矢野顕子|ふたりの“今”を融合させたコラボアルバム

YUKIの作曲への挑戦、奥田民生と紡いだ「父」の歌

──YUKIさんとコラボした「バナナが好き」は、先に矢野さんが歌詞を書いて、そこにYUKIさんがメロディを付けたそうですね。

2016年に「ふたりでジャンボリー」というデビュー40周年のライブ企画があって、YUKIちゃんも出演してくれたんですね。その際「せっかくだから曲も作っちゃおうよ」と言って、できたのがこの曲。彼女の作詞家としての才能って本当にすごいでしょう。それで「いつもどうやって作ってるの?」と聞いたら、基本的には誰かのメロディに後から詞を当てはめていて、自分で曲を書いたことはほとんどないと。それが私には、すごく意外だったので「じゃあさ、その逆の、やったことないパターンをやろうよ」と。

──ああ、なるほど。そういう流れだったんですね。

はい。「私が歌詞を書くから、そこに曲を付けてみて」って提案したら、「じゃあやってみます」と受けて立ってくださった(笑)。内心すごく不安だったと思うんですけどね。それだけに私としてはうれしかったし、しかもそれがこんなにも素敵な曲に仕上がって。「作詞だけじゃなく作曲もすごいじゃん! カッコいいじゃん!」と思いました。

──それで言うと奥田民生さんは以前、インタビューで「自分は、曲はわりあい楽に書けるけれど、メロディにうまくはまる言葉がなかなか見つからずに苦労する」と話していました。4曲目の「父」はいかにも民生さんらしいフォーキーな1曲ですが、これはメロディ先行で?

いえ、逆です。これも2016年の「ふたりでジャンボリー」シリーズで一緒に作った曲ですが、私が先に歌詞を書いて、奥田さんがメロディを付けてくださいました。事前には特に何も話さなかったんですけど、ちょうどその時期に、私の父が亡くなったのと、奥田さんもその少し前だったかな、お父さまを亡くされていたのを知ってましたので。自然とこの内容になったんだと思います。お母さんについての歌は、世の中にたくさんあるけれど、お父さんの歌って意外に少ないですし。

──今回のコラボ作業はいかがでしたか?

彼は文字通り、日本有数の音楽家ですからね。作詞作曲だけでなく、曲の世界観を全部1人で構築することができて。しかもギタリストとしてもご自分の音を持っている。普段はリラックスしているけれど、音楽に対する姿勢はとても厳しい。その意味ではとても頼りになるし、安心できる相手だなと改めて感じました。

──奥田さんからは「またよろしくお願いします。青森弁の詞を作ってください」とのリクエストもありました。

このアルバムのレコーディングのあと、2人でやりましたよ。奥田さんのレーベルのYouTubeにアップされていますので、観てみてください。

松崎ナオと作り替えた「大人サンバ」、大貫妙子と歌った名曲「横顔」

──続く「大人はE」は、松崎ナオさん率いるバンド「鹿の一族」とのコラボレーション。松崎さんは25年来、矢野さんのライブに通い続けているそうで、歌声からも共演の喜びが伝わってきます。

これはもともと、彼女が2003年にリリースした「大人サンバ」という曲がオリジナルで。昔からお気に入りだったんです。正味2分ちょっとの短い曲なので、ラジオで番組を持っていた頃には、2回連続でかけていたくらい(笑)。私、松崎さんも本当に才能があるってずっと思っていまして。せっかくの初共演だし、演奏するならやっぱり大好きなこの曲がいいなと。でも発表から15年も経って、彼女もより大人になってるわけだし。「詞をちょっと変えちゃおうか?」と言ったら、タイトルまで全面的に作り替えてくれました。

──今回のアルバムではもっともオルタナっぽいというか、ザラッとしたロック的質感のある仕上がりですね。

うん。その通りですね。

矢野顕子

──6曲目の「横顔」の共演は、大貫妙子さん。「SUPER FOLK SONG」(1992年6月発売の矢野のオリジナルアルバム)でもカバーされ、ファンの間でも人気の高い1曲です。矢野さんにとっても思い入れの深い曲なのでは?

思えば、長く歌ってますからね。この曲は、情景が鮮やかというか……例えば、好きだったけど言えなかった先輩や友達がいてね。何年かぶりに会ったのに、自分のことをあまりよく覚えてくれていなかった。そのときの「ああ、やっぱりなあ……」という気持ちって、男女の区別なく誰にでも理解できますね。でも、そこには絶望感とかはなくてね。淡い寂しさはあっても、もともと誰もが、そうやって1人で生きているんだという感じもある。そういう微妙なバランスを表現するのが、大貫さんはほんっとにうまいです。彼女もやっぱり、日本有数のシンガーソングライターだと私は思っています。

──メロディラインもコード感も、本当に独特ですね。ずっと交互に歌いつつ、最後の「♪ほしくないの」という部分で2人のボーカルがユニゾンになるのもグッときました。

ふふふ(笑)。それは2人で話し合って決めました。