音楽ナタリー Power Push - 矢野顕子×Seiho
最高の素材を活かす調理法
働いてる自覚がないから逃れたいとも思わない
Seiho 矢野さん、最近音楽以外に興味があることはないんですか? 絵を描いたり、器を作ったりとか。
矢野 私の絵の話する? 見てよ、あそこにいるマネージャーの笑い方。なによ(笑)。
マネージャー 見ないほうがいいです(笑)。
矢野 ほら、こういうこと言うのよ? 私が絵を描くと「上にミッキーマウスって書いてあってもミッキーの絵だってわからない」って言うんですよ。
Seiho マジすか(笑)。それって矢野さんの筆力の問題なのか、そもそも認知が歪んでるのか、どっちなんですかね?
矢野 なんかね、頭の中にイメージ自体がないんだよね。「犬」って言われたときに、みんな犬の形を思い描くでしょ? そのときに私のイメージする犬っていうのは、どうもみんなのイメージとは違うみたいなの。
──ということは、矢野さんは自分が描いた絵に何も疑問はないのに、周りから「全然違う」って言われてる状態なんですね。
矢野 「なぜみんな爆笑するの?」って、意味がわからない。
Seiho うわー、それはぜひ見たいなー(笑)。
矢野 よし、じゃあグッズにして売るかー。
──何が描いてあるのか誰にもわからないなら、ミッキーマウスの絵だとしても、きっと売っても怒られなそうですしね。
矢野 あはは(笑)、そうだよね。
Seiho ほかに何か作ったりしないんですか? 例えば料理とか。
矢野 料理は暮らしていくのに必要だから作るけど興味があるわけじゃないの。私、「趣味はなんですか?」って質問されるのがとっても困るんです。ピアノを弾くことは趣味でもあり、生活の糧でもあるので。アメリカでよく「今度のバケーションはいつ取るの?」って言われるんだけど、今までバケーションってものを取ったことがほとんどなくて。そう言うと「さすが日本人、よく働くわね」って言われちゃうの(笑)。もともと「働いてる」っていう意識が全然ないんですよ。音楽を作ることは自分の楽しみであって、お金にもなって、何よりもそれを人々が喜んでくださるわけじゃない? このサイクルの中にストレスが一切ないんですね。だからその中から逃れたいとも思ってない。バケーション要らず。
牛乳ってすごく気持ち悪くないですか?
──なるほど、それはうらやましがる人がいっぱいいると思いますよ(笑)。ちなみに音楽以外に表現欲求のようなものもあんまりないんですか?
矢野 ないの。なんにもないの私。
Seiho おしゃべりはどうですか?
矢野 それは普通にするよ。でもその中で、自分を語って、自分を表現したいとは思わない。インタビューとかは仕事だから受けますけど。ホントつまんない人間ですよ(笑)。
Seiho いやいや逆に面白いですよ(笑)。僕はすぐ現実逃避したくなるタイプだから、遠くに行かないと自分の作品のビジョンがあんまり見えてこないんですよね。陶芸の土をこねたりとか、生け花したりとか、そういうことをしないと音楽に返ってこないので、何もせずに音楽だけで発言できるっていうのは、すごくうらやましいです。僕はインプットがないとアウトプットできない。
矢野 それはたぶん、私はピアノを弾くっていう肉体労働と曲を作るっていう頭脳労働がくっついてるからだと思う。
Seiho あっ、なるほど! そうかもしれないです。僕も大学卒業するくらいまではトロンボーンを吹いてて。今考えると当時は曲を作れないってことは全然なかったんですよ。けど僕はあるタイミングで「身体性から逃げたい」っていう思いが強くなって、プレイヤーの道から離れたんです。そこからインプットが必要になったのかもしれないですね。
矢野 うん、おそらくそうでしょうね。
──でも身体性から逃げたいと言いつつ、Seihoさんはライブでは激しく動きまわりますけどね(笑)。
矢野 あら、そうなの?
Seiho 意外に暴れるんですよ僕。ステージの上で牛乳を一気飲みしたり。
矢野 ……牛乳?
Seiho 牛乳ってすごく気持ち悪くないですか? 白いし。
──いや、何を言っているのかよくわからないです(笑)。
Seiho 「花瓶に花を入れて、そこに牛乳を入れて飲む」っていうビジョンが、僕が作品を通して最近一番伝えたいことなんですよね……。
矢野 そういうライブもいいと思いますよ。ハラカミさんもさ、普段は汗だくでしょうもないことばっかし言うんですけど、ステージ上で機材をいじってるときは超カッコいいんですよね。ライブパフォーマンスっていうのは、自分が音楽を作ってる様子をみんなに観てもらうっていうのが基本でありつつ、お客様に楽しんでもらえるようなプラスアルファを加えるもので。例えばさだまさしさんだったら、ライブの中でおしゃべりの時間がどんどん厚くなって、お客様もそれを期待して来るので芸のスタイルになっていったわけですよね。だから牛乳を飲むのもアリかもしれない。ただ私もSeihoさんも根本にあるのは、音を作っている姿そのものを提供することで。あくまで皆さんからはそれに対してのお金をいただいてるんですね。
Seiho そうですね。優先順位が大事なんですよね。それは忘れないように肝に銘じたいです。
- 矢野顕子 ニューアルバム「Welcome to Jupiter」 / 2015年9月16日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
- 初回限定盤 [CD2枚組] 3996円 / VIZL-873
- 通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64413
収録曲
- Tong Poo
[Sound Produce & Arrange:Seiho] - あたまがわるい
[Sound Produce & Arrange:AZUMA HITOMI] - そりゃムリだ
[Sound Produce & Arrange:AZUMA HITOMI / Chorus:Shigeru Kishida] - わたしとどうぶつと。
[Sound Produce & Arrange:Ovall] - わたしと宇宙とあなた
[Sound Produce & Arrange:AZUMA HITOMI] - モスラの歌
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO] - 大丈夫です
[Sound Produce & Arrange:Keiichi Tomita] - 颱風
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO] - 悲しくてやりきれない
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO & Hideyuki Fukasawa] - Welcome to Jupiter
[Sound Produce & Arrange:tofubeats] - PRAYER
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO & Hideyuki Fukasawa]
初回限定盤付属CD「Naked Jupiter」収録曲
- Tong Poo(Naked Jupiter ver.)
- わたしとどうぶつと。(Naked Jupiter ver.)
- モスラの歌(Naked Jupiter ver.)
- 大丈夫です(Naked Jupiter ver.)
- 颱風(Naked Jupiter ver.)
- Welcome to Jupiter(Naked Jupiter ver.)
- PRAYER(Naked Jupiter ver.)
- 矢野顕子 アナログ盤「Tong Poo」2015年9月5日発売 / 1620円 / HMV Record Shop / HR7S004
- 「Tong Poo」
収録曲
- Tong Poo
矢野顕子(ヤノアキコ)
1955年東京生まれのシンガーソングライター。幼少からピアノを弾き始め高校時代にはジャズクラブで演奏する。1972年頃からセッション奏者として活躍し、1976年にアルバム「JAPANESE GIRL」でソロデビュー。1979年から1980年にかけては初期YMOのライブメンバーも務めた。近年はrei harakamiとのユニット・yanokamiで新たな一面を見せるなど、そのチャーミングで独創的なスタイルは、後に続く世代のアーティストたちにも絶大な影響力を誇っている。2014年3月にアルバム「飛ばしていくよ」をリリース。2015年9月にアルバム「Welcome to Jupiter」を発表した。
Seiho(セイホー)
1987年生まれの大阪在住のトラックメーカー / DJ。ヒップホップやポストダブステップ、エレクトロニカ、チルウェーブなどを取り入れたサウンドで頭角を現し、自身が設立に携わったレーベル・Day Tripper Recordsから2012年1月に1stアルバム「MERCURY」を発表した。その後エレクトロニックミュージックイベント「SonarSound Tokyo 2012」への出演を果たし、2013年にはMTVが注目する若手プロデューサー7人に選出。2013年6月には2ndアルバム「ABSTRAKTSEX」を発表し、収録曲「I Feel Rave」がフロアアンセムとなった。また2011年よりAvec AvecことTakuma Hosokawaとポップユニット・Sugar's Campaignとしても活動。SPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューし、2015年1月に1stアルバム「FRIENDS」を発表した。