よねづけんし)

米津玄師

男性シンガーソングライター。2009年より「ハチ」という名義でニコニコ動画にVOCALOID楽曲の投稿をスタートし、代表曲「マトリョシカ」の再生回数は500万回を、「結ンデ開イテ羅刹ト骸」の再生回数は300万回を超える人気楽曲となる。2012年5月、本名の米津玄師として初となるアルバム「diorama」を発表。全楽曲の作詞、作曲、編曲、ミックスをひとりで手がけているほか、アルバムジャケットやブックレット掲載のイラストも自身の手によるもの。マルチな才能を有するクリエイターとして注目を集め始めている。