WONKが2年半ぶりのニューアルバム「Shades of」をリリースした。
昨年結成10周年を迎えたWONK。“WONKが編纂した東京起点のビートミュージック・クロニクル(年代記)”というコンセプトが掲げられた今作には、久保田利伸、Jinmenusagiといった国内アーティストのほか、アメリカ・ロサンゼルスを拠点とするキーボーディスト・プロデューサーのキーファー、韓国のラッパー・BewhY、アメリカのシンガーソングライター・ビラル、デトロイト発ヒップホップグループ・Slum VillageのメンバーT3、同じくデトロイト出身のヒップホップアーティスト・K-Naturalといったそうそうたる面子の海外アーティストなど計7名が参加している。
アルバムのリリースに合わせ、音楽ナタリーではメンバー4人にインタビュー。「11年間一緒にやってきて、みんなで学んだものを結集させた作品になってるんじゃないか」と語る新作についてじっくりと話しを聞いた。
取材・文 / 金子厚武撮影 / Kohei Watanabe
“Shades”から生まれたテーマ性
──「Shades of」には「東京起点のビートミュージック・クロニクル(年代記)」というキャッチコピーが付けられています。結成10周年を経ての原点回帰的な側面もあると思いますが、とはいえ1stアルバム「Sphere」みたいな作品かというとそうではなくて。音楽性にしてもゲストにしても、シンプルに2024年のWONKがやりたいこと、やれることをやったアルバムとも言えるように思います。ご自身たちとしてはどう感じていますか?
荒田洸(Dr) もともと「Sphere」はコンセプトを立てずに作ったアルバムだったんです。当時の僕らは「J・ディラのビートを生音で演奏する」というコンセプトを掲げていましたが、「Sphere」に関しては「好きな音楽を作る」という、めちゃくちゃシンプルな考え方で作ったアルバム。でも2nd以降のアルバムは毎回明確なコンセプトを事前に考えて作ってきましたね。
──2020年にリリースされた4thアルバム「EYES」は高度な情報社会における多様な価値観と宇宙をテーマに据えた大作で、2022年リリースの「artless」は逆にありのままの心の機微や、日常の景色を描いた作品でした。
荒田 そうですね。でも今回の作品は「Sphere」のように、自分たちが持っているものを自由にキャンバスの上に置いていくイメージだったので、そういう意味では原点回帰的なところがあるかなと思っています。ただ具体的な制作方法はこれまでのアルバムを踏襲していて、「artless」ではシンセを多用したりせず、目の前にある楽器を鳴らすことにフォーカスしたので、今回もスタートはそこからでした。パソコンの中でループを組むところからではなく、手癖でもいいからまずは自分で弾く。でもそれだけだと「artless」と同じになっちゃうので、11年の中で試してきたいろんな音作りもしっかり落とし込みたいと思ったんです。
長塚健斗(Vo) 歌詞で言うと、僕はわりとこれまでのことを振り返ったうえで、今の自分自身を詰め込みました。荒田から次回作のアルバムタイトルが「Shades of」で、8曲目の「Shades」をタイトルソング的な立ち位置にしたいと言われたとき、“Shades”は“Shadow”ともまたちょっと違って、影とか、木陰とか、色合いとか、いろんな意味があるなと思って。人間も一側面だけを持ってる生き物じゃなくて、関わる人や環境によって、その人の見え方が変わりますよね。「Shades」という言葉のイメージから、全体のテーマ性が出てきたかなと。
井上幹(B) 方向性としては原点回帰の側面もある気はするんですけど、自分としては今やれることをやりきった感覚です。これまでのWONKの活動を通して、自分だけだったらしないようなベースの弾き方をしたり、シンセベースを弾いてみたり、ドルビーアトモスのミックスをやったり、そういういろんなチャレンジをさせてもらったうえで、今やれることを全部やった。WONKの11年間の活動を通じて、バンドとしてはもちろん、個人的にもいろんなチャンスがあって。そういう機会をもらったことが自分の糧になっていることを強く感じる作品になりました。
江﨑文武(Key) 僕も自分のことで言えば原点回帰感はあまりなくて、むしろ新しいことというか、ソロでもやっていることをどんどんWONKにも還元して、生かせた作品になったなと思っていて。「Sphere」を作った頃は「どのマイクで録ろうか」みたいなことは全然考えられなかったけど、みんなといろいろ作り続けてきたおかげでできることが広がって、鍵盤楽器のいろんな色を引き出せるようになった実感もすごくあります。そういった意味では、この11年間一緒にやってきて、みんなで学んだものを結集させた作品になってるんじゃないかと思いますね。
──「Shades of」というタイトルは、制作のどのタイミングで出てきた言葉だったのでしょうか?
荒田 収録する曲がそろい始めたときくらいから頭の中にはありました。アルバムを作っていく中で、「WONKとはこうあるべき」みたいなWONK像を考えてみると、自分たちの中でもあまり明確ではないし、それを明確にしたいわけでもなかったんです。「曲調はバラバラだけど、でもみんなで演奏したらそれがWONK」みたいな、そういうフワフワした印象と、「Shades」という言葉が自分の中で近い気がして。
江﨑 前にメンバーと飲んだとき、リスナーのみんなが思ってるWONK像と、自分たちが思ってるWONK像が違って、光に照らされている部分ではなく、実はそれによってできる影の部分を本当はやりたいんじゃないか、みたいなことを話したんです。みんなが実像だと思ってるものは実は虚像かもしれないし、みんなが虚像だと思ってるものが僕らの実像かもしれない、みたいな話もしたよね。
──確かにWONKは光の当て方によって見え方が違う、人によって捉え方が違うという側面があるバンドだと思うけど、その中でもより実像に近い部分がこのアルバムには反映されていて、それが「Shades」という言葉にも表れているように思います。
井上 僕らはいわゆる“カメレオンバンド”ではないと思うんです。カメレオンバンドは自らいろんなものに擬態して、いろんなジャンルをやる感じだけど、WONKは自分たちの中では1つ筋が通っているんですよ。みんなが好きなものをやった結果、いろんなタイプの曲ができるのと、自分から何かに擬態して音楽を作ろうとするのは違う。実際いろんなことをやってはいるから、カメレオンバンドというのも一側面としては正しいと思うんですけど、自分たちの気持ちとしてはちゃんと芯があって、光の当たり方でその見え方が違うだけなので、「Shades of」はすごくいいタイトルだと思いますね。
過去一番難産だったアルバム
──個人的には“光と影”みたいな側面もあるアルバムだなと感じて、アルバム1枚を通して、“喪失と再生”が描かれているようにも感じました。もっと言うと、1曲目の「Fragments」から2曲目の「Essence」だけでも喪失と再生が描かれていて、3曲目の「Fleeting Fantasy」から改めて本編が始まっていくような印象を受けました。
井上 最初から「1曲目は『Fragments』かな」という感覚はありました。今回のアルバムはWONKの中でもある意味一番難産だったというか、完成までにいろんなことが巻き起こって、「どうしよう?」となるタイミングも多かった。みんなの気持ちとか、自分もそうですけど、今までよりも振れ幅が大きかった時期かもしれない。「EYES」も鬼気迫って作った瞬間はあったけど、「Shades of」の制作期は人生レベルでの「どうしていこうか?」みたいなことを一番考えた時期だったかもしれないですね。
──バンドとしても個人としても活動の幅が広がったからこそ、ここからどう進んでいくのかは迷う部分もあったのかもしれません。だからこそ「Fragments」は「How do I walk this line now?(ここからどうやってこの道を歩いていけばいいのだろう)」で始まっているんだと思いますが、最後には「'Cause the truth I feel.(答えは自分の中に確かにあるから)」で終わっているのが印象的です。
長塚 「Fragments」に関してはかなり僕個人の話でもあって。それこそ人生を顧みるじゃないですけど、10年に1回あるかないかぐらいの大きな悩みを抱えるタイミングがあって、その時期にメンバーと朝までかけて長い話し合いをすることがあったんです。この曲にはその時期に考えていたことが入っていたりもするので、僕個人の思いも、バンドとしての思いも、どちらも入ってる感じですね。
──ゴスペル的な「Fragments」で始まり、2曲目の「Essence」の途中からストリングスやビートが入ってきて、気持ちがふわっと持ち上げられるような展開がとても印象的です。最後に繰り返される「We'll stand as one(共に行こう)」というメッセージも含めて、“再生”のムードを感じました。
荒田 1、2曲目の並びはほぼアルバム制作の最初の頃に決まっていました。「Essence」はアルバム作りのための合宿をしたときに文武と一緒にある程度作ったんですけど、この曲の次に文武主導で作ってもらった「Fleeting Fantasy」を置いてみたら、流れ的にすごくハマったので、そこからの曲順は自然に決まっていきました。
──2023年にはキーファーとのコラボ曲「Fleeting Fantasy」と、台湾出身の9m88が参加した「Snowy Road」の2曲をリリースされましたが、アルバムに収録されたのは「Fleeting Fantasy」のみでした。「Snowy Road」は季節的な色合いがあるから、アルバムにはめるのが難しかったのかなと思いつつ、その代わりというわけではないだろうけど、同じくアジアから韓国のラッパー・BewhYが参加した「Skyward」が収録されていますね。
江﨑 お察しの通りすぎてびっくりしました(笑)。「Skyward」はもともと、前作の制作合宿のときに作ったので、「artless」に収録する可能性もあった曲なんですけど、すごくカッコいい曲だったので、「ここぞというときに出したほうがいいね」という話をしていて。いざリリースするときのために、とにかくラッパー探しをがんばりました。いろんな地域の人と一緒に手を組みたいと思っていたところ、韓国のヒップホップ事情に詳しい方にBewhYのことを教えてもらい、アプローチをしてみたら「やりましょう」と言ってもらえたんです。すごくいい仕上がりになりました。
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久保田利伸のすごすぎるグルーヴ