音楽ナタリー Power Push - 八代亜紀×寺岡呼人
演歌の女王×J-POPの仕掛け人 新たに見出したブルース
八代亜紀から飛び出るアイデア
──「夢は夜ひらく」もまた歌謡曲としておなじみの楽曲ですね。
八代 これも「外国の方に聴かせたいなあー」と思って。
──アレンジ的にはちょっとジャズっぽい雰囲気もあります。
八代 そうですね。ちょっと面白く、おかしくやりましょって言って。現場で「1コーラス目はちょっとやさぐれて、2コーラス目から倍テンポのリズムでカッコよく」って感じでアレンジを急遽変えたんですよね。
──そうなんですね。
寺岡 初めは全体的にもうちょっとスローな感じでしたね。ギター1本でやろうっていうのも八代さんのアイデアで。
──そういうアイデアは、どんどん八代さんから出てくるんですか?
寺岡 はい。「命のブルース」にはすごく高いバイオリンの音が入ってくるんですけど、それも八代さんのアイデアで。「高い音で悲しい叫び声が聴きたいのよ」って。「それを譜面にどう書けばいいんですかね?」って聞いたら「いやなんかね、『キィー』って」っておっしゃるので、八代さんに急遽レコーディング現場に来てもらって。それを入れたら、すごくよくなったんですよね。
原曲よりも間口が広がった
──10曲目は「Bensonhurst Blues」です。
八代 7年ぐらい前に、フィギュアスケートでね、この曲で滑ってた選手がいたんですよ。その曲を聴いたときに“一聴き惚れ”というか。マネージャーを呼んで「すぐ録画して」って言って調べてもらったんです。私、こういう音楽が大好きなの。
──アレンジは寺岡さんですけど、寺岡さんはこの曲をどう解釈しましたか?
寺岡 僕はヨーロッパっぽい感じを受けました。だからこれはあえてシカゴブルースみたいにしないほうが逆にいいなと思ったんです。歌謡曲にも相通じる物悲しさがあるなと思ったんで。
──そして11曲目「あなたのブルース」に続くわけですが、これもブルースの曲としてはちょっとユニークなアレンジですね。
八代 歌謡曲よりもブルースに近付けた感じになってますよね。
寺岡 原曲の矢吹健さんの曲と声、アレンジっていうのがけっこう強烈だったので、どうやったらこのアルバムに馴染むだろうかと思ってたんですけど、村田さんが映画のサントラみたいな雰囲気にしてくださって。アレンジが施されて、八代さんの声が入って、「原曲の言いたいことってこういうことだったのかな」と気付きました。
八代 原曲のボーカルは絶叫ですもんね。
寺岡 原曲は“THE 歌謡曲”“THE 演歌”みたいな感じがあったので、ちょっと取っ付きづらいところもあったんですけど、このアルバムのバージョンをきっかけにいろんな人が入って来られるんじゃないかと。間口が広がったような気がしますね。
──アーバンメロウな雰囲気もちょっとあって。クールに抑えることにより、原曲とはまた違った表現になっていると思います。
八代 そうなんですよ。
寺岡 マリーナ・ショウっていうアメリカのジャズシンガーが一時期AORっぽいアルバム(1975年発表「Who Is This Bitch Anyway?」)を作ったんですけど、この「あなたのブルース」はそういう感じがするんですよ。
──なるほど、AORがちょっと入ってるんですね。
寺岡 この「あなたのブルース」を聴いて、僕は勝手に「八代さん、次は昭和歌謡をこういう感じで解釈したアルバムを作ったらいいのになあ」と思ってました。
八代亜紀のルーツ・熊本を歌う
──そしてラストは「Sweet Home Kumamoto」。「Sweet Home Chicago」が熊本を舞台にした歌詞に生まれ変わっていますが、八代さんにとってご自身が生まれ育った町というのはやはり大きい存在ですか?
八代 大きいね。ルーツは血ですから。中でも球磨川のほとりっていうのはすごいルーツなんですよ。あの河川敷で歌を歌ったり、絵を描いたりしてました。あと八代市の「キャバレー白馬」が私が最初に歌った場所なんです。「Sweet Home Kumamoto」の「白馬は聖地さ」っていう歌詞は、そこから来てるんです。
寺岡 僕らからすると「Sweet Home Chicago」のイメージがすごく強くて。せっかくだったら八代さんの地元の歌がいいんじゃないでしょうか、という話になって。そしたら八代さんがノリノリになってくださってうれしかったです。歌詞の最後に「みんなも持ってる ふるさと」っていう歌詞が出てくるので、聴いた人がそれぞれ自分たちの故郷を思い起こしてくれたらいいなと思います。
八代 そうなんだよね。例えばコンサートやるときに、各地でその土地名を入れて歌うといいんじゃないかなあ。
寺岡 あと曲の途中に「あんたがたどこさ」のフレーズが入ってるんですけど、キーボードの小島(良喜)さんが今熊本に住んでらして、よく熊本のイベントとかでブルースを演奏しながら、間奏で「あんたがたどこさ」をやるんですって。で、レコーディングの最中に、小島さんがたまたま遊びで「あんたがたどこさ」を弾いてたんですよね。それを八代さんが聴いて「それ、入れちゃおうよ」と言って入れることに。偶然の産物ですね。また八代さんのミラクルが炸裂しました。
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収録曲
- St.Louis Blues
- The Thrill Is Gone
- 別れのブルース
- フランチェスカの鐘
- Give You What You Want(THE BAWDIES 提供楽曲)
- ネオンテトラ(横山剣 提供楽曲)
- 命のブルース(中村中 提供楽曲)
- The House of the Rising Sun
- 夢は夜ひらく
- Bensonhurst Blues
- あなたのブルース
- Sweet Home Kumamoto
八代亜紀(ヤシロアキ)
熊本県八代市出身の演歌歌手。15歳で歌手を目指して上京し、銀座でクラブ歌手として活動を始める。1971年にシングル「愛は死んでも」でデビューを果たし、1973年には出世作となった「なみだ恋」を発表。1979年発売の「舟唄」が大ヒットを記録し、1980年には「雨の慕情」で「第22回日本レコード大賞」大賞を受賞した。演歌歌手として確固たる地位を築きながら、一方で画家としても才能を発揮。フランス「ル・サロン展」に5年連続で入選し、永久会員となった。2010年にはデビュー40周年シングル「一枚のLP盤」を発表。2012年5月には小林旭とのデュエット曲「クレオパトラの夢」、10月には小西康陽プロデュースによる初の本格的なジャズアルバム「夜のアルバム」をリリースし、翌2013年3月にはニューヨークの老舗ジャズクラブ「Birdland」でライブを行う。その後初の学園祭出演などを経て、2015年10月、寺岡呼人プロデュースによる初のブルースアルバム「哀歌-aiuta-」をリリース。
寺岡呼人(テラオカヨヒト)
1968年生まれ、広島県出身。1988~93年にJUN SKY WAKER(S)のベーシスト兼コンポーザーとして活躍。バンド脱退後はソロでの活動を展開するとともに、他アーティストのプロデュースも行い、これまでゆず、矢野真紀、ミドリカワ書房、植村花菜、グッドモーニングアメリカらのプロデュースを手がけている。2001年より、自身が尊敬するアーティストや親交のあるアーティストをゲストに迎えコラボレーションを行うイベント「Golden Circle」を不定期に開催。2014年9月には通算14枚目となるオリジナルアルバム「Baton」をリリースした。