音楽ナタリー Power Push - 矢野顕子×Seiho
最高の素材を活かす調理法
“オトナテクノ”をコンセプトにさまざまなアーティストと共同制作した昨年3月発売の「飛ばしていくよ」に続いて、矢野顕子が同コンセプトのシリーズ第2弾となるアルバム「Welcome to Jupiter」をリリースした。今作にはトラックメーカーとして冨田恵一、深澤秀行、Seiho、tofubeats、Ovall、AZUMA HITOMI、コーラスゲストとして岸田繁(くるり)が参加。それぞれが独自のアプローチで矢野の新たな魅力を引き出している。
これを受けて音楽ナタリーでは矢野とSeihoの対談を企画。2人は今回、矢野の1980年のアルバム「ごはんができたよ」に収録された、Yellow Magic Orchestraの「東風」に矢野が歌詞を付けた楽曲「Tong Poo」をセルフカバーしている。親子ほど年の離れた2人がどのようにして楽曲をリメイクしたのか、裏側について話を聞いた。
取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 緒車寿一
成長することは階段を上に登ることではない
──矢野さんが今回のアルバムを作るのにあたって、Seihoさんに声をかけた理由は?
矢野 スタッフが「Seihoさんはどうですか?」ってアピールしてくるので、「そんなに言うなら」ってことで曲を聴いてみたんです。私が好んで聴いてるような音の感じとは違ったし、自分からAmazonでポチって買うチャンスはたぶんなかったと思うけど、私とはタイプが違う想定外の人とやったほうが面白いかもと思って、勇気を出してお願いしました。彼にしてみたらきっと「えー? 矢野顕子かよー?」みたいな気持ちだったと思うんですけど。
Seiho いやいやそんな! 恐縮ですよ!(笑) もともと矢野さんの音楽は大好きでしたからね。70年代後半から80年代前半くらいの矢野さんの作品は、まだ僕が生まれてない時期なのであくまで教養として知っているという感じですが、僕の中ではyanokamiの存在が大きくて。ハラカミさん(rei harakami)の曲を初めて聴いたのは中3くらいのときなんですけど、僕も関西に住んでたのもあって「こんな人がいるのか!」ってすごい衝撃でした。
──そうか、若い人には矢野さんの入口がyanokamiっていう人も多いかもしれませんね。
Seiho 僕の世代やとけっこういると思います。
矢野 yanokamiやっててよかったー(笑)。まあ考えてみればそうだよね。YMOの世代の人たちはもうほとんど生きてないわけじゃない?
Seiho 生きてますよ(笑)。
矢野 でもそれくらい過去のものになっていってるわよ。10年くらい前だったらまだ、YMOを聴いてた人たちは会社の偉い人になってたりしたけど、今はその時期も過ぎて、もう70年代は歴史の一部になってるわけ。私が今までやってきたことは自分の中では全部つながってるんだけど、人はその全部に着目してくれるわけじゃないし、みんなの目に付くのは部分部分だけなんですよね。そういう意味で言うと、若い世代の方が私を知ってくれるステップにyanokamiがなれたのは、ホントうれしいよね。
Seiho 前にも矢野さんに聞かせていただいたんですけど、僕、今の話すごく好きなんです。これまで僕の中では、「年をとる」とか「成長する」っていうのは階段を上に登ってるイメージだったんですよ。でも人間の営みってそうじゃないねんなって。今の矢野さんの話って、例えると矢野さんが灯台になって周りを照らしてるような感じなんですよ。灯台はいつまでもその場から動くことはない。でも灯台の光はぐるぐる回り続けるから、たまに光が当たった人は、今の自分の位置がわかるっていう。
矢野 ああ、それは面白い考え方ですね。まあ灯台だって、長くやるにはメンテナンスが必要だったり、ときどき電球を取り替えたりしなきゃいけないんですけどね。そうこうしながらこれから10年くらい経ったら、また別のタイプの人たちに光を当てられるかもしれない。そのときにみんながSeihoさんとやった「Tong Poo」を聴いて、「へー、Yellow Magic Orchestraってバンドがいたんだー」って思ってくれたら面白いよね。早くそうなんないかしら。
Seiho そうなるのはあと50年は無理じゃないですかね(笑)。YMOはもう歴史の教科書に名前が載っちゃうくらいの存在ですからね。
矢野 でも今の若い人たちは、実際にCDとかレコードを聴いたことがある人はそんなにいないんじゃない? 「人民服を着てた」「パチンコ屋で流れてる」みたいな、なんとなくの印象を持ってる人はいるだろうけど、音楽についてよく知らないって人が多くなってきたと思うよ。Seihoさんは聴いたことある?
Seiho そりゃもちろんですよ(笑)。
矢野 よくできてるでしょう? 私が言うのもなんですけれども。
誰が相手でもやれるけど、そこに意義があるかは別問題
──2人で一緒に作る曲が「Tong Poo」になったのはどうしてですか?
矢野 さっき言ったように、きっと出会うことがないはずだった想定外な2人ですから、一緒にやるなら共通点を見つけていかなくちゃいけないでしょ? それで「Tong Poo」のリメイクっていう案が上がってきたんですよ。
──先ほどSeihoさんが「YMOは教科書に載るほどの存在」って言ってましたが、それほどの曲のアレンジを作り直すというのは、けっこうプレッシャーもあったのでは?
Seiho そうですね。だからなるべくフラットにこの曲と接しようと思ったんです。僕は今回、普通の人が「Tong Poo」の原曲に感じているテーマ、例えば東洋っぽくてエスニックな部分をなるべく排除して、ただの譜面として捉え直すことにしました。ジャズのスタンダードの譜面を見るように。その譜面に対して、自分にいったい何ができるのかと考えたんです。
──制作はどのように進めたんですか?
矢野 Seihoさんに最初にトラックを作ってもらって、それに私がピアノと歌を入れて、またSeihoさんに戻して「とにかくカッコよくしてね」ってお願いして。
──「とにかくカッコよく」って、ずいぶん漠然としたオファーですね(笑)。
Seiho いや、でもそれでよかったです。今まで僕は、複数人での共作って足し算や掛け算だと思ってたんです。けど相手が矢野さんだと、矢野さんがピアノを弾いて歌ってたらそれで100点なんですよ。だから僕が今回やったのは引き算で、彫刻みたいに削って磨いて艶を出す作業だったんです。今までにないやり方だったので、僕としても経験になりました。
矢野 ミックスもとってもよくて一発OKだったし、こういう内容になることを私は全然予測してなかったから、できあがったものを聴いて「ああ、一緒にやってホントによかったなあ」って思いました。
Seiho わー、よかったー。
矢野 私の中では「このプロジェクトでやる意義があるかどうか」がすごく大事だったわけ。私は誰が相手でもできるんです。やればそれなりの失礼のないものが作れるんです。でも、それに意義があるかどうかっていうのはまた別問題なんですね。Seihoさんとのコラボにはちゃんと意義があったと思います。
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- 矢野顕子 ニューアルバム「Welcome to Jupiter」 / 2015年9月16日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
- 初回限定盤 [CD2枚組] 3996円 / VIZL-873
- 通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64413
収録曲
- Tong Poo
[Sound Produce & Arrange:Seiho] - あたまがわるい
[Sound Produce & Arrange:AZUMA HITOMI] - そりゃムリだ
[Sound Produce & Arrange:AZUMA HITOMI / Chorus:Shigeru Kishida] - わたしとどうぶつと。
[Sound Produce & Arrange:Ovall] - わたしと宇宙とあなた
[Sound Produce & Arrange:AZUMA HITOMI] - モスラの歌
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO] - 大丈夫です
[Sound Produce & Arrange:Keiichi Tomita] - 颱風
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO] - 悲しくてやりきれない
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO & Hideyuki Fukasawa] - Welcome to Jupiter
[Sound Produce & Arrange:tofubeats] - PRAYER
[Sound Produce & Arrange:AKIKO YANO & Hideyuki Fukasawa]
初回限定盤付属CD「Naked Jupiter」収録曲
- Tong Poo(Naked Jupiter ver.)
- わたしとどうぶつと。(Naked Jupiter ver.)
- モスラの歌(Naked Jupiter ver.)
- 大丈夫です(Naked Jupiter ver.)
- 颱風(Naked Jupiter ver.)
- Welcome to Jupiter(Naked Jupiter ver.)
- PRAYER(Naked Jupiter ver.)
- 矢野顕子 アナログ盤「Tong Poo」2015年9月5日発売 / 1620円 / HMV Record Shop / HR7S004
- 「Tong Poo」
収録曲
- Tong Poo
矢野顕子(ヤノアキコ)
1955年東京生まれのシンガーソングライター。幼少からピアノを弾き始め高校時代にはジャズクラブで演奏する。1972年頃からセッション奏者として活躍し、1976年にアルバム「JAPANESE GIRL」でソロデビュー。1979年から1980年にかけては初期YMOのライブメンバーも務めた。近年はrei harakamiとのユニット・yanokamiで新たな一面を見せるなど、そのチャーミングで独創的なスタイルは、後に続く世代のアーティストたちにも絶大な影響力を誇っている。2014年3月にアルバム「飛ばしていくよ」をリリース。2015年9月にアルバム「Welcome to Jupiter」を発表した。
Seiho(セイホー)
1987年生まれの大阪在住のトラックメーカー / DJ。ヒップホップやポストダブステップ、エレクトロニカ、チルウェーブなどを取り入れたサウンドで頭角を現し、自身が設立に携わったレーベル・Day Tripper Recordsから2012年1月に1stアルバム「MERCURY」を発表した。その後エレクトロニックミュージックイベント「SonarSound Tokyo 2012」への出演を果たし、2013年にはMTVが注目する若手プロデューサー7人に選出。2013年6月には2ndアルバム「ABSTRAKTSEX」を発表し、収録曲「I Feel Rave」がフロアアンセムとなった。また2011年よりAvec AvecことTakuma Hosokawaとポップユニット・Sugar's Campaignとしても活動。SPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューし、2015年1月に1stアルバム「FRIENDS」を発表した。