ナタリー PowerPush - 八代亜紀×小西康陽
演歌の女王、ジャズを歌う
八代さんぐらいのすごい歌手になると、最初のテイクが最高なんですよ
──実際に今回歌われている「クライ・ミー・ア・リヴァー」は、ジュリー・ロンドンのバージョンを下敷きにしていて、ギターもオリジナルのバーニー・ケッセルのアレンジを踏襲していますよね。正直言って、寒気がするぐらい興奮しました。
八代 あのアレンジはすごいですよね。フラッシュバックするというか。あのギターの感じ。あれを聴いただけで「私、どうしちゃったの?」っていうくらい、心が10代に戻りましたね(笑)。だって、あのときレコードで聴いた音ですから。びっくりしましたね。
小西 あの曲、歌も演奏も一緒に一発で録ったのを見て、僕も驚きましたけど。
──もしかしてそうなのかなと僕も思っていたんですが、やっぱりこのレコーディングでは歌と演奏を一緒にレコーディングしたんですね。
八代 小西さんはね、「はい、練習しましょう。デモテープが録りたいので」って言って、スタジオに入って歌ったら、それがもう本番だったの(笑)。
小西 八代さんぐらいのすごい歌手になると、最初のテイクが最高なんですよ。だから、みんな油断できない(笑)。
八代 ライブ感覚でしたね。楽しかったですよ。
小西 演奏も、八代さんが歌で入って一緒に録ったら、たいてい最初のテイクでOKでしたから。今回のミュージシャンの人たちもみんな八代さんの歌にしびれてましたね。あんまりそういうことを普段言わない人たちもいるんですけどね。今回はみんな「うわあ」って言ってたから。
八代 「おしっこちびる」とかね、言ってましたね(笑)。
──僕なんかは、八代亜紀さんの長いキャリアの中には、僕らが知らないだけで、過去にこういうカッコいいジャズのアルバムがあるかもしれないと夢を見て探してみたこともあるんです。でも今回こうして出来上がってきた作品が、まさにその、あるかもしれないと思っていた作品そのものでしたね。
小西 そうですね。自分が聴きたいと思うレコードを作りましたね。
八代 本当? うれしい!
──しかも、それを八代さんもすごく楽しんでらっしゃるのが、こうしてお話をお聞きしてると伝わってきて、僕もうれしいです。
八代 すごく楽しかったですね。ねえ?
小西 ほんとに楽しかったです。
クラブ時代は他人のレパートリーは歌えなかった
──この「夜のアルバム」では、スタイルとしては歌謡曲よりも前の流行した音楽を今回歌われていますよね。でも、結果的には八代さんの人間味というか、歌の生っぽさが前面に出てきて、むしろ僕たちにはすごく新鮮に感じられて。
八代 そこは小西さんがすごくこだわっていらっしゃいましたから。ね?(笑)
──レコーディング中に小西さんから出た指示で、印象に残っているものはありますか?
八代 小西さんはねえ、「いいですね、素敵ですね……。でも、こういう歌い方も聴いてみたいな」みたいなね(笑)。私は「え? 今のでいいんじゃなかったんですか?」って(笑)。そういうところはありましたね。でも、笑いながらレコーディングしてました。
──アルバム前半のレパートリーはスタンダード曲中心で、八代さんご自身にとってなじみの深い曲が多いでしょうけど、このアルバムで初めて歌われた曲も結構ありますよね。
八代 そうなんですよ。スタンダードジャズでは「ジャニー・ギター」「サマータイム」「枯葉」、あと最後の「虹の彼方に」は初めて歌いました。なぜならクラブで歌ってる頃は、他の方がレパートリーにしてる曲は歌っちゃいけなかったんですよ。どれも大好きな曲なのに今まで歌えなくて。だから今回歌うことができてうれしかったです。
八代のこぶしをあえて入れようと
──熊本民謡の「五木の子守唄」と「いそしぎ」をメドレーというか、ひとつの曲に合体させてしまったバージョンを歌ってらっしゃいますよね。小西さんの発想もすごいですし、八代さんにとっても「五木の子守唄」は熊本出身ということで、とてもなじみの深い歌で。そういう曲が「いそしぎ」と重なり合っていくというのは、とてもスリリングでした。
八代 そうなんですよ。この2曲は入り口が同じなんですよね。今回、初めて知ってびっくりしました。
小西 歌い出しのメロディが一緒なんです。「五木の子守唄」が熊本の歌だってことは一応知ってはいました。ただ、言葉の意味とかは全然わからなくて、八代さんにお訊きしました。
──そうなんですよね。八代さんは歌詞の意味がわかって歌っていて、それが凄味にもなっていて。そこに重なってくる「いそしぎ」は英語の歌詞なんですけど、その美しさというか悲しさに連なって迫ってくるようなところがありました。
八代 小西さんがどのようにメドレーにされるのか、楽しみだったんです。
小西 がんばりました。
八代 「五木の子守唄」はイントロのアレンジもドラマチックでしょ? だから、そこは演歌の八代のこぶしをあえて入れようと思って。外国の方が聴かれたときに八代節の演歌がどういう感じで聴かれるのかなっていう思いを頭に浮かべながら歌いましたね。ふるさとの悲しい貧しい子守の歌ですから、ここは切なく八代節で歌ってみようと。それでいて「いそしぎ」になったら、すっとあの歌の感じに変えて入ってみせようと思って(笑)。
小西 最後にもう1回「五木の子守唄」に戻すっていうのは八代さんのアイデアだったんですよ。
八代 あ、そうでしたっけ?(笑)
小西 はい。アレンジは難しかった(笑)。
八代 キーが違うんですよね。「いそしぎ」のほうがキーがちょっと高くなっちゃうんですよ。でも、がんばってやりました。ウフフフ。
収録曲
- フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
- クライ・ミー・ア・リヴァー
- ジャニー・ギター
- 五木の子守唄~いそしぎ
- サマータイム
- 枯葉
- スウェイ
- 私は泣いています
- ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー
- 再会
- ただそれだけのこと
- 虹の彼方に
八代亜紀
熊本県八代市出身の演歌歌手。15歳で歌手を目指して上京し、銀座でクラブ歌手として活動を始める。1971年にシングル「愛は死んでも」でデビューを果たし、1973年には出世作となった「なみだ恋」を発表。1979年発売の「舟唄」が大ヒットを記録し、1980年には「雨の慕情」で「第22回日本レコード大賞」大賞を受賞した。演歌歌手として確固たる地位を築きながら、一方で画家としても才能を発揮。フランス「ル・サロン展」に5年連続で入選し、永久会員となった。2010年にはデビュー40周年シングル「一枚のLP盤」を発表。2012年5月には小林旭とのデュエット曲「クレオパトラの夢」、10月10日には小西康陽プロデュースによる初の本格的なジャズアルバム「夜のアルバム」をリリースした。
小西康陽
1959年、北海道札幌生まれ。1985年にピチカート・ファイヴでデビューを果す。豊富な知識と独特の美学から作り出される作品群は世界各国で高い評価を集め、1990年代のムーブメント“渋谷系”を代表する1人となった。2001年3月31日のピチカート・ファイヴ解散後は、作詞・作曲家、アレンジャー、プロデューサー、DJとして多方面で活躍。2009年にはニューヨーク・ブロードウェイで上演された三谷幸喜 演出・脚本のミュージカル「TALK LIKE SINGING」の作曲・音楽監督を務めた。2011年5月には「PIZZICATO ONE」名義による初のソロプロジェクトとして、アルバム「11のとても悲しい歌」を発表。2012年10月10日発売の八代亜紀「夜のアルバム」ではアルバムプロデュースおよびアレンジを担当した。