ナタリー PowerPush - 砂原良徳
電子音楽のマエストロ 洋邦6曲を“架空”リミックス
砂原良徳が実に9年ぶりとなるオリジナル作品「subliminal」をリリースした。2001年発売のアルバム「LOVEBEAT」で徹底的にミニマルなサウンドを提示し、シーンに衝撃を与えた砂原は、その後長い潜伏期間を経て、昨年から積極的な音楽活動を再開。映画「No Boys, No Cry」のサウンドトラックを手がけたり、夏フェス「WORLD HAPPINESS 2009」を始めとするライブイベントに出演したりしたほか、iLLのプロデュースや電気グルーヴのリミックスを手がけるなど、活発な動きを見せている。
今回ナタリーでは、待望の新作についての話を訊くとともに、Cornelius、FPMに続いて3回目となる「架空リミックス企画」を実施。「自分は職人」という砂原の美学が垣間見えるテキストをぜひ楽しんでほしい。
※選曲に関しては、Web上(のどこか)に試聴ファイルを確認できたもののみに絞っています。ぜひ一緒に聴きながらお読みください。
取材・文/江森丈晃 撮影/中西求
短期間で評価が揺れてしまう音楽は、駄目な音楽
──新作の「subliminal」、すごく良かったです。ただ正直なところ、何を訊けばいいのか見当たらなくて困っているんです。あの磨き込まれた音から、「音は音、人は人なので、何も訊いてくれるな」という意識を受け取ってしまって。
いや、そんなこともないですよ。それでも言葉で説明できることはありますし。なんでも訊いてください。
──例えば今日の服装にも、色や遊びがないですよね。無駄を削った機能美みたいなところは意識されてますか?
削れるものは削りたいという気持ちはあります。私服に関しては、ずっとこれです。自分で気に入ったら、というより、人にいいと言われたら、それを3着とか4着まとめて買うんです。この靴だって20足ぐらい履き続けてますよ。もともとファッションセンスに自信のあるほうではないので、色でムチャクチャになるのが嫌なんです。何より(服を)選ぶ時間が節約できますし。
──アインシュタインと同じですね。彼も研究に没頭するため、まったく同じジャケットを5着も持っていたみたいです。
パタリロもそう。しかも彼は全身。
──(笑)前作はサントラ(「No Boys, No Cry」)だったので、純粋なオリジナル作品としては9年ぶりですよね。服を選ぶ時間を削ったわりには時間が経ちすぎていますが……。
そうなんですよ。延々と作業は続けていたんですけど、なかなかまとまった形にはなりませんでしたね。自分の音に対する自分の評価というのは、日々刻一刻と変化してゆくものなので、作品として納得する形に持っていくまでには、それなりの時間がかかってしまうんです。例えば、今日録音したものを明日聴いたら、また印象が違うし、10日後ならもっと違うだろうし、困ったことに、人間には1年後も10年後もあるわけじゃないですか。作業的には遅いほうではないので、3日で1トラック作ることもできなくはないんですけど、より普遍的な音楽、モダンな響きを求めようとすると、そうはいかない。短期間で評価が揺れてしまう音楽というのは、やっぱり駄目な音楽ですから。
──市場調査に近いものがありませんか? たったひとりの顧客(=自分)に向けて、リサーチを続ける感覚というか。
まさにそうです。自分のニーズを求めて、好みの平均値を探っているようなところはありました。ただ、「LOVEBEAT」以降は、その平均値を冷静に吟味しなくてはいけないはずの自分自身の体調が、本当にドン底で。それで時間がかかったというのもあるんです。……あんまり深刻に受け取られても困るんですけど、ほんとに体調が悪かったんですよ。筋肉は痛むし、吐き気はするし、お腹は痛いし、眠れないし、起きれないし。もちろん病院にはいくんですけど、医者にはそのつど「ここがおかしいですね」と言われるだけで、その元凶がどこにあるのかというのは、誰も診断してくれない。
──カルテにならない。
そう。だからもう諦めましたね。それが作品に出てしまうのは悔しいし。
──それもKRAFTWERKからの影響ですか?
(笑)ロボットは痛くないってこと? いや、そういうロマンのある話でもなくて、単に体調の良し悪しが作品に現れるのは駄目だということです。フォークシンガーならまだしも、自分みたいに声を持たない音楽の場合は絶対に駄目でしょう。ただの怠惰ですよ。
──「パーソナリティを感じさせることのないパーソナリティ」を大切にしているということですよね。
それならKRAFTWERKからの影響です。ちなみにこのタバコも電子タバコです。
「LOVEBEAT」以降、変わらなくてもいい部分がすごく明確になった
──そんなドン底の体調の中、新曲の制作というのはどんなふうに始まるんでしょうか。
テーマを探すところからですね。
──探そうという気持ちを探すということですか?
いや、気持ちだけはなんとか確保されている状態で、なんの音も配置されていないモニターが目の前にあって、そこに世相や社会情勢、日々感じていることなんかを投射していって、ぼんやりと完成図を思い浮かべてみるんです。で、ある程度テーマが固まったら、それが自分のやるべきことなのかどうかというのをまた判断して、もしそうであれば動き始めるという感じです。サンプリングやコラージュをメインにやっていた頃は、人の曲だったり新しく買うレコードが刺激になっていて、「だったら俺はこうしてやる」という気骨みたいなもので作っていたんですけど、今はゼロですね。ただただ自分ひとりの中で完結させています。
──そうなると、砂原さんの主観だけしか残りませんよね。だから、時間がかかってしまう。
そうなんです。永遠に変化を重ねることもできるから、足を止めるタイミングが重要ですね。一応は全部の方向に歩いてみて、駄目なら戻ってきて、また別の方向に歩いて……みたいなことを繰り返していくと、このへんに家を建てようかな、というポイントが見つかるんですよ。基本的に、僕のレコーディングというのはそういう作業の繰り返しです。
──職人と研究者、どちらにシンパシーを覚えますか?
そうですね……ふたつでひとつな気もするけど、やっぱり職人ですかね。だって、職人は毎日研究してるから。何が本質かというのをわかっていて、そのつど自分を更新していける職人がいいですね。逆に研究者は好き嫌いがあっちゃ駄目でしょう。昔、コンピュータの会社で働いていたときに、ひとりですごく大きな部屋を与えられている研究者さんに良くしてもらっていたことがあるんですけど、「いつも僕はフラットでいなくちゃいけない」みたいなことをよく話してましたよ。それに比べれば、僕は自分の作りたいものを作るだけだし、彫刻家とか、工芸家にも近いのかもしれない。
──僕は今回の「subliminal」、イントロが鳴った瞬間に、まさに伝統工芸家の個展会場に来たみたいな気分になったんです。「あぁ、この空気ひさびさだなぁ、今回も変わらないけどスゴいなぁ……」みたいな。
それは理想かもしれない。ジャイアンツのユニフォームみたいなもんですよね。伝統は守りつつ、アップグレードすべきところはする。変えてもいいところは変えるんだけど、赤が青になることはない。僕は「LOVEBEAT」以降、変わらなくてもいい部分というのがすごく明確になったんです。それはエレクトロニックであり、機械で作った機械の音楽であるということですね。その大枠はこれからも動かないと思います。僕の場合、いわゆるロック的なものにはまったく反応したことがないし、とにかくYMOの「中国女」、あの安定した8分(音符)のリズム、あの徹底的に整理されたスペースに衝撃を受けたところから、音楽を始めたので。
──でも、人の趣味って変わりませんか? バッハばかり弾かされてきた子供がメタル経由でパンクスになったり。
まぁ、これからの30年はわかりませんけどね。ただ、電子音楽の場合は、音楽の内容と制作方法がニアリーイコールなので、僕はそれほど変わらないと思います。生楽器の場合は、楽器を購入した後に、それでどんな音楽をやるのかという選択肢が無限に開けていると思うんですけど、電子楽器はそれ自体が専門職のツールだったりもするんです。それこそ「職人」しか買わないようなものって、たくさんありますから。
──わかります。
もっと言うと、僕にはキーボーディストという意識もないんです。最初からシーケンサー(メロディやリズムを自動演奏させる、いわゆる「打ち込み」の司令塔になる機材)が欲しかったし、当時はかなり高価なものでしたけど、なんとか高校生の頃には手に入れてたし。もうその時点から、「弾けなくても、作れればいい」という考えが強くあるんですね。音楽の成り立ちやプロセス、楽器のテクニックというのは、僕にはまったく重要ではないですね。キャリアの長いミュージシャンが、若い頃はギミカルなことばかりやっていたのに、歳を取ると、いきなり「3ピースのシンプルなサウンドこそが最高だ」みたいになるじゃないですか。ああいうのもまったくわからない。(人間の)演奏は毎回違うからいいんだという価値観があるのは知ってるんですけど、僕は毎回同じほうがいいんですね。
──音楽を「管理すること」への執着ですね。
そこにはフェティッシュなものがあると思います。昔から、自分でも弾ける簡単なフレーズでさえ、いちいち打ち込んでましたから。
砂原良徳(すなはらよしのり)
1969年生まれ、北海道出身のサウンドクリエーター/プロデューサー/DJ。1991年から1999年まで電気グルーヴのメンバーとして活躍し、日本のテクノシーンの基盤を築き上げる役割を担う。グループ在籍時よりソロ活動も行い、1995年に「Crossover」、1998年に「TAKE OFF AND LANDING」「THE SOUND OF '70s」という3枚のアルバムを発表。脱退後は2001年にアルバム「LOVEBEAT」をリリースしたほか、スーパーカーのプロデュースやリミックス、CM音楽を手がけるなど多方面で独自のセンスを発揮。特にアーティストの魅力を倍増させるアレンジ/リミックスには定評がある。2007年3月には自身のキャリアを総括するベスト盤「WORKS '95-'05」を発表。2009年にはキャリア初のサウンドトラック「No Boys, No Cry Original Sound Track」をリリース。さらに「SUMMER SONIC 09」「WORLD HAPPINESS 2009」「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2009 in EZO」といった夏フェスに出演したほか、iLLのプロデュースや電気グルーヴの楽曲の“リモデル”を手がけるなど精力的な活動を展開した。2010年に入ると「いしわたり淳治&砂原良徳 + やくしまるえつこ」名義でシングル「神様のいうとおり」を発表。7月に待望のニューシングル「subliminal」をリリース。