インディペンデントならではの活動を展開、山猿の手作り感あふれる「あいことば」 (2/2)

多数の仲間たちが山猿のもとに集結

──「君の太陽」は、福岡ソフトバンクホークスの甲斐拓也選手の結婚を祝って書き下ろしたラブソングだそうですね。

甲斐選手とは一緒に食事に行くほど仲がよくて。彼はいつも奥さんのことを話していたので「本当に大好きなんだな」と思いましたし、そこからはとても優しい人柄を感じました。だから「披露宴で歌ってほしい」とお願いされたときは本当にうれしくて、お二人のためにこの曲を作ったんです。制作の参考用にいろんなエピソードを聞いたのですが、そこで奥さんはひまわりが好きだと知って。それととても笑顔が素敵で、まるで太陽のようにキラキラしている。その光で甲斐選手を照らし続けていることを、ひまわりになぞらえています。

──この曲は甲斐選手の試合登場曲としても使用されているそうで。

実はリリースされる前から使用していただいているんです。ありがたいですね。

──「Rich」「惚れた女は過去でもアート」はジャズ風のサウンドを取り入れており、軽快なグルーヴが心地よい仕上がりです。

この2曲はセッションを行っていくうちに完成したので、ぜひ即興ならではのグルーヴを感じてほしいです。特に「惚れた女は過去でもアート」は今までの楽曲にはなかった歌い方やフロウ、雰囲気が盛り込まれていて。部屋や車の中など、リラックスできる環境で楽しんでもらえたら。

──一方で「オレの彼女はプレイガール」はレゲトン調のビートを用いたサマーチューンですが、歌詞には好きな相手に対して素直になれないもどかしさがつづられています。

「オレの彼女はプレイガール」はまさに昨年の夏に作りました。「自分の好きな人くらいちゃんと守ってあげよう」という曲ですね。MVにはオヤカタくんという芸人さんに出演していただいたんですけど、曲の雰囲気に合った内容になっているので、ぜひ観ていただきたいです。

──近年のアルバムではお馴染みとなった、個性的なキャラクターが登場するインタールード「skit ~とある日の着信3~」を挟み、「ロミオとジュリエット」「Joker」はアメリカのヒップホップからの影響を感じるストロングなラップを聴くことができます。山猿さんは心に沁みるラブソングを歌っている印象が強い分、より刺激的ですね。

「ロミオとジュリエット」と「Joker」はデビュー当時からお世話になっているトラックメイカーの方に参加していただきました。自分の言いたいことをストレートに伝えているので、初期の楽曲に近いフロウだと感じてもらえるかもしれません。

──広島を拠点に活動しているシンガーソングライター、HIPPYさんを客演に迎えた「旅立ち feat. HIPPY」は卒業をテーマにしているだけあり、出会いと別れのシーズンに聴きたくなる1曲でした。

今まで卒業を曲の題材にしたことって、あまりなかったんです。ただ、このコロナ禍で思い出作りができず、そのまま新生活を迎えようとしている方々から「未来に希望を感じられない」というメッセージをいただいて。この曲を通して、彼らには「今与えられた生活を大切にしてほしい」「新しいことにチャレンジすると楽しいことに巡り合えるから、未来を怖がらないでほしい」と伝えたいです。

──HIPPYさんとのハーモニーも息ぴったりでしたね。

実はHIPPYさんとは、この楽曲を制作するまで交流がありませんでした。でも「旅立ち」を力強いものにするためには、彼の力が不可欠で。そこで長文のメッセージで参加いただけないか相談して、快諾いただきました。それからMVにはYouTuber / TikTokerのアイルトンモカに出演してもらったんですが、熱い演技を披露してくれて。彼らが投稿している動画は、常に仲間を大切にしている雰囲気が伝わってきたんですよね。まさに「旅立ち」のテーマにふさわしいと思ったんです。

震災から10年、恐怖を克服し感謝の気持ちを伝えたい

──「未来へ」は東日本大震災から現在、そして未来へつながる思いを表現したそうですね。この楽曲を通じて、震災のどんな思いを残したいと思ったのでしょうか?

僕は震災を体験してから、海に行くのが怖くなっていました。それまでは家族と一緒に遊びに行ったり、楽しい記憶しかなかったのですが、被災したあとは印象が一変してしまって。でも震災から10年が経ち、そろそろ恐怖を克服して以前のような気持ちを取り戻したかった。その思いに加え、これまで自分を支えてくれた地元の人々や風景に対し、感謝の気持ちを伝えたかったんです。もちろん被災時の記憶も残すべきものでありますが、「未来へ」ではあえて盛り込みませんでした。

──「雪」は山猿さんには珍しいウインターソングです。美しく舞い降りる雪の風景を描くような1曲ですね。

僕が暮らしている福島の雪は真っ白で、毎年降るのを楽しみにしています。そんな雪景色の美しさと、恋人たちが寄り添う様子を重ね合わせたラブソングを作りたかったんです。コロナ禍ということもあり、今はなかなか人とのつながりが持てない時代ですが、そのさびしい気持ちを雪のように優しく包み込むムードを味わいつつ、大切な人とのエピソードを思い出していただけたらうれしいです。

──そしてラストナンバーとなる「1984年式」は、山猿さんのこれからもエネルギッシュに活動を続けていく意気込みを感じさせる仕上がりですね。

まさにこれからも地元で気の合う仲間と、大好きな音楽を発信し続けていきたい……という意気込みを表現しています。僕がどういう思いで音楽を作り、届けているのかが伝わる、履歴書みたいな内容になっていると思います。

ライブ中の山猿。

ライブ中の山猿。

ライブ中の山猿。

ライブ中の山猿。

僕はただ、純粋に音楽を届けたい

──全13タイトル、とても聴き応えのある内容になりましたが、改めて「あいことば8」はどんな作品になったと思いますか?

今まで作ったアルバムの中でも最高の仕上がりなので、ずっと山猿の曲を聴いている人だけでなく、初めて聴く人にも愛してもらえたらありがたいです。この作品を完成できたこと自体が幸せだし、充実感もありますね。

──「あいことば8」は当初CDのみでリリースされましたが、配信を決意したのはなぜだったのでしょう?

CDを発売しても、現在ではCDプレイヤーやCDドライブといったデバイスを持っていない人が増えているんです。そんな人たちにも本作を聴いてもらいたかったことが理由の1つです。

──この配信をきっかけに、アルバムがさらに多くの人に親しまれ、ライブを体感したくなる人も増えると思います。

来年の春には全国ツアーができるよう調整しているところで、「あいことば8」の楽曲を中心に披露する予定です。ぜひ配信でもアルバムをチェックしてもらって、ライブに足を運んでいただきたいですね。2年間満足のいくライブができていないので、そこで蓄えたエネルギーを放出させるつもりです。コール&レスポンスもできる状況になっていたらうれしいですが、今はファンの皆さんに会えるだけでも満足です。

──今後はどんな活動を考えているか、どのような形で音楽を発信していきたいか、何かアイデアがあれば教えてください。

僕はただ純粋に音楽を届けたくて、これまでの活動もその時々にやるべきことを選んできただけでして。今後もそのマインドで活動し、まずは歌う環境を整えていきたいです。

山猿

山猿

プロフィール

山猿(ヤマザル)

福島県出身のシンガーソングライター。2005年に山猿として音楽活動をスタートさせ、2010年10月に覆面アーティスト・LGMonkeesとしてミニアルバム「LGMonkees」でメジャーデビューを果たした。2011年3月に自身の正体を明かした2ndミニアルバム「前回のLGMonkeesこと山猿です。」を発表。この作品の発売直前に東日本大震災で被災して自宅が津波の被害を受け、リリースタイミングは避難所生活を送っていた。その後同年10月にリリースした1stシングル「3090~愛のうた~」が話題を呼び、配信で累計100万ダウンロードを突破。積極的なライブ活動を続ける中、2014年8月にLGMonkeesの解散を発表し、同年10月に山猿名義で活動を続けていくことを宣言した。2019年にインディーズレーベル・PAC DA RECORDZを設立。2021年8月には8枚目のフルアルバム「あいことば8」をリリースした。