ナタリー PowerPush - やけのはら
キーワードは「ドリーミーミュージック」
やけのはらがラッパーとしての2作目のアルバム「SUNNY NEW LIFE」をリリースした。トラック制作にVIDEOTAPEMUSICやDorian、キセルらを迎え、ゲストボーカルで高城晶平(cero)と平賀さち枝が参加した今作は、洗練されていながらもノスタルジックな風景を感じさせるポップソングが満載。このアルバムが完成した現在の心境を、やけのはらに聞いた。
取材・文 / 神戸真一 撮影 / 雨宮透貴
「ドリーミーミュージック」という定義
──今回のアルバムはすごく開放感のある作品に仕上がりましたね。前作「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」からの流れでも聴けつつ、またまったく別の季節感も感じられて、とても楽しみました。CDをループにして、これしか聴かなかった日もあるぐらいで。
ああ、それはうれしいです。ありがとうございます。
──この「開けた感じ」というのは、制作を始める際にあったビジョンなんですか? それとも自然に熟していったものですか?
どちらかといえば最初のビジョンが大きいと思いますね。制作が始まったのは前のアルバムのリリース直後で、その頃からパーソナルな雰囲気というか、アコースティックでドリーミーな要素を入れたいなというイメージはありました。それはたぶん、1stアルバムを作り終えて、改めて自分の好きなものを客観視したときに、「なんで自分はこんな開放的なコードばっかり好きなんだろう」ってことに気づいて……まあ、それは「俺はなんて深みのない男なんだろう」ってあきらめにも通じるんですけど……。
──(笑)。
で、そうやって自分の趣味嗜好を分析しているときに、ふと「ドリーミーミュージック」という定義が浮かんだんですね。定義というか、整理というか。
──好みを仕分けしたと。
そうです。僕はDJもしているので、自分の好みを自分なりの引き出しにしまい直すというのは常にしている作業で、ドリーミーミュージックはずっと好きなラインだし、そういう要素を凝縮したいなと。例えてわかりやすいのは、「VELVET UNDERGROUNDよりもBEACH BOYS」ってことですね。アメリカンポップスの中にも、ロックステディの中にも、ネオアコの中にも、ドリーミーミュージックとして聴けるラインがあったりして。で、いったんその整理に意識がいくと、例えばハワイアンを聴いたときにも、そこから「ドリーミー成分」というのを、1つひとつ耳で抽出していくようになって、「このウクレレは最高だな、スティールギターももちろんアリだな」と、アルバムに使いたい楽器を逆算で決めていって。1曲目の「INTO THE SUNNY PLACE」なんかは、まさにこれは自分の中のドリーミー成分を集めて作った曲ですね。
──不思議な音像のトラックですよね。
当たり前のようにドラムとベースがあるというところから、曲によって必要のないものは今回入れませんでした。だからリズムレスとかベースレスとか多いんですけど。あと、ドリーミー成分の抽出という意味では、今回参加してもらったVIDEOTAPEMUSICさんの作風に対してもそうで、彼とは音楽の趣味も似ているし、今作のコンセプトから外れたものは出ないだろうという確信のもとに声をかけさせてもらっていて。
──なんらかの化学反応を期待したというよりは……。
安心のオファーですね。しなやかで素朴で、ハイもローも詰まりすぎていない、アタック感も弱い、どこかしらフォーキーな質感を共有してくれると思ったんです。前作はいわゆるクラブミュージックの重たいリズムだったりハウスのビートだったりも導入しているんですけど、今回ほとんどそういう要素はやめました。そういう意味では、前作を禁じ手にしたからこそ今回のアルバムができたとも言えますね。
煮詰まったらあきらめるというテクニック
──「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」は集大成的なアルバムだっただけに、ここまですぐに新作が届くとは思っていませんでした。
それは僕も思いました(笑)。といっても2年はかかってるんですけどね。僕にしてはいいペースだったと思います。ただ、それは僕がDorianくんと出会ったことで頻繁にライブができるようになったせいでもあるんですよ。
──というのは?
さすがに同じ場所に3回も行って毎回同じセットリストってわけにもいかないじゃないですか(笑)。そこで少なからず必要に迫られたり、自分の気持ち的にも新曲を発表したいという欲求が芽生えてきて。……というか、ようやく僕にも普通の創作意欲が沸いてきた。
──(笑)。2年間かかったとはいえ、やけのはらさんはこのアルバムだけに専念していたわけではないですしね。
イベントなどの出演をいったんストップして、レコーディングだけに打ち込み始めたのは去年の秋ぐらいですからね。だから実際は冬に作っているんですけど……。
──なぜかここまでのサニー感があると。前作にもドリーミー成分はありましたけど、今回のほうが、その純度がより高いんですよね。不純物がこされてこされて、末端価格がとんでもないことになってるドリーミー成分。
(笑)。ただ、やっぱり頭だけでその純度を上げていっても、身体が伴わないことには続いていかないので、今回は体調の管理にも気を使いましたね。煙草をやめるってところまでは難しかったんですけど、なるべく缶詰で作業することは避けて、不健康すぎるなって思うと散歩するようにもして。もちろん起き抜けから時間の許す限りただただ作っている日も多いんですけど、煮詰まったときはあまり深追いせずにあきらめるというテクニックも身につけて。
──基本はホームスタジオでの作業ですよね?
そうです。ただ今回は外のスタジオでの声や楽器のレコーディングも何日かあったので、その日は外出できるといううれしい気持ちになったり(笑)。家でもなるべく太陽のある時間帯に作業することを心がけてました。
作為的でないぶん、純度が高い
──それはアルバムタイトルにも明示されてますね。前作が「夜から朝にかけて」だとしたら、今作は「朝から夜にかけて」というニュアンスで。
ただ、前のアルバムもすべてが「夜」ってことではなかったんですよ。全体のパッケージングとして、そういうイメージが大きいというだけで。例えばキミドリのカバー「自己嫌悪」は、夜とかそんなに関係ない曲だと思うんですけど、「パーティの途中、いつのまにかバーカウンターで1人きりになっている自分を想像した」っていう声も聞いたりして、いつのまにかいろんな要素が「1枚のパーティアルバム」に加担した感じもあるんです。それと一緒で、今回も全曲が「昼」ってことではないんですけど。時間や場所や人間関係がまったく登場しない曲もありますし。(歌詞カードをザッと眺めて)確かに「カーテンの隙間から射し込む光」(「RELAXIN'」)とか「花瓶の水を入れ替えて 花を生ける」(「D.A.I.S.Y.」)みたいなリリックはありますし、前作よりも「部屋感」は強いと思うんですけど、そこまでガチガチにコンセプチュアルなものでもなくて……。
──だから、それこそが「純度の高いドリーミー成分」ってことなんだと思いますよ。
なるほど。作為的でないぶん、純度が高いと。
──そうです。リリックに関しても、やけのはらさんの実生活から蒸留されたものだということはすぐに伝わってきますし。しかもそれが、首から一眼レフを提げて、いきなりアスファルトの割れ目から生えてる草花を撮り始める女の子、みたいなやり方とは違うわけで。
(笑)。確かにそういう日常の切り取り方ではないですね。自分から必死に見つけにいってるわけではないです。今のところ妖精も小人も出てこないし(笑)。やっぱりそれが僕の性格であり、好みってことなんでしょうね。できれば人と違う面白いものを作ってやろうという意識はありますけど、あんまり奇をてらったものは好きじゃないし、どこかに自分ならではの辻褄であったり必然性が欲しいというのはありますね。
収録曲
- INTO THE SUNNY PLACE
- HELTER-SKELTER
- RELAXIN'
- I LOVE YOU
- SUNNY NEW DAYS
- IMAGE part2
- TUNING OF IMAGE
- CITY LIGHTS
- JUSTICE against JUSTICE
- AIR CHECK
- BLOW IN THE WIND
- D.A.I.S.Y.
- where have you been all your life?
Erection presents YAKENOHARA 「SUNNY NEW LIFE」 Release Party supported by felicity
2013年5月3日(金・祝)
東京都 代官山UNIT
<出演者>
LIVE:やけのはら
(ゲスト:VIDEOTAPEMUSIC、Dorian、MC.sirafu、LUVRAW、高城晶平、平賀さち枝) / LUVRAW & BTB / THE OTOGIBANASHI'S
DJ:高城晶平 (cero) / shakke
やけのはら
DJ、ラッパー、トラックメイカー。「FUJI ROCK FESTIVAL」「METAMORPHOSE」「KAIKOO」「RAW LIFE」「Sense of Wonder」「ボロフェスタ」などの数々のイベントや、日本中の多数のパーティに出演。数多くのミックスCDを発表している。またラッパーとしては、アルファベッツのメンバーとして2003年にアルバム「なれのはてな」を発表したのをはじめ、曽我部恵一主宰レーベルROSE RECORDSのコンピレーションにも個人名義のラップ曲を提供。マンガ「ピューと吹く!ジャガー」ドラマCDの音楽制作、テレビ番組の楽曲制作、中村一義、メレンゲ、イルリメ、サイプレス上野とロベルト吉野などのリミックス、多数のダンスミュージックコンピへの曲提供など、トラックメイカーとしての活動も活発に行なっている。2009年に七尾旅人×やけのはら名義でリリースした「Rollin' Rollin'」が話題になり、2010年には初のラップアルバム「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」を発表。その後Stones Throw15周年記念のオフィシャルミックス「Stones Throw 15 mixed by やけのはら」を手がけ、2012年にはサンプラー&ボーカルを担当している、ハードコアパンクとディスコを合体させたバンドyounGSoundsでアルバム「more than TV」を完成させた。2013年3月、新しいラップアルバム「SUNNY NEW LIFE」をリリース。