ウォルピスカーター×神谷志龍|“音楽で食っていく”夢を叶えた盟友2人が作り上げた「分身」

ウォルピスカーターが新作「分身 -Bunshin-」を、神谷志龍が1stアルバム「GHOST AID」を3月23日にリリースした。

音楽ナタリーでは両者の新作リリースを記念して、旧知の仲であるウォルピスカーターと神谷の2人にインタビューを実施。デビュー前から交流があり、節目のタイミングで楽曲制作をともに行ってきたウォルピスと神谷の関係性を紐解きながら、ウォルピスカーターの新作「分身 -Bunshin-」に収録された2人のコラボ曲「分身」の制作秘話や、神谷の「GHOST AID」の聞きどころなどについて話を聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦

「音楽で食っていく」と夢見てた活動初期

──お二人が知り合ったのはいつ頃ですか?

ウォルピスカーター 僕が今年で活動10周年だから、8、9年前かな。まだ投稿した動画の再生数が500もいかなかった時期に、気付いたらタイムラインにいたんだよね。

神谷志龍 お互いのタイムラインにね。まだどっちもバイトしてる時期だった。

ウォルピスカーター 学生生活が終わったか終わってないかのふわふわした時期で、音楽を仕事にできるかどうか、周りの人たちがけっこうシビアに考えるようになる時期で、僕と神谷は根拠もなく「音楽でメシを食っていく」って豪語してたんだよね。

神谷 うん。僕はライブハウスで、ウォルピスはリハーサルスタジオでアルバイトをしてた。それで、どうすれば音楽で食っていけるかをお互いによく話してたよね。

ウォルピスカーター 将来のことを話していたけど、仲間内で一番将来のことを何も考えてなかった2人かな。音楽に携わってることを言い訳に現実逃避をしてたような(笑)。

──タイムラインにいた両者が距離を縮めるきっかけはなんだったんですか?

ウォルピスカーター もともとウマが合ったんですよね。価値観が近かったし、現状に対する認識とか、将来を楽観視しているところとか、いろんな部分に共通項があった。当時まだ万玄斎(神谷の旧名義)は作曲家ではなくて歌い手で、ある日コンポーザーに興味を持って編曲ができる師匠のところに弟子入りするんですよ。それで彼はメキメキと曲を作る力を付けていって、僕はそれを見ながら「いつか神谷の才能にあやかるぞ!」と密かに思ってた。

神谷 ライブハウスを辞めてから始めたコンビニのアルバイトの同僚に編曲がめちゃくちゃうまい人がいたんですよ。

ウォルピスカーター そうそう! コンビニのバイトだったね。

神谷 その才能に惚れて、無理やり頼み込んで教えてもらいました。修行期間にウォルピスの曲のミックスもやらせてもらったりもして。確か「スカイクラッドの観測者」とか。

ウォルピスカーター 「ミックスの練習がしたいから音源くれ」と言われて送ったんだよね。当時はもう2人で実際に会っていろんな話をしてた気がする。

神谷 当時仲がよかったグループの人たちがみんな就活とかしてどんどんいなくなっていく中で「俺たちだけは音楽で食っていこうな」って何度も入念に確認して、傷を舐め合ってたよね(笑)。

ウォルピスカーター 夏の夜にベランダで語り合ったり(笑)。

──インターネット上のコミュニティで、実際に会う関係性に至るケースは多かったんですか?

神谷 僕はかなり少なかったですね。

ウォルピスカーター 僕も神谷を含めたコミュニティ以外の人とはほとんど会ってなかったかな。でも、「音楽で食っていく」とか現実味のない話をしていたから、そのコミュニティの人たちには冷めた目で見られてたような気がして。

神谷 (笑)。

ウォルピスカーター その温度差を感じて人に会わなくなった気もしますね。だからウマが合う神谷とはずっと会ってたんですよ。

「次のアルバム出すから万ちゃん曲書いてよ」

──2017年発売のウォルピスさんのアルバム「ウォルピス社の提供でお送りしました。」には、ウォルピスさんと神谷さんが一緒に作り上げた初のオリジナル曲「20億走」が収録されています。どういう経緯で神谷さんに作曲の依頼が?

神谷 オファーがめっちゃ軽かったんですよ。「次のアルバム出すから万ちゃん曲書いてよ」みたいなDMが来て。その連絡が僕はすごくうれしくて「ついにウォルピスカーターにオリジナル曲を書けるのか!」ってすげえ高まってたのに、ウォルピスはけっこう冷めてたんですよね。完成した曲を送ったらしばらく返事がなくて。

ウォルピスカーター え? 本当に? 全然覚えてない(笑)。

神谷 ずっと返信がなくて、ボツになったのかなと思って「曲書いたけどどう?」って声をかけてみたら、そこで初めて曲が送られてきたことに気付いたみたいで。俺めっちゃ気合い入れてたのにふざけんなよ!って(笑)。

ウォルピスカーター ごめんごめん。勝手にいい思い出しかないと思ってたわ(笑)。

神谷 まあ、今となってはいい思い出だけど。

──「20億走」はウォルピスさんが初めて作詞に挑戦した曲でもありますよね。

ウォルピスカーター ずっと歌詞を書きたいと考えていたんですが、当時の僕はまだまだ駆け出しのアーティストだったから「歌詞を書かせてください」という不躾なお願いをできる関係性の作家さんが全然いなくて。まずは神谷のような頼みやすい人にお願いして、自分がどんな歌詞を書けるのか試す必要があったんです。

神谷 僕は逆に歌詞を書きたくないタイプなので大歓迎でした。

ウォルピスカーター 「歌詞書くのめんどくせーから助かる!」って言われたわ(笑)。

神谷志龍誕生のきっかけとなった曲

──その後2人が再びコラボするのは、2019年3月発売のシングル「1%」のカップリング曲「僕らのミッシングリンク」ですね。

神谷 実を言うと、「僕らのミッシングリンク」が神谷志龍として活動するきっかけになる曲だったんです。

ウォルピスカーター 「20億走」を最後に、彼は万玄斎としての活動を辞めちゃったんですよ。僕としては万玄斎との仕事を途切れさせたくなかったから、ひさしぶりにシングルのカップリングで作曲をお願いしようと思って。

神谷 「そろそろ声をかけないと音楽を辞めちゃうんじゃないか」と心配されていたみたいで。そのときは万玄斎名義の活動にひと区切りを付けて、ずっとコンペに曲を送り続けている時期だったんです。

ウォルピスカーター そういう事情も聞いたうえで、「じゃあ実績作りとして新しい名義のディスコグラフィに載るような仕事をやろう!」という話になって。

神谷 それが、神谷志龍としての活動の始まりです。その活動が今まで続いているので、本当に感謝してます。コンペに応募するときは、何度かウォルピスに仮歌をお願いしたし。

ウォルピスカーター 当たり前のように女性ボーカルの曲が届くんですよ(笑)。「次のコンペに出すアイドルグループの曲なんだけど……」みたいに。

神谷 だって高い声、得意でしょ。

──お互い持ちつ持たれつでやってきた仲なんですね。

神谷 どちらかと言うと、僕が引っ張られた感じですね。

ウォルピスカーター いや、ここから頼むよ。有名作家になって僕を引っ張り上げて……。

神谷 わかった。がんばるわ。