ヤマモトショウが小説家デビュー、“音楽ミステリー作品”で新たな分野に足を踏み入れた理由 (2/2)

レコード会社の存在意義、バズについての方法論

──5編からなる小説の内容にも少し触れたいと思います。「ユーレイゴースト」というタイトルの話はゴーストライターが題材になっていますが、これも実際にショウさんが見聞きしたものなのでしょうか?

本当にゴーストライターの人に会ったことがあるわけではないんですけど、例えば、2人で一緒に曲を作ったけど、クレジットだと1人が作ったことになってる、みたいなことはあるんですよ。これにはいろんな理由があって、傍から見たら作業の配分が半々に見えても、本人たち的にはウエイトがかなり違ったりするので、一概には言えないとか。それから、例えばシンガーソングライター1人で作ってますと言っているけど、実際には現場にいたプロデューサーが「こうしたほうがいいよ」って口出ししたり、エンジニアさんの言ったことが採用されたり。昔だったら、レコード会社のディレクターが歌詞を手入れしていたということも事実としてありますよね。あと、僕にゴーストがいるんじゃないかと言われたりするんですよ(笑)。曲作りすぎって。僕以上に、疑わしいくらいの数を作れる人にも会ったこともあります。でもそれって全然あり得ることで、例えば僕が今こうやって話しながら頭のどこかで別の曲のアイデアを考えたり、自分の中に別の人が存在してるタイプのクリエイター、プロデューサーもいるんですよね。

──そういった話がこうして小説に膨らんでいくのが面白いです。小説の中では渋谷が音楽業界内外の案内役にもなっているんですよね。

ちょっと偉そうなことを言うと、今、レコード会社ってかなり存在意義を問われてるじゃないですか。だけど、僕は意味があると思ってるんですよ。レコード会社のノウハウはちゃんと受け継がれていくべきだと思っているし、こういうときにはこういう立場の人が絶対に必要、と感じる場面もある。実際、そのおかげで最新のヒット曲がちゃんと生まれていると思ってるので、そこを描きたいという考えもありました。本当はこの仕事必要じゃんという。レコード会社にはこうあってほしいという願望もありますし、みんなの思うレコード会社の存在意義がアップデートされてほしいなとも思います。それは僕みたいな立場の人しか書けないと思うんです。社員ではないけど近いところにいて、メジャーもインディーも経験し、プロデューサーもやって、という立場。

ヤマモトショウ

──職業作詞家の猫宮もそうですが、専門職の重要性がしっかり描かれていますよね。「この人、いる?」と思いつつ、ボーカルディレクションだけ本当に上手な人が出てくるのもリアルだなと。

ははは。誰とまでは言えないけど、実際いるんですよね。

──また、誰もが考えるであろう「CDに特典付けるんだったら特典だけ売ればよくない?」という素朴な疑問も自然と会話に入っています。

僕もそういった疑問を持ちつつ、もっとこうできるのになと思いながら仕事してきたので。例えば、TikTokからヒット曲が生まれるこの数年の中で、自分の曲もヒットしたりしましたけど、僕はその時期より前にTikTokの研究をしていたんですよね。

──前に言ってましたよね。最初は話を聞いてもらえなかったという。

そうそう。TiKTokを活用したこういう方法はどうですかとメジャーレーベルに提案はしてたんですよ。でも、それはメジャーでは難しいという話になって。少なくとも5年くらい前は、基本的にタイアップがあって、1曲入魂で作っていくスタイル。TikTokで当たったものをがんばって売るみたいな考え方は難しかったんです。いずれそうなるんじゃないですかという話をしつつ、今実際にメジャーでもTiKTokを重視した動きができるようになってきたし、そのやり方をしないともったいないという考えになってきましたよね。昔の曲がバズることもありうるし、そのパワーを持っている曲がいっぱいあるのがメジャーレーベルのいいところだと思うんです。日頃からこんなことを考えていて、変えられるものは変えたほうがいいと思いながら音楽業界にいるので、そういう面が小説にも出ているかもしれないです。

──単行本書き下ろしの「再開」がまさにその話ですよね。バズについての方法論や考え方は当然、FRUITS ZIPPERのことと重ねて読みました。改めて「レコ大」最優秀新人賞、おめでとうございます(参照:FRUITS ZIPPERが「レコ大」最優秀新人賞受賞で号泣、「わたしの一番かわいいところ」を披露)。

いやいや、すごいですよね。よかったです。12月30日の受賞の瞬間は僕も普通にテレビで観てました(笑)。FRUITS ZIPPERの結果がいろいろと出ているのは僕よりグループの力なんですけど、こういうことが起きること自体はそんなに意外ではないと思っていて。そのあとに強度の高いものを作れるかどうかが重要じゃないですか。FRUITS ZIPPERもバズったからここまで来れたわけじゃなくて、バズったときにみんながいいねと思うものを作れていた。それは曲だったり、ビジュアルだったり、ダンスだったり、彼女たちのパーソナリティだったりするんですけど、そのバズる方法を考えるのはある意味でレコード会社の仕事だし、それ以外もいっぱい考えておかなきゃいけない部分があると思ってます。

──そのうえで、「再開」がとてもいいなと思ったのは、バズとか売れるとかの先に、どうして音楽をやるのかという問いの部分まで描かれているところでした。

それは最近の僕の思いみたいなものなのかもしれない。最近だと虹コンの曲(虹のコンキスタドール「君のこと好きなのバレてます!?」)がバズり始めて。ちょっと前に書いた曲なんですけど、「やっぱヤマモトショウの曲はTikTokに強い」と言われたり(笑)。もちろん狙って作っているけど、僕にとってはそれだけが目的ではないわけで。求められたことが実現したほうがいいとは思うものの、それが理由で曲を作ってるわけではない。虹コンは特に「バズる曲をお願いします」というオファーではなかったんですけど、普段からそういう依頼が鬼のように来る中で(笑)、自分が曲を作る理由がいろいろとあるんですよね。みんながみんなヒット曲を作ろうと思って作るわけではないじゃないですか。私はこういう曲を作りたいけど、ここにヒット要素があるからプロモーションとしてはそこにコミットしましょうとか、タイアップだったらこれが合うんじゃないかとか、そういうことでしかない。音楽制作もライブもそうですけど、好きなことをやっている人が結局は売れていて、それはあまり変わらないのかなと。「レコ大」を観て、シンプルにいい曲が賞を獲るんだなと思いましたし、むしろ最近そういう世の中になってきている気がします。

──だからこそ「再開」は、ミステリーというよりもショウさんのエモーショナルな部分を強く感じました。

書いたきっかけとしては、ふぇのたすの結成10周年だったんですよ。そのくらいの時期にちょうど小説出版の話も進み始めて、ひとつのまとまりというか、本としてアウトプットするにあたって新しい話を書きたいなと思って。そのときにふぇのたすの復活ライブをやったので、じゃあそういう話を、と。その意味では、「再開」は実際の出来事をきっかけに書いてるから、これだけ作りが若干違うかもしれないですね。この話に合いそうな構造を引っ張り出してきました。

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fishbowlの新メンバー加入について

──「深い海」についてもお聞かせください。fishbowlを下敷きにしたBSCSというご当地アイドルが出てきます。

なんやかんやがっつりアイドルのプロデュースしたのはfishbowlが初めてだし、それ以外ではやってないので、自分の経験値として出てこざるを得ないですよね。

──先ほどのCDの特典の話題もそうですが、アイドル文化に触れていると素通りしてしまいがちなことにも丁寧に触れてますよね。脱退は「卒業」と言うのが通例である、ということもちゃんと言っていて。

そうそう、当たり前に受け入れちゃってたりするんだけど、よく考えてみると本当に不思議なことが多くて。それだけで話が1つ書けるくらいなんですよ。静岡で仕事してると、逆にそういうことを聞かれるんです。企業さんとかに「これってこう表現したほうがいいんですか?」「特典会ってなんですか?」って。スタッフが当たり前のように「ライブ後、特典会です」って会場でアナウンスするんですけど、初めて来た人にはよくわからないから、特典会とは何かってことをアナウンスをしないとダメなんですよね。バンドの場合はライブが終わったらみんな帰るし、そのあとに何かあるなんて普通は考えないよなって。

──どうやら物販の何かしらを特典会と呼ぶらしい、みたいな。

物販はわかるじゃないですか。でも、物販で買ったらそのあとに何かあるというのは、知らない人にとってはそれこそミステリーですよね(笑)。

──小説の中ではメンバーの人数が話の軸になっています。少し脱線しますが、fishbowlは新メンバーが加入して6人になるという大きな変化が最近ありました(参照:fishbowlに新メンバーとして佐佐木一心&齋藤ザーラチャヒヨニ加入、佐佐木は元ラストアイドル)。

この話をメディアでするのは初ですね(笑)。僕は、グループというのは変化するものだと思っていて。存続していく方法というのはいろいろありますが、その意味での新陳代謝は大事ですよね。4人でずっとやってますとアピールするのは、4人にすべてを背負わすことになるじゃないですか。それも違うなと思うんです。やっぱりそこは僕やスタッフが背負うものなので。4人のバランスがいい悪いというのは全然別の話で、4人でやるなら4人としてのバランスのよいものを作るのが僕の仕事ですし、グループの存続やクリエイティブすべてに4人が責任を負う必要はまったくないので。

──すごくわかります。これはfishbowlに限った話ではなく一般論ですけど、例えば責任感が強いメンバーがいたとして、その人が「私がいなくなったらこのグループやこの会社はどうなるんだろう?」と想像してしまい、それが理由で辞めるに辞められないというケースもありうるわけで。

本当にそうですよね。体調が悪いときに「出なきゃ」という発想になっちゃうのもしんどいじゃないですか。あなたの代わりはいないけど、だからといってあなたが全責任を負う必要はないよ、という話なんです。そのこととグループの存続は必ずしもイコールである必要はない。もちろん変わらない美しさみたいなのもあって、それも大事にしているんですけど、それを強いるのはいびつですよね。会社だってよく言いますよね。誰かがふらっと休めるようにしておけって。極端なことを言えば、僕がいなくても成立するくらいが理想的で、それはなかなか難しいけど、後続を育てなきゃいけないから静岡で曲を作る人を探したりもしています。fishbowlに関しては、静岡に愛され、静岡に応援されて静岡を応援するプロジェクトだから、やっぱり本質的に持続可能でなきゃいけないと思っています。もちろん6人のメンバーにはグループとしても成功してほしいし、個人としてもいろんなところに出ていけるようになってほしいという思いは当然あるけど、それだけがすべてではないです。

──そういう背景があって当然にせよ、それでも「不動の4人」というイメージもあったと思うから、変化にはメンバーもスタッフの皆さんも勇気が要ったと思うんです。

さすがに僕も反応が気にはなりましたよ。「なんで入れるんだ」とSNSなどで言われたりもするので。変化って必ずしもいいものとは限らないから、誰だって不安もあるだろうし。そこも含めて僕が責任を負うということなのかなと思います。チクチク言われるのは僕もイヤですけど(笑)。とはいえ、新メンバーの2人には理由というか、なぜこの2人を入れるのかというところにはめちゃめちゃこだわりました。佐佐木一心はラストアイドル出身だし、もう1人の齋藤ザーラチャヒヨニはSNSもやらないという謎に強気の人物(笑)。

──衝撃の展開でした。

静岡アイドルプロジェクトとしては、今回のオーディションで新グループを作る可能性もあったと思うんですけど、「この2人はfishbowlがいいね」という話になりました。fishbowlはアイドル的なエモい物語がないグループで、全員アイドル活動初心者だったからスタート地点が一緒なんですよ。だけどそこに別のストーリーが加わるというのはアイドルの面白いところだと思いますし、そこから生まれる熱量には僕も期待してます。佐佐木さんに関しては地方でもう1回成功できたらすごいんじゃないかと思いますし、ザーラはfishbowlが静岡で3年活動してきたからこそ発見できた逸材だということをファンの皆さんに感じてほしいです。後藤真希が出てきたときに、どうやったらこんな人が見つかるんだろうとみんなが思ったじゃないですか。でも今は情報がありすぎるので、がんばりたい人は大きなオーディション番組とかにみんな出てしまう。

──さらに、その人のバックグラウンドをインターネットなどでさかのぼれる時代でもありますよね。

ザーラはそういうのがまったく見えなくて、東京で募集していたら100%来ないタイプ。だけど、誰もが期待するような可能性を持っている人なんです。

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──こういう現実の話を聞くと、小説内のBSCSについても、今続きを書いたらストーリーがもっと膨らみそうですね(笑)。

まさにそうなんですよ。本よりも僕の日常のほうがもっと変なことが起こっている(笑)。それくらい刺激がある。だからある意味、まだまだ書けますよ。アイデアがいっぱいありますから。

──総じて、「そしてレコードはまわる」は音楽業界を多角的に知ることができる射程の広いミステリーでありながら、ショウさんのパーソナルな部分に触れられる、ファンにとっても興味深いものになりました。

図らずもそういう小説になってしまったというか、小説ってそういうものなのかなと思ってます。今は音楽のほうが私的じゃなくて、基本的には誰かのために作っているので、ひさしぶりに私的なものをアウトプットしたという気持ちがあります。以前、ソロのアルバムを作りましたけど、あのときですらゲストボーカルのために書いているような感覚だったんですよね。だからこの感覚は本当にひさびさです。本を出すのは憧れがありましたし、音楽よりも本にお金を使うような生活をしてきたので、夢を叶えたという部分もあります。それも音楽のほうにファンの方がいてくれるおかげなのでありがたいですね。音楽の提供作品とかCDが出るときはもちろんうれしいんですけど、さすがにもう緊張することはないんですよ。今回はデビューですし、緊張してます(笑)。

プロフィール

ヤマモトショウ

静岡県出身、東京大学卒の作詞家。作曲や編曲も行う。2012年から2015年まで音楽グループ・ふぇのたすで活動し、2021年からは静岡県を拠点に活動するアイドルグループfishbowlのプロデューサーを務めている。そのほか、寺嶋由芙、フィロソフィーのダンス、ukkaら多数のアーティストに詞や楽曲を提供。FRUITS ZIPPERに書き下ろした「わたしの一番かわいいところ」はTikTokで9億回再生を記録し、同グループは「第65回 輝く!日本レコード大賞」で最優秀新人賞を受賞した。2024年2月に音楽ミステリー小説「そしてレコードはまわる」が刊行された。