作詞家、作曲家、音楽プロデューサーとして幅広く活動するヤマモトショウが小説家デビューを果たした。
数多くのアーティストに詞や楽曲を提供し、近年は静岡発のアイドルグループfishbowlのプロデュースや、昨年末に「輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞したFRUITS ZIPPERへの楽曲提供などで知られている彼は、数年前から自身のnoteに“音楽ミステリー小説”を掲載。音楽家としての経験や知識をベースに、音楽業界を舞台にしたミステリー作品を発表し、ついには書き下ろしも含めた単行本「そしてレコードはまわる」の刊行に至った。
音楽の分野で多忙な日々を送る中、なぜミステリー小説の執筆を始めたのか。その経緯を聞きつつ、小説の中身についてインタビューすると、話題はfishbowlやFRUITS ZIPPERをはじめ、小説の内容とリンクするリアルな音楽業界の出来事へと及んだ。
取材・文 / 南波一海撮影 / 佐野和樹
なぜか「ヤマモトショウは小説書けそう」と思われていた
──「そしてレコードはまわる」、とても楽しく拝読しました。そもそもnoteに小説を書き始めたのにはどういう経緯があったのでしょうか。
子供の頃から小説、特にミステリーが好きでずっと読んできた中、2020年の4月くらいにコロナ禍に入って、みんなの生活が変わったじゃないですか。僕も打ち合わせの本数がめちゃくちゃ減って、オンラインでやることが増えたんです。そうすると、大体1日1時間は時間が浮く。それまであった移動時間が空いてしまったんです。この1時間、何か別のことをやろうかなと思って小説を書いてみたという感じですね。
──浮いた移動時間を小説に費やしたんですね。当時から出版というゴールを考えていたわけではなく?
自分のホームページみたいな感じでnoteを使っていたので、書いたらそこに載せるくらいでいいかなと思ってました。ただ、序盤はかなりのペースで書けていたんですけど、なんやかんや以前の生活が戻ってきて毎日1時間も書く余裕がなくなってきてからは徐々にという感じでした。あと、なぜか「ヤマモトショウは小説書けそう」と周りから思われていて(笑)。だから今回、「本を出します」と発表したときも、小説を書いたことに関してはそんなに驚かれなかったんです。ヤマモトショウなら書いていてもおかしくないというか。いつそんな時間があったんだ、みたいなことは言われましたけど。
──ヤマモトショウとしての新展開ではあるけれど、そこまで不自然なものではないという。
そういうイメージがあったんだと思います。実際、文学部出身ですし。だからこそ、ある意味めちゃめちゃハードルが高くて、そこそこのものを書かないと世には出せないなという思いはありました。
──ショウさんはバンドマンとして、現在の職業である作詞家 / 作曲家として、プロデューサーとしての経験があり、さらには以前、レコード会社からA&Rやディレクター職に誘われたという話も伺ったことがありましたが、「そしてレコードはまわる」にはそういった経験や知識が遺憾なく注ぎ込まれていますよね。
実際、小説の内容はかなりリアルな音楽業界の話になっていると思います。別に音楽業界にネガティブイメージがあるわけではないけど、やっぱり変なところもいっぱいあるし、もっとこうしたらいいんじゃないかなと思うところをミステリーっぽく書いてますね。
定番をどれだけ使えるかは、音楽のジャンルと同じ
──歌詞はある時間を切り取った、小説のごく短い版とも言えますが、それでもやはりその2つはまったく別ものだと僕は思っていて。
違うものだと思います。例えるならば、作詞家は写真を撮るのがうまいんですよ。いい瞬間を切り取れるんだけど、それをそのままつなげたらいい映画になるかというとそうではなくて、フォトスライドみたいなものになりかねない。そこは以前からめちゃめちゃ気にしてました。だから自分が小説を書くなら、それと同じような問題を構造的に越えていかなきゃいけない。それでミステリーというジャンルを選んだところはあります。
──それで実際に小説を書けるのは端的にすごいと思います。例えば昔、ミステリー小説を書いた経験があったりしたのでしょうか?
中学生の頃に国語の授業で書いたことはありますけど、それはまあ、そこまででした(笑)。ミステリーにした理由は、ルールがあるからなんですよね。例えば、地の文で嘘をついちゃいけないとか、まったく話に出てきてない人が急に犯人になったらまずいとか。厳密に明文化されているわけではないけど、ある程度はそのルールのもとで書かれているし、読む側もそれを前提にしてますよね。と同時に、ミステリーってその構造に対して挑戦しているものでもあって。いわゆる叙述トリックはその最たる例ですけど、小説という構造に対して別のメタ的な構造を設定することで、ある種の驚きを与える、みたいな。物語を作るのと同時にシステムの部分を作る作業でもあるから、そこに自分の持っている表現の技術を組み込むことで、ある程度は自動的に“モノ”になるという感覚はありました。もし僕が純文学的なものを書けと言われたら、書けはするかもしれないけど、たぶんそんなに面白くならないという直感があって。そこは頭を作り変えないとできないだろうけど、ミステリーはある意味、作詞家としての自分で挑めたんですね。
──話を作る際、ミステリーの構造を考えるのが先なのでしょうか。それとも、この曲やこの経験をテーマにするのであればこういう展開にできるな、と考えていくのでしょうか。
もう完全に構造から作りました。こういうトリックを使おうという感じで。ちょっと言い方が変かもしれないですけど、わりと定番のトリックを使うことを先に決めました。定番をどれだけ使えるかって、音楽のジャンルと同じですよね。ロックって、決まったものではないけど、誰もがロック的だと思うフレーズだったり、BPMだったり、コードだったりがあるじゃないですか。ミステリー小説の構造も、ここでこのコードを使おう、みたいなことに近いのかもしれないです。
──なるほど。ショウさんの私小説的な部分を強く感じたので、どうやって作ったのだろうと思ったんです。
やっぱそういう印象になるんだなという納得感はあります。自分っぽいキャラクターを出してるし、そりゃそうだよなって(笑)。自分の好きなミステリー作品もわりとそういう節があって、これは作者の思ってることだろうなと感じることがよくあるんです。構造の部分で面白く書けていると、自分自身が感じていることも自然に書けるんだと思います。そっちが主題になるとちょっと暑苦しくて読んでいられないことが多いんですけど、こういうことを思ってるやつも世界のどこかにいるよな、くらいに感じられる作品がわりと好きかもしれないですね。
──ショウさんの小説はかなりリアルですよね。ここは六番町のソニーだな、みたいな。
どう見てもソニー・ミュージックですよね(笑)。日常的にああいうことがなさそうではない……くらいのラインを書いてはいると思います。実際に同じことが起こったわけではないんですけど、細かいエピソードは本当にあったことも含んでるので。
──ショウさんが書かれた曲がいくつも出てくるじゃないですか。例えばfishbowlの「深海」は、実際に小説の中で描かれているようなバックグラウンドがあって書いた曲なのかなと想像してしまいました。
曲を書くときに考えるんですよ。曲の中のこの人たちにこういう物語があったかもしれないな、とか。それが歌詞の中身に直接的にリンクしないようには心がけているんですけど、クリエイターはそういう妄想が好きなので。
なんでその音楽を思いついたのか、ミステリーには理由がないといけない
──各章の締め方のキレ味がよくて、まだ続きそうな余韻を残して終わるのがいいなと感じました。
確かに。それはよくも悪くも僕の実力で、まだそこまで物語を長く書けないということでもありつつ、ここまででいいかなって思っている部分もあるというか。音楽でもそうですけど、とにかくいろいろ付け加えがちじゃないですか。音楽を作るプロとして約10年くらいやってきて思うのは、レコーディングでもアレンジでも歌詞でも、とにかく削る作業が大事ということなんですね。書けないとか出てこないということではなく、いっぱい書いちゃって、そこからどれを使おうかな、みたいな作業。今回も出版するにあたり文章をかなり削りました。編集の方と一緒に作業して、直しがたくさん入ったんですけど、その切れ味みたいなものこそがアマとプロの差なのかなと。小説に関しては、まだそこが意図的にはできない。音楽だったらほぼほぼ自分の頭で判断できるんですけど、編集の方の話を聞いたりして、「なるほど」と思うことは多かったです。逆に、これだと語り足りないというパターンもありました。
──言いすぎないと、逆に足りなくなるという。
歌詞だったらいいのかもしれないけど、小説だと思考に跳躍がありすぎるという。小説の中に作詞家の猫宮という人物が出てくるんですけど、「猫宮はなんでこんなことを思いつけるんだ」みたいなことを編集の方に言われました。確かにそうだよなと思う一方で、自分自身もそういう思考をしているし、その跳躍こそがクリエイターなのではと感じる部分もある。でも、それだとミステリーとしてはアンフェアだし、論理的な思考の流れを書かないと読者が納得しないよな、ミステリーのルールに照らし合わせるとおかしいよな、ということもわかったりしましたね。音楽を文章にするってめちゃくちゃ難しいじゃないですか。「降ってくる」って表現したりしますけど、なんでそれを思いついたのか、ミステリーには理由がないといけない。そこは難しかったですけど、なかなか面白いチャレンジだなと思いましたね。論理的な理屈や思考の流れを書くのは、自分に対する再確認でもありました。
──猫宮は謎について推理していくキャラクターですよね。モデルはご自身なのかなと。
自分っぽい部分が半分くらいありますね(笑)。僕は判断が早いってよく言われるんですよ。プロデューサーとしても作家としても、とにかく即決めていく。そういうところは似てるけど、あそこまで先を読んではいないです(笑)。
──話の軸は、その猫宮と新米ディレクターの渋谷とのバディものです。
これはもう完全に古きよきミステリーの定番で、ホームズとワトソンですよね。なんでミステリーってこうなんでしょうね(笑)。やっぱり古典はすごい。クラシックの形が完璧にある。
──疑問を投げかける人がいて、それに答える人がいる、という形がどうしたって読みやすいですもんね。
ミステリーにおける「ノックスの十戒」というやつで、ワトソン役は読者よりやや知能が低くなければいけないという、そんなこと今どき明文化していいのかというルールがありますよね(笑)。「え、なんで?」と言ってくれる人がいないといけない。極端な話、渋谷がいなければ猫宮は言葉にする必要ないんですよね。アウトプットしなくていい。でも、自己完結せずに世の中に伝えるためには仲間が必要という。
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レコード会社の存在意義、バズについての方法論