「そんな焦ってもダメでしょ? お茶でも飲みなさい」
──ここからは「水気を謳う」収録曲に関して、1曲ずつお話を伺っていきます。まずは、1曲目の「お茶でも飲んで」について。
これは作曲を始めてから、わりと最初のほうにできた曲で。ミュージックビデオにも2人の私が登場するんですけど、焦っている自分に対してもうひとりの自分が「そんな焦ってもダメでしょ? お茶でも飲みなさい」と言いかせるような内容なんです。私はまだ人に対して何か言えるような立場じゃないなと思ったので、まずは自分自身に対して言うことがあるだろうと思って作りました。
──「目には目を歯には歯を」をはじめ、強めなフレーズも見受けられますが、こういった言葉選びはどこからの影響なんでしょう?
どこからなんだろう……この曲は作る段階で、自分の中で映像のイメージができていて。例えば、Bメロの「揺れるイス減る瞬きも」は貧乏ゆすりだったり、集中していないときにボーッとしていると瞬きが減る描写が頭の中でイメージできて、それを言葉にしていきました。
──頭の中に絵コンテがあって、それをもとに作詞していくような?
そうですね。映像をイメージして作詞することが多いです。
──この曲はアコギの弾き語りでもしっかり成立していますが、今回のアレンジも新鮮さが伝わるソフトな仕上がりです。アレンジに関しては、アレンジャーさんにお任せする形ですか? それともイメージをお伝えして進めるんですか?
曲にもよるんですけど、この曲に関してはまずアレンジをお任せして、その後に一緒にスタジオで「こうしたい」ということをお伝えしながら進めていきました。
──EPには「お茶でも飲んで -Chinese tea ver-」という別バージョンも収録されています。
こちらはキーボーディストの西野恵未さんがリアレンジしてくださって。全部楽器を生で録り直して、歌も新たに録りました。
──では、同じ曲でも歌は別テイクなんですね。
そうです。Chinese tea verでは私もアコースティックギターで参加していて。初めてギターのレコーディングもしたので、「音楽をした!」ってより強く実感できる曲になりました。
──続いて、2曲目「SELF HELP」は?
これも自分に対して歌っている曲ですね。別に何もしないで生きていてもいいのに、何かをしなきゃいけないみたいな使命感が今は強くあって。そういう状況に対して、今の自分は幸せなのかを確かめるような曲になっています。
──「これが今よ 掲げろ」など、聴いている人に言い聞かせるようなフレーズが多いですが、これも自分自身に向けて歌われていると。
そうです。今は自分と向き合ったほうが言葉が出てきますね。
──アレンジには八木さんの名前も並んでいますが、これはどういう形でアレンジを進めていったんですか?
益田トッシュさんにアレンジについていろいろ教えてもらいながら、その横で「こうしたいです」と自分の意見を伝えて進めていきました。
もう会えない人に歌った「海が乾く頃」
──「お茶でも飲んで」とはまた違ったスタイリッシュさがあり、カラフルさが際立つ仕上がりです。続いて、3曲目「Sugar morning」はいかがですか?
これは「お茶でも飲んで」の次ぐらいにできて、今思えばけっこう懐かしい曲です。夜って誰にとっても特別なものという印象があるし、夜をテーマにした曲ってたくさんあるなと思っていて。でも、私はあまのじゃくなので「だったら朝の曲を書いてみよう!」と思って、嫌なことがあって寝た次の日の朝、スッキリはしてないけどちょっとさっぱりしてるみたいな、そういうイメージを歌詞にしました。
──そこに“Sugar”というワードを使うのが、なかなか面白いなと思いました。
甘いものって食べすぎると「もういい、見たくもない!」みたいになっちゃうけど、同時に最大の癒しでもあるので、加減が大切だなって思って使ったんです。
──この曲もアレンジがすごくモダンというか、聴いていて心地よいものがあります。
この曲は私が作ったデモを渡して、あとは完全にお任せしました。デモに近い形にアレンジしてくださったので、個人的にもすごく気に入っています。
──4曲目の「海が乾く頃」は、シティポップ風のアレンジがほかの3曲と比べて斬新な1曲です。
小さい頃、おじいちゃんが亡くなったときに書いた手紙が出てきて。7日間書いていたんですけど、その手紙を読んで作ろうと思った曲なんです。1、2日目はけっこう短めの手紙で、文字がにじんでいたりしたんですが、6、7日目になってくると書く内容が増えているのがすごくリアルだなと思って。「今日はいっぱいお話がある」というフレーズは本当に手紙に書いてあった内容で、そのまま歌詞にしました。
──なるほど。
歌詞では会いたくても会えない人に対して「会って話そうよ 海が乾く頃」と約束をするんですけど、海って乾かないじゃないですか。それと同じように絶対にありえないこととして、亡くなった人とももう話せないし、涙もしょっぱいし海もしょっぱいから、もし涙が海だったら、海は余計に乾かないよなという、海と涙をリンクさせていて。曲の後ろでもずっと波の音が流れているんですけど、そういう細部も意識しながら作りました。
──エンディングも波の音だけになって、余韻を残す仕上がりです。海は生命の源と言われますし、人間の体も約6、7割が水分と、海や水は人に欠かせない要素の1つ。それが生と死をテーマにした歌詞に直結することで、すごく響くものがありました。と同時に、華やかなサウンドをちりばめることで、歌詞だけを読んだときと楽曲自体を聴いたときとで違った印象も伝わります。
最近の出来事をもとにした歌詞ではないので、暗い曲というよりは前向きな曲にしたくて、こういうアレンジにしました。
──通常盤にはさらにボーナストラックとして、ボカロP・ふるーりさん提供の楽曲に、八木さんが歌詞を当てた楽曲「ダダリラ」が追加収録されています。
これは歌詞を書くのがすごく難しかったです。ボカロっぽい曲なので、それっぽさを出すためにセリフっぽい歌詞を入れてみたり、それこそ「毒」を表す際に孤独の「独」を使ったりと漢字の使い方をちょっと変えてみたりしました。あと、「Ripe Aster」のときもそうだったんですけど、普段は歌詞を書いてから作曲することが多いので、メロディに歌詞を付けることも難しかったですね。
──あ、普段は歌詞を先に書いて、あとからメロディを付けるやり方なんですね。
そうなんです。だから、言葉を埋めていく作業がすごく難しかったですし、そういう意味でも挑戦の1曲でした。
──それもあってか、先の4曲を聴き終えたあとに「ダダリラ」に触れると新鮮さがより強まります。
そうですよね、雰囲気も一気に変わりますし。
飽きさせず、ずっとドキドキするようなアーティストに
──「ダダリラ」のようなボカロ楽曲を歌う八木さんももっと観てみたい、聴いてみたいと思いましたよ。
ありがとうございます。今回のEPではいろんな楽曲に挑戦できましたし、いいものができたという手応えがあるので、たくさんの人に届いてほしいです。
──9月4日には有観客による初ワンマンライブも控えています。タイミング的には10代最後のライブになりますが、どんなステージにしたいですか?
ギターもそうですけど、今までやってきたことをすべて見せられるような、楽しいライブにしたいですね。
──では、メジャーデビューを経て、ここからどんなアーティストを目指していきたいですか?
聴いている人を飽きさせず、観ているとずっとドキドキするようなアーティストになりたいですし、たくさん曲を作っていろんな一面を見せられたらなって思います。あとは、ダンスにも挑戦してみたくて。せっかく学んできたことなので、生かせるものを生かしていきたいというのもあります。まだ私には飛び抜けた個性というものがないので、いろいろ挑戦していく中でそれを見つけられたらと思っています。
ライブ情報
八木海莉 First One-Man Live -19-
2022年9月4日(日)東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
プロフィール
八木海莉(ヤギカイリ)
2002年生まれ、広島県出身。自身の夢を追いかけて15歳のときに上京。YouTubeに多数のカバー動画をアップして注目を浴びる。2021年に放送されたテレビアニメ「Vivy -Fluorite Eye's Song-」にて主人公ヴィヴィの歌唱を担当し、その歌声が話題に。同年12月にテレビアニメ「魔法科高校の劣等生 追憶編」の主題歌である「Ripe Aster」をデビュー曲としてリリースした。2022年4月に5曲入りの新作「水気を謳う」を発表。9月に初のワンマンライブ「八木海莉 First One-Man Live -19-」を開催する。