音楽ナタリー Power Push - 八代亜紀×寺岡呼人
演歌の女王×J-POPの仕掛け人 新たに見出したブルース
八代亜紀がブルースを歌うアルバム「哀歌-aiuta-」を、10月28日にリリースする。
本作は演歌歌手として長年にわたり活躍してきた八代が、寺岡呼人をプロデューサーに迎えてブルースに挑戦したアルバム。「St.Louis Blues」「The Thrill Is Gone」といったアメリカのスタンダードナンバーや、淡谷のり子「別れのブルース」、矢吹健「あなたのブルース」などのカバー、さらにTHE BAWDIES、横山剣(クレイジーケンバンド)、中村中による書き下ろしの新曲3曲を収めた聴きどころ満載の1枚だ。
音楽ナタリーでは今作のリリースを記念して八代と寺岡の対談を企画。選曲やレコーディングの裏話はもちろん、互いの“ブルース論”についても聞いた。
取材 / 臼杵成晃 文 / 小林千絵 撮影 / 佐藤類
ブルースは“浪曲”
──まずは八代さんがブルースアルバムを作ることになった経緯から教えてもらえますか?
八代亜紀 2012年にジャズアルバム「夜のアルバム」(参照:八代亜紀×小西康陽「夜のアルバム」対談)を出したんですけど、スタッフにいつも「ジャズは12歳くらいの頃から聴いてたけど、ブルースはもっとその前から聴いてた」って話をしてたんですね。で、「ジャズアルバムが成功したから次はブルースをやりたいね」って。
──八代さんが考える「ブルース」とはなんですか?
八代 ブルースはね、私ずっと言い続けてきてるんですけど、浪曲なの。物悲しいリズムと悲しい言葉がね。さらにそのルーツには子守唄があるような気がしているんです。12~3歳の子が子守をするような貧しさの中で生まれてきたあのどこか悲しい旋律が。でも海外のブルースは過酷な奴隷制度、厳しい差別から生まれたんですね。そういう意味で、海外のブルースと日本のブルースは根本的には違うんですけど、ただ私は、ブルースっていうものは魂なんだって理解していて。私は「魂の歌=ブルースを歌いたい」と思ってたんです。
──なるほど。
八代 で、その魂の歌を若い寺岡さんはどう解釈されるかなって。
寺岡呼人 個人的にはいわゆるシカゴブルースにすごくハマった時期があって、ブルースは大好きなんですけど、ブルースが日本にやってきて、それが独自の解釈で歌謡曲の原型となっていく過程に関しては全然知らなかったので、今回のお話をいただいたとき、僕にとってはすごい挑戦だなと思いました。でもこんなお話二度とないなと。
王道のブルースから始まる
──今作は、直接的にルーツを感じさせるブルースもあれば、日本に輸入されて歌謡曲として流行したブルースもあって。さらに現在日本で活躍してるアーティストの新曲も入っている。いろいろ聴きどころのある作品で。ここからは1曲ずつ収録順にお話を伺えればと思います。最初はルイ・アームストロングをはじめさまざまなアーティストに歌い継がれてきた「St.Louis Blues」。
八代 もう王道ですよね。演歌の世界の私たちでも知ってますから。超有名でしょ。
寺岡 これが1曲目っていうのはレコーディングが始まる前から決まってました。一番ブルースのスタンダードだろうっていうことで。
──ちなみに今作は寺岡さんが編曲してる曲と、村田陽一さんが編曲してる曲がありますよね。
寺岡 今回はブルースと昭和歌謡をつなぐアレンジが必要だと思っていて。全部、いわゆるベタな昭和歌謡っぽいアレンジよりはモダンなアレンジのほうがカッコいいなと思ったんです。で、村田さんは特にモダンな和音を基調としたアレンジを得意としているので、村田さんにお願いしました。
──2曲目は「The Thrill Is Gone」です。
八代 原曲はB.B.キング。これも王道ですね。
寺岡 この曲はいわゆるマイナーブルースで。シカゴブルースの中でもマイナーブルースって特に昭和歌謡に影響を与えてるんじゃないかと思ったので、この曲を選んでみました。
──3曲目の「別れのブルース」は淡谷のり子さんの歌唱で、1937年にリリースされました。古い曲ですが、広い世代に知られている曲ではないでしょうか。
八代 この曲はブルースというよりも流行歌ですね。淡谷先生はどちらかというと声楽家なんですよね、確か。だから歌謡曲を歌う人はみんな嫌いなの。私も「あんた大っ嫌い」ってずっと言われてたの(笑)。
一同 はははは(笑)。
八代 だから「別れのブルース」もあんまり好きじゃなかったんですって。でも服部良一先生が「St.Louis Blues」を聴いて、日本にもブルースっていうものを作りたいと思って、淡谷先生に「別れのブルース」を歌わせたという話を聞いたことがあります。
──それを今回は八代さんが八代さんなりの歌い方で。
八代 はい。楽しみながら歌わせていただきました。
──ストリングスの音色が印象的なモダンなアレンジですね。「夜のアルバム」からつながるムードも感じました。
八代 そうそう。ジャズもロックンロールもリズム&ブルースも、もともとブルースとつながってますからね。
次のページ » 海外の人が聴いてカッコいいと思う昭和歌謡
収録曲
- St.Louis Blues
- The Thrill Is Gone
- 別れのブルース
- フランチェスカの鐘
- Give You What You Want(THE BAWDIES 提供楽曲)
- ネオンテトラ(横山剣 提供楽曲)
- 命のブルース(中村中 提供楽曲)
- The House of the Rising Sun
- 夢は夜ひらく
- Bensonhurst Blues
- あなたのブルース
- Sweet Home Kumamoto
八代亜紀(ヤシロアキ)
熊本県八代市出身の演歌歌手。15歳で歌手を目指して上京し、銀座でクラブ歌手として活動を始める。1971年にシングル「愛は死んでも」でデビューを果たし、1973年には出世作となった「なみだ恋」を発表。1979年発売の「舟唄」が大ヒットを記録し、1980年には「雨の慕情」で「第22回日本レコード大賞」大賞を受賞した。演歌歌手として確固たる地位を築きながら、一方で画家としても才能を発揮。フランス「ル・サロン展」に5年連続で入選し、永久会員となった。2010年にはデビュー40周年シングル「一枚のLP盤」を発表。2012年5月には小林旭とのデュエット曲「クレオパトラの夢」、10月には小西康陽プロデュースによる初の本格的なジャズアルバム「夜のアルバム」をリリースし、翌2013年3月にはニューヨークの老舗ジャズクラブ「Birdland」でライブを行う。その後初の学園祭出演などを経て、2015年10月、寺岡呼人プロデュースによる初のブルースアルバム「哀歌-aiuta-」をリリース。
寺岡呼人(テラオカヨヒト)
1968年生まれ、広島県出身。1988~93年にJUN SKY WAKER(S)のベーシスト兼コンポーザーとして活躍。バンド脱退後はソロでの活動を展開するとともに、他アーティストのプロデュースも行い、これまでゆず、矢野真紀、ミドリカワ書房、植村花菜、グッドモーニングアメリカらのプロデュースを手がけている。2001年より、自身が尊敬するアーティストや親交のあるアーティストをゲストに迎えコラボレーションを行うイベント「Golden Circle」を不定期に開催。2014年9月には通算14枚目となるオリジナルアルバム「Baton」をリリースした。