音楽ナタリー PowerPush - やなぎなぎ
「春」ではなく「春擬き」「モドキ」ではなく「擬き」
「字面は大きく変えたほうがいいだろうな」
──もともと強い言葉でストレートなメッセージを発してみたかったんですか? それともいざ書き上げてみたら「おっ、いいじゃん」って気分になれた?
どちらかというと後者に近いですね。書いてみたら意外とイケたなって(笑)。だからなおのことうれしいんです。
──ただタイトルはヒネりましたよね。
タイトルの締め切りまではけっこう時間があったので(笑)。
──あはははは(笑)。
まず「ユキトキ」の次の「俺ガイル」の楽曲だからこのタイトルかなって思ったんです。「ユキトキ」=雪が解けたら、やっぱり次は春かな?って感じで。
──いや「擬き」だから、来てないですよね、春。
雪が解けたら“春のような何か”が待ってました(笑)。
──なぜ“春そのもの”は連れてこなかった?
「本物がほしい」と言っている(「俺ガイル」の主人公・比企谷)八幡くんもそうですし、「今、手にしているものは“本物”なのか、“レプリカ”なのか」って自問している私も、“そのもの”や“本物”を手にできていませんから。だから、詞を書き上げたばっかりの頃から「タイトルに『擬き』って入れたいな」と思っていたし、実際、仮タイトルとして「モドキ」って付けていたこともあって「春擬き」にしてみました。
──そして「擬き」はなんで漢字なんですか? 「もどき」や「モドキ」ではないことには何か意図があるような気がするんですけど。
「ユキトキ」と「春擬き」って声に出して読んだときの音は似てると思うんですよ。
──「トキ」と「ドキ」で韻を踏んでますからね。
意図してそうしたわけではないんですけど、同じ「俺ガイル」のオープニング曲である「ユキトキ」と「春擬き」が音的に地続き。この2曲に自然と共通項が生まれてくれたことはよかったんですけど、だからこそヒネりたかったんです。詞がストレートな分、タイトルにはいつもの私らしいヒネった感じが欲しかったし、「ユキトキ」との違いを出すために字面は大きく変えたほうがいいだろうなっていう判断もあって。あとは漢字を並べることでインパクトが欲しかったっていうのもありますね。
“文字”が“音”に与えるもの
──確かにインパクト十分でした。音楽ナタリーで「やなぎさんの新曲は『春擬き』です」っていうニュースを出したら(参照:やなぎなぎ「俺ガイル続」OPジャケットは“春擬き”な仕上がり)、ファンの方が「これ読める?」ってツイートしてましたから。
私のところにも同じ質問がたくさん来ました(笑)。
──これはカップリング曲の「鱗翅目標本」(りんしもくひょうほん)っていうタイトルにも通ずる話だと思うんですけど、文字の与えるインパクト、字面にはやっぱりこだわりが?
ありますね。漢字とひらがなとカタカナとローマ字では見え方はもちろんなんですけど、伝わる意味も変わってくると思いますから。
──タイトルだけでなく歌詞の字面にもこだわってますよね。「いくらでも縒れて」とか「理想から逸れていくんだ」の「よれて」「それて」はあえて漢字なんだと思いますし。
より「縒れて」「逸れて」る感じがするというか、より重大な感じがしますよね。
──ですね。「ヨレて」だと、ちょっとかわいらしく見えてしまう。
ひらがなだとさらに柔らかい雰囲気になりますし。歌詞の字面にこだわったのは「春擬き」だけじゃなくて「鱗翅目標本」もそうで。この曲の詞の「揶揄う」も「からかう」って書くと、あんまり皮肉な感じではなくなるかな?ということで漢字にしてますし。
──ただ、やなぎさんは音楽家だから“文字”を伝えたいわけではない。「よれて」「それて」「からかう」という“音”を伝えたいわけですよね。
でも漢字なのか、ひらがななのか、カタカナなのかによって音の伝わり方も違うと思いますから。「縒れて」と書かれた歌詞を見ながらと、「よれて」と書かれた歌詞を見ながらでは、私自身、歌い方が変わってくる。声に込める感情の重さが変わってきますし、CDを買って歌詞カードを読みながら曲を聴いてくださる方に与える印象も絶対に変わるはずですし。「揶揄う様に」という文字を追いながら「からかうように」という歌を聴いたら「けっこう本気でからかってるな」って感じてもらえると思うんです。
チョウ=鱗粉が付いた生き物
──そしてその「鱗翅目標本」なんですけど、このタイトルって「春擬き」以上にヒネりを加えてますよね。
そうですか?
──「鱗翅目」というゴツい漢字を当てられるとまず読み方が気になり、しかも「鱗翅目」自体、耳慣れない言葉だから意味まで気になりますから。
なるほど。そうやって楽しんでくれるとうれしいですね(笑)。
──で「鱗翅目標本」って要は「チョウやガの標本」のことですよね。なんで「チョウ」や「ガ」ではなく「鱗翅目」なんですか?
ちょっと悲しい話をしてもいいですか?
──どうぞどうぞ。
子供の頃、昆虫採集をしているときにチョウの羽根を無造作につかんじゃったことがあったんですけど、チョウって羽根に付いている鱗粉がはがれると飛べなくなっちゃうんですよね。そんなことを知らずに羽根をつかんじゃったら、そのチョウがボトッと地面に落ちてヨタヨタと歩き出したっていうことがあって……。それ以来、私の中ではチョウと言えば「羽根に鱗粉が付いている虫」というイメージなんです。
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- ニューシングル「春擬き」 / 2015年6月3日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
- 初回限定盤 [CD+DVD] / 1944円 / GNCA-0380
- 通常盤 [CD] / 1296円 / GNCA-0381
収録曲
- 春擬き
[作詞:やなぎなぎ / 作曲・編曲:北川勝利] - 鱗翅目標本
[作詞・作曲・編曲:やなぎなぎ] - 春擬き(instrumental)
- 鱗翅目標本(instrumental)
やなぎなぎ
関西出身の女性シンガーソングライター。2006年からライブハウスやインターネット上で音楽活動を開始するや注目を集め、2009年にはsupercell「君の知らない物語」にnagi名義でゲスト参加。幅広い層の支持を集める。2012年2月、テレビアニメ「あの夏で待ってる」のエンディングテーマ「ビードロ模様」でメジャーデビュー。以来「ヨルムンガンド」のエンディングテーマ「Ambivalentidea」、「AMNESIA」のオープニングテーマ「Zoetrope」、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」のオープニングテーマ「ユキトキ」など、話題のアニメのテーマソングを立て続けに発表し、2013年7月には1stアルバム「エウアル」を発売。以降もアニメ「凪のあすから」の前期エンディングテーマ「アクアテラリウム」、「ブラック・ブレット」のエンディング曲「トコハナ」などを発表し、また2014年12月には2ndアルバム「ポリオミノ」を完成させた。そして2015年6月、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続」のオープニングテーマ「春擬き」を発表した。