矢野顕子|ふたりの“今”を融合させたコラボアルバム

初音源化の「Rose Garden」、ラップと“とぼけたタブラ”が面白い「ただいまの歌」

──「Rose Garden」は、1981年のアルバム「ただいま。」収録曲のセルフカバーですね。上妻宏光さんの弾く津軽三味線とのセッションがとてもスリリングで、どこかジャズっぽい雰囲気も感じました。

上妻さんともライブでは何度も共演しているんですが、こうやってCDに曲を収録するのは初めてじゃないかな。何しろ津軽三味線の世界ではトップの方なので、彼のプレイヤーとしての技量を生かしたアレンジをしたいなと思いました。それで81年のオリジナルレコーディングにも参加してくれていた邦楽囃子の仙波清彦君に来てもらって。新旧2人の第一人者とセッションをしています。私としては、その目論見が見事に当たったかなと。

──西洋のピアノと和楽器では音階も違いますが、ピッチもフレーズも驚くほど正確に合っていて。

そうねえ……実際、上妻さんは私が「こういうのはどうかしら?」と提案して「できません」と言うことがまずないので。それが当たり前と思ってしまってる節があるかも。もっと感謝しなきゃいけないなって、今、改めて思いました(笑)。

──次の「ただいまの歌」も、2010年のアルバム「あなたと歌おう」収録曲のセルフカバー。こちらは全編にU-zhaanさんが奏でるタブラがフィーチャーされ、そこに環ROYさん、鎮座DOPENESSさんのラップと矢野さんの歌が絡むというループ感の強い仕上がりです。

U-zhaanとも昔から一緒に演奏していて。去年この3人が作った「にゃー」という曲にゲストで参加したんですね。まあ、ボーカルといっても私は「にゃあ、にゃあ」言ってただけなんですけれど(笑)。今回は構成は同じで、3人にゲストに来ていただきました。U-zhaanの叩くリズムは複雑なんだけど、どこかとぼけた味わいがあるというか……2人のラップも相まって面白い仕上がりになったと思います。

敬愛するシンガー平井堅&前川清とのレコーディング

──平井堅さんと歌った「Smile」はチャップリンの名曲ですが、なぜ今回、あえて誰もが知るこのスタンダードを選んだのですか?

あまりにも有名な曲で、いつか自分でもやってみたいなという気持ちはあったんですけど、なかなかチャンスがなかったんです。それで今回、この機会に平井さんの力を借りてトライしてみようと。とにかくうまいシンガーですし、しかも研究熱心な方なので。スタジオではもう「心ゆくまで歌ってください」という感じで。何1つ言うことはありませんでした。むしろ、彼の歌をどういうアレンジメントに乗せるかが私の責任だったので。そこには心を砕きましたね。

──ゆったりした打ち込みのバックトラックが、古きよきメロディに現代的なタッチを加えていますね。しみじみ聞かせるという意味では、前川清さんとのデュエット「あなたとわたし」も素晴らしかったです。歌詞のひと言目から、ギューッと心を締め付けられました。

本当にねえ……前川さんにはずっと昔、「なきむし姫の物語」という曲を書かせていただいたことがあるんですが、それ以来の共演で。こういう機会をいただけて、なんて自分は恵まれてるんだろうと。心から満たされた気持ちというか、ただただ幸せなレコーディングでした。

──糸井重里さんの歌詞も、文字通り「ふたりぼっちで行こう」というアルバムのコンセプトを体現する内容で。矢野さんの曲とアレンジは、どこか古きよき歌謡曲のテイストも思い起こさせます。

アレンジメントは楽曲が連れてきてくれたものなので、特に歌謡曲っぽい雰囲気を意識したことはないですね。一番考えたのは、前川さんの声が一番気持ちよく響くこと。日本が誇るこの素晴らしいシンガーの歌唱を、とにかくお楽しみくださいと。そういう気持ちでした。

矢野顕子

矢野顕子と細美武士の感情が渾然一体となった「やさぐれLOVE♥」

──そして最後は、細美武士さんとコラボした「やさぐれLOVE♥」。これは2009年のコンサート「矢野顕子リサイタル」でお二人が共演されたときに書かれた曲で。今回のアルバムの中では、作詞・作曲・編曲すべてが共同名義になっている唯一のナンバーです。

もうそんなに経つんですね。一緒にスタジオに入って、1行ずつ「ここはどうしようか?」「こうしましょう」って相談しながら作った曲です。だから、細美さんもおっしゃってるけれど、今となってはどちらがどの部分を書いたかもうわからないの(笑)。自分の中ではそれくらい、2人の感情が渾然一体となっていますね。

──ちなみに「やさぐれたい」という魂の叫びは?

あ、そこは細美さんです。

──矢野さんご自身は、細美武士さんという表現者のどういうところに心を揺さぶられますか?

うーん……やっぱり、心の底までぜんぶ露わになっているという、あの正直さじゃないかなあ。真にエモーショナルなところですね。

──12月には恒例の「さとがえるコンサート 2018」も行われますね(取材は11月に実施)。

今回の「さとがえるコンサート」では会場ごとに、このアルバムに参加してくださったミュージシャンの方々もゲストにきてくれる予定です。たとえば東京なら奥田民生さんと細美武士さん。もちろんCDの収録曲も演奏しますが、完全に同じものには絶対になりませんので。アルバムはアルバムとして、楽しんでいただいて(笑)。ライブではその日、1回きりの瞬間を観ていただけるとうれしいですね。誰かとコラボすることの面白さは、そこにあると思いますので。

矢野顕子リサイタル in 鎌倉 2018
  • 2018年12月20日(木) 神奈川県 鎌倉芸術館 小ホール