音楽ナタリー Power Push - 八代亜紀×寺岡呼人
演歌の女王×J-POPの仕掛け人 新たに見出したブルース
海外の人が聴いてカッコいいと思う昭和歌謡
──続いては「フランチェスカの鐘」です。
八代 この曲はどうしても入れたいとお願いした曲で。古関裕而先生が作られた曲なんですけど、先生が亡くなられて何周忌かのタイミングに放送されたテレビ番組で、「『フランチェスカの鐘』を歌ってください」と依頼があって歌ったんですよ。そのとき歌ったきりだったんですけど、カッコいいでしょ?
寺岡 カッコいい。これは戦後間もなくの曲ですよね。
八代 そうそう。その時代の曲なんだけど、歌詞が超シャレてるんですよ。彼と別れた歌なんだけど、ねちっこいんじゃなくて、「めんどくさいからバイバイしただけよ」っていう。
──ハイカラなカッコよさがありますね。
八代 外国の方が聴いたら「カッコいい」って言うなと思って。実はそういう楽しみがあるんだよね。
寺岡 僕らにとってはちょっとクラシカルなメロディなんですけど、それこそクエンティン・タランティーノ監督の映画で梶芽衣子さんの曲が流れたときに、外国の人たちがあの旋律をカッコいいって思うような感じ。
八代 そう。カッコいいんですよ。
ブルースが染み込んだTHE BAWDIES&横山剣
──そして次がTHE BAWDIESによる書き下ろしの新曲「Give You What You Want」。演奏にはOKAMOTO'Sからハマ・オカモト(B)さんとオカモトコウキ(G)さんが参加しています。この人選はどのように?
寺岡 今回、僕ができることは何かということを考えたときに思ったのは、今の若いアーティストでブルースをすごく理解していて、体に入ってる人たちに、若者代表で1曲書いてもらうことかなと。その第1候補がTHE BAWDIESだった。
──THE BAWDIESが持っている、ロックンロールにつながるブルースの血筋を感じる楽曲で、ビートはシャッフル。すごく面白い解釈だなと思いました。
八代 レコーディングのとき、20~30代の若者が演奏して、そのあと80代のベテランのお父さんたちが別の曲をレコーディングしたんですよ。おかしかったよね。歳の差がすごくて(笑)。
寺岡 歳の差60歳くらいとかね。
八代 面白かったですよ。音にね、やっぱり年齢が出るの。80歳の音があるの。ピアノもギターも。
寺岡 あるある。
──その次が横山剣さんの作った「ネオンテトラ」です。
八代 ちょっとムード歌謡みたいですよね。
──ムード歌謡を現代風に解釈しているような感じがします。
八代 うん。だからなのか、大人の悲しい女性が絵に浮かぶの。彼を亡くして1人で化粧厚くしてドレス着て仕事がんばんなきゃっていう。でも悲惨ではないの。「あなた見てる? キラキラしたドレス着てきれいでしょ? こんなの見ないで死んじゃうなんてもったいないわよ」っていう大人の女性の歌なんですね。
──艶っぽいですね。剣さんへのお声がけはどのように?
寺岡 日本にやって来たブルースが昭和歌謡になって、その昭和歌謡を僕らの世代でホントに理解して音楽に取り込んでいるのはクレイジーケンバンド以外ないと思っていて。剣さんだったらブルースの染み込んだ歌謡曲を書いてくれるんじゃないかなと思ってお願いしました。
──歌詞の世界観も含めて、そのものずばりな感じですよね。いわゆる「○○のブルース」という形でヒットした歌謡曲を彷彿とさせる。
八代 そうそう。情景が浮かびますよね、すごく。
和洋の「命のブルース」
──そしてさらにもう1曲の新曲が中村中さんが書き下ろした「命のブルース」。中村さんの音楽には、ほかのアーティストにはない独特の情念がありますよね。
八代 今回は中さんに「とにかく悲しい歌を作ってほしい」とお伝えしたんです。心をえぐられるような「何、この悲しい歌は!?」っていうぐらいの悲しい曲で、と。そしたら最初は中さんビックリしてたけど「いいですね、わかりました」って快諾してくれた。
寺岡 中ちゃんも日本の音楽、昭和の音楽に対しての造詣がとにかく深いんですよね。まだ若いのに詳しいし、愛してる。で、打ち合わせのときに八代さんがおっしゃった「悲しみの中から希望が出てくるんだ」っていう言葉をうまく歌にしてくれたなって思いましたね。
──新曲3曲が挟まったあとで、次に来るのが「The House of the Rising Sun」。これはアメリカのトラディショナルソングですが、一般的にはThe Animalsの印象が強いですよね。
寺岡 僕もイメージ的にはThe Animalsだったんですけど、今回初めて歌詞を見て「これ、完全にブルースだな」と。まさに「命のブルース」で歌っているようなことが、実はこの「朝日のあたる家」でも歌われているんですよね。だから、和と洋の「命のブルース」って感じがします。
──そうですね。この2曲がつながっているのがこのアルバムの面白いところで。
八代 私は昔バスガイドをしてたんだけど、すごく恥ずかしがり屋で、しゃべろうとするとお客さんにピーピーって冷やかされてしゃべれなくなっちゃうんです。で、ステップに降りて「どうしよう、どうしよう」って言ってしまうような子だったんですね。すると運転手さんが叱るんですよ。「名所旧跡が通りすぎて行くぞ、しゃべれ」と。でもしゃべれないんです。それでもう泣きそうになったときにバスの中で「タンタカタン、テンテン」って流れてきたんです、この「The House of the Rising Sun」が。
──おお。
八代 そのとき初めて聴いて「うおお」ってなっちゃったんですよ。言葉はわからないけど、切なくて、この感覚こそがブルースなんだなと思った。だからこの曲はどうしても入れたかったですね。
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収録曲
- St.Louis Blues
- The Thrill Is Gone
- 別れのブルース
- フランチェスカの鐘
- Give You What You Want(THE BAWDIES 提供楽曲)
- ネオンテトラ(横山剣 提供楽曲)
- 命のブルース(中村中 提供楽曲)
- The House of the Rising Sun
- 夢は夜ひらく
- Bensonhurst Blues
- あなたのブルース
- Sweet Home Kumamoto
八代亜紀(ヤシロアキ)
熊本県八代市出身の演歌歌手。15歳で歌手を目指して上京し、銀座でクラブ歌手として活動を始める。1971年にシングル「愛は死んでも」でデビューを果たし、1973年には出世作となった「なみだ恋」を発表。1979年発売の「舟唄」が大ヒットを記録し、1980年には「雨の慕情」で「第22回日本レコード大賞」大賞を受賞した。演歌歌手として確固たる地位を築きながら、一方で画家としても才能を発揮。フランス「ル・サロン展」に5年連続で入選し、永久会員となった。2010年にはデビュー40周年シングル「一枚のLP盤」を発表。2012年5月には小林旭とのデュエット曲「クレオパトラの夢」、10月には小西康陽プロデュースによる初の本格的なジャズアルバム「夜のアルバム」をリリースし、翌2013年3月にはニューヨークの老舗ジャズクラブ「Birdland」でライブを行う。その後初の学園祭出演などを経て、2015年10月、寺岡呼人プロデュースによる初のブルースアルバム「哀歌-aiuta-」をリリース。
寺岡呼人(テラオカヨヒト)
1968年生まれ、広島県出身。1988~93年にJUN SKY WAKER(S)のベーシスト兼コンポーザーとして活躍。バンド脱退後はソロでの活動を展開するとともに、他アーティストのプロデュースも行い、これまでゆず、矢野真紀、ミドリカワ書房、植村花菜、グッドモーニングアメリカらのプロデュースを手がけている。2001年より、自身が尊敬するアーティストや親交のあるアーティストをゲストに迎えコラボレーションを行うイベント「Golden Circle」を不定期に開催。2014年9月には通算14枚目となるオリジナルアルバム「Baton」をリリースした。