ナタリー PowerPush - 渡辺俊美
3アイテムを一挙リリース 粋な不良が現在の心境を語る
次は「渡辺俊美」として作品をリリースしようと思っている
──俊美さんは率直な音楽表現を極めていく過程で、20年にわたって経営されていた会社を人に譲って、音楽に専念されたんですよね。
それは2010年に出したアルバム「ヒズミカル」のセルフライナーノーツにも書いたんですけど、アーティストとしての自分と会社経営者としての自分に矛盾が出てきたんですよ。歌詞で「こう言いたい!」と思った表現が、会社経営者としての自分にとっては「それ言っちゃ駄目でしょ」みたいなことで。だから、音楽一本に絞ることにしたんです。管理職のちょいワル親父ではなく、ホントの不良、ホントのダメ親父になれるかな……、と。社員に「遅刻すんな!」って怒るのも面倒臭かったしね(笑)。
──あはははは(笑)。会社経営から解放された後のTHE ZOOT16は、クンビアやラテンなど、さらにいろんな要素がミックスされていきますね。その一方で、ライブは俊美さんが1人でバスドラムのペダルを踏みながらギターを弾き語るプリミティブなスタイルに向かっていきます。
バンドでやりたいのは山々なんですけど、呼ばれたときにギャラの設定が安いと断らざるを得ない。かといって、ライブの場が減ってしまうのももったいないので、弾き語りがうまくできないながらも熱くやるために何か方法はないかなって思っていたんです。そんなときにスペインへ行ったら、ラトロバ・カンフーやムチャ・チートっていうアーティストのライブを観て、「これなら俺もできる!」と。それで、自分も彼らのようなスタイルでライブを始めるようになったんです。
──彼らはアコースティックギターを弾きながら、足でバスドラムを叩くスタイルでパフォーマンスするアーティストですね。
そうですね。「1人でもこういう表現ができるんだ!」って衝撃を受けました。実はDJを始めたのも同じような理由で、大貫(憲章)さんがロックのDJをしているのを観て「店をやっていても、これなら暇な夜に1人でもできるな」って思ったからなんですよ。だから、それと一緒でバンドだったらメンバーが揃わないとできないから、1人でできるスタイルでやってみようって思ったんですよね。
──そして、たった1人でのライブ表現に到達した2012年に今回の「Z16」をリリースすることでTHE ZOOT16の活動にひと区切りをつけるということですが、それは具体的にはどういうことなんでしょう?
THE ZOOT16はその時々の時代背景や自分自身について歌ってきたプロジェクトなんです。でも、震災以降いろんなことが変わり、僕の頭の中もぐちゃぐちゃになってしまったから、一回ZOOTの軌跡を整理しようと思いまして。あと、次は「渡辺俊美」として作品をリリースしようと思っているんですよ。THE ZOOT16は僕自身が別の仕事をしながらサポートしてくれるミュージシャン仲間と一緒に活動してきたんですけど、渡辺俊美としての活動は「音楽で飯食ってるプロのアーティスト」としてちゃんとやりたい。あと、音楽的にももっと丸裸なものをやりたいと思っています。
被害者と加害者、両方の気持ちがわかる
──最後にお訊きしたいのは、俊美さんの地元である福島のことです。俊美さんのご実家である福島の双葉郡富岡町は福島第一原子力発電所から20km圏内にあることで、立ち入りができなくなってしまったそうですね。
震災以降、理不尽なことが実家に住む家族や同級生、後輩にいっぱいあって。それと同時に同級生とか仲間たちが東京電力で働いていたりもするんです。彼らは加害者であり、被害者でもあるという。だから、その両方の気持ちが僕にはわかるし、そういう歌を歌いたいですね。もちろん原発には反対ですよ。「NO!」です。でも、世の中は全てを明確に白と黒では分けられないと思うんです。人と人とが交われば、必ず曖昧なグレーの部分が生まれる。それは悪い意味の曖昧さであることもあるけど、僕はそうじゃない曖昧さを歌っていきたい。どっちが良い悪いという話ではなく、その曖昧なグレーの状態をそのまま歌った歌が少ないと思うんです。逃げとか言い訳じゃなく、そういう気持ちを説明する言葉があってもいいと思う。
──明確な意志を表明するための音楽ももちろん大切なんですけど、聴く人にとって考えるきっかけとなる音楽も同じく大事というか。
うん。音楽にはそういうパワーがありますよね。でも、もちろん震災の翌日に歌えといわれても歌えなかったですよ。ギターを手に、1週間後に現地に行ったときも歌える状態ではなかったし、1カ月後でもちょっと厳しかったかな。3カ月すぎて、やっと歌えるっていうくらいの感じだった。そうなるまではいろんな葛藤があるんですよ。僕ももちろんそうだし、自粛とかそういうことじゃなく「こういう気分でホントに歌えるのかな」っていう思いは確かにありました。
──でも、歌は歌いたいんですよね。
うん。何かしらの力になることはわかるので。そう思って何曲か作ったんですけど、僕の中で無責任には歌えなかった。猪苗代湖ズの作品を先に出したこともあって、いろんな意見が渦巻いては、日々、変わっていく自分の内面がもうちょっと落ち着いてから歌いたいなと思いまして、いろんなことを我慢しました。でも、20km圏内に育った僕だからこそ歌えることはあると思うし、そうかと思えば、男と女のグレーゾーン、「だから、お前とはセックスしないんだ」っていうようなことも歌いたい(笑)。曲を作るということ自体がひとつの勇気にもなるだろうし。今はニコニコ動画とかいろんな表現の場があるので、自分でできることを一生懸命やろうと思っています。
渡辺俊美(わたなべとしみ)
1966年12月6日生まれ、福島県出身のアーティスト。1990年に結成したTOKYO No.1 SOUL SETのシンガー、ギターとしてデビュー。「ロマンティック伝説」「黄昏'95~太陽の季節」などのシングルを発表した後、1995年にアルバム「TRIPLE BARREL」でメジャーデビューを果たす。その後も「Jr.」「99/9」といったアルバムをリリースするが、2000年以降TOKYO No.1 SOUL SETとしての活動は休止となり、ソロユニットTHE ZOOT16を始動させる。2002年のシングル「Na-O-Su-Yo / Dirty Huggy」以降、2006年まで毎年作品を継続的に発表し続けた。また2010年には、ともに福島県出身の松田晋二(THE BACK HORN)、山口隆(サンボマスター)、箭内道彦(風とロック)と猪苗代湖ズを結成。2011年の東日本大震災発生後も精力的にチャリティ活動など展開し、シングル「I love you & I need you ふくしま」を発表した。そして、2012年2月にTHE ZOOT16のベストアルバム「Z16」、ジャズコンピレーション「BRUSHING WORKS INTER PLAY -My Favorite Swings- selected by TOSHIMI WATANABE」をリリース。同年3月14日にTOKYO No.1 SOUL SETの約3年ぶりとなるオリジナルアルバム「Grinding Sound」を発表する。