東京を拠点に活動するバイリンガルラッパー・Wez Atlasが2ndミニアルバム「This Too Shall Pass」を配信リリースした。
2021年発表の前作「Chicken Soup For One」で、20代前半の等身大の悩みを赤裸々に表現したWez。「This Too Shall Pass」には、さまざまな人との出会いや挫折、学びなどを経て急速に成長した彼の約1年間の思いがまるでドキュメンタリーのように刻まれている。また盟友・VivaOlaや、クリエイティブレーベル / コレクティブ・w.a.uの主宰者としても知られるKota Matsukawa、グラミー賞ノミネートプロデューサーのstarRoなど個性豊かなクリエイターを多数招聘して作り上げたバラエティ豊かなトラックも必聴だ。
音楽ナタリーでは、「SXSW 2023」に参加するなどグローバルに活動の幅を広げる新世代ラッパーの“これまで”と“これから”についてじっくりと話を聞いた。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 須田卓馬
ペンと紙さえあれば
──まずはWezさんが音楽に目覚めたきっかけから教えてもらえますか?
僕の母親は日本人、父親はアメリカ人なのですが、特に母が音楽好きで、例えばThe Black Eyed Peasやショーン・ポールなどの曲を車の中でよく流していて。子供の頃から音楽に囲まれた生活をしていたんです。7歳の頃、アメリカのコロラド州に引っ越してからは、カーステから流れるヒップホップ専門のラジオを通して本場のヒップホップカルチャーにハマっていきました。エミネムの早口なラップを口パクで真似したり(笑)。
──初めて曲を書いたのは?
15歳で日本に戻ったのですが、高校生のときに自作のポエムを作って朗読するという授業があって、そこで僕は詩の朗読ではなく、あえてラップを披露したんです。自分でヴァースを書いたのはそれが初めてでした。これと言って書きたいこともなかったので、好きなラッパーのリリックをそのまま真似たり、恋愛経験もないくせに恋愛ソングっぽくしたり、最初はその程度ですけどね(笑)。
──Wezさんがヒップホップカルチャーに惹かれるのはなぜだと思いますか?
僕はギターも鍵盤もまったく弾けないんですよ。音楽的な教育を受けていない僕みたいな人でも、ペンと紙さえあれば自分なりの表現を追求できる可能性があるところに惹かれます。
──なるほど。ところで今、Wezさんが書いているリリックは英語がメインですよね。
はい。それは今話したように、アメリカにしばらく住んでいたのもあって日本語よりも英語のほうが扱いやすいからです。でも日本人としてのアイデンティティもあって、そういう葛藤を抱えながらも曲に込めたメッセージを、日本はもちろん、グローバルな環境でも届けていきたいんです。
コレクティブ・Solgasa結成の経緯
──ここ数年、リナ・サワヤマやミツキなど日本にルーツを持つアーティストがグローバルに活躍しています。そういう人たちにシンパシーを感じますか?
彼女たちは、海外を拠点に活動していますから、そういった点では僕とは少しスタンスが違うと感じます。そのうえで、このところアジアにルーツをもつアーティストが欧米のメインストリームで活躍し始めている状況には感銘を受けていますね。中でも僕の一番好きなJ.コールというラッパーが、BTSのJ-HOPEとコラボしたことには大変驚きました。
──アジア人アーティストが躍進している背景として、インターネットやSNSの普及も大きな要因としてあると思うのですが、Wezさんもそういったツールを積極的に利用していますか?
僕も最近はプロモーションの手段としてTikTokを始めました。でも、本当は現地まで行って自分の音楽を直接届けたい。実は僕、明後日からテキサス州のオースティンに言って「SXSW」に参加するんですよ。インターネット上でつながっていた人たちと、ようやく直に会える機会なので本当に楽しみです。
──Wezさんが所属するバイリンガル、トリリンガルのアーティストが中心となったコレクティブ・Solgasaは、どのような経緯で生まれたのでしょうか。
メンバーのmichel koやTommi Craneとは大学時代に知り合ったんです。授業も一緒で、お互い曲を作っているのも知っていて。あるとき彼らから「一緒に曲を作ってみない?」と声をかけてきてくれたんです。
──具体的にはどんなことをやっていたのですか?
Solgasaは「アート、ミュージック、コレクティブ」と銘打っていますが、基本的には音楽を作っている人たちの集まりです。結成当時アメリカで88risingが爆上がりしていたことも、Solgasaの立ち上げに影響を与えていると思います。最初はイベントを定期的に開催するところからスタートしました。2019年の夏に最初のイベントを立ち上げ、翌年はコロナ禍になってしまったので配信ライブなどもやりつつ、それに伴うアートフォーム、例えばミュージックビデオなどを自分たちでこだわって制作しています。去年はSolgasa名義で「Too Good To Be True」と「Cut!」という2枚のシングルを出しました。
これもまた過ぎ去る
──では、新作「This Too Shall Pass」についてお聞きしていきます。本作のタイトルに使われている言葉は12世紀のペルシャから由来することわざで、アメリカのリンカーン大統領などもスピーチで用いていたそうですね。
はい。「This Too Shall Pass」は直訳すると「これもまた過ぎ去る」という意味です。1stミニアルバムの「Chicken Soup For One」を作ったとき、僕はまだ20歳そこそこで。将来への不安も含め、この先の見通しも立っていない状況だったので、悩みもたくさんありました。僕はどちらかというと考え込んだり悩み込んだりしてしまう性格なので、「Chicken Soup For One」のレコーディング時期は本当に悩む日々で。その作品のリリースを経て、ある程度時間がたったタイミングだったかと思うんですが、YouTubeにあったトム・ハンクスのインタビューを観ていたら「若い頃の自分にこの言葉を教えてあげたかった」とこの言葉「This Too Shall Pass」を紹介していたんです。それが、自分の心にとても響いて。それもあって、今作はある意味楽観的な視野で制作に取り組めたのかなとも感じています。
──いいことも悪いことも、すべてはいつか過ぎ去っていく。仏教の諸行無常にも通じる言葉ですし、ティモシー・リアリーの詩「All Things Pass」からインスピレーションを受けたという、ジョージ・ハリスンの楽曲「All Things Must Pass」というタイトルにも似ています。
確かに。そういえば「マインドフルネス」を提唱したことで知られるティク・ナット・ハンという仏教者の著書もよく読んでいました。ティク・ナット・ハンにもいろいろな名言があって、「『怒り』という感情の原因は、怒りの矛先を向けた相手の問題ではなく、そうやって他者の行動に対して『怒り』の感情が湧き出すあなた自身の問題だ」とも言っているんです。この言葉も、アルバムを制作しているときに何度も思い浮かべましたね。
──そういえば別のインタビューで、J・コールが紹介していたジュリア・キャメロンの著作「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」を読み、その中で紹介されている「モーニングページ」というエクササイズを実践するようになってから、思考のプロセスがずいぶん変わったとおっしゃっていましたね。アルバム1曲目の「Life's A Game」は、そのモーニングページについて歌っている部分もあります。
おっしゃる通りです。モーニングページはなるべく習慣付けようと思っていて、今も朝起きたらすぐに自分の気持ちを書き出すようにしています。友人のVivaOlaも、「音楽を作るときにはまず蛇口を全開にして、泥水をすべて吐き出す必要がある。そうしないとその奥にある美しい水が出てこない」とよく言っていて。朝起きたら混沌とした頭の中のものを出し切ることで、そのあとにようやく整理された言葉が出てくるらしいんです。それはちょっとした頭のウォーミングアップというか、脳のクレンジングみたいなものだと思っています。クリエイティブとは音楽を作ることや詩を書くことだけではなくて、どんな活動にもその要素はある。なので「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」は、誰が読んでもきっとためになると思います。
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盟友・VivaOlaとの出会い