湾岸の羊~Sheep living on the edge~ 1stアルバム「2020 Rising Sun」特集|新たな夜明けに響き渡る、魂の叫び (2/2)

最初からMVを全曲作るつもりだった

──「2020 Rising Sun」に付属するBlu-rayには、インタールードを除くアルバム全曲のMVをはじめ、そのメイキング映像、ライブ映像、フォトセッションなどが収録されています。

HIRØ これは僕のわがままなんですけど、まずはぜひアルバムを曲順通りに聴いてほしいんです。そしてBlu-rayの映像を観ていただきたい。やっぱりMTV世代としては、音から映像が想像できたら映像化しないと完結した気にならないんです。なので僕は最初からアルバム全曲のMVを作るつもりでした。映像が見えちゃったら作らないわけにはいかないじゃないですか? 例えば「都会の森」は、レコーディングしてるときから“戦場”と“現実”の画が見えてたんです。どっちが夢か現実かわからない。だけど、どう考えても戦場にいるより、ホームレスでも平和なほうが幸せだよねって。映像制作では薗田“ペッチーニ”賢次監督とものすごい回数のやりとりをしました。編集も、上がってくるたびに「ここはこうじゃない」って何度も直してもらって。監督、途中から俺の電話に出るのが怖かったんじゃないですかね(笑)。「また来たぞ」って。だけど、自分にも観てもらう人にも嘘をつくことはできないじゃないですか。映像がなければ1年半前に完成していたアルバムですけど、ちゃんと時間をかけてこだわって作ってよかったと思います。メイキングを撮るチームも、初号を見たらドローンで撮ってるから「いつの間に飛ばしてたんだ?」と思うくらい僕の想像の先を行ってたし、Blu-rayは見応えありますよ。去年の「NYRF」のライブ映像も2曲“ボーナストラック”として入ってますし、フォトギャラリーには199枚の写真が入ってます。当初200フォトの予定だったんですけどね。

──1枚落としたのは何か理由があって?

HIRØ ウクライナで戦争が始まったときに「プーチン大統領は権力を握ったヒトラーのよう」と抗議するロシアの人が掲げていた、プーチンとヒトラーの顔を合成した写真にスポットを当てていたんです。アンチテーゼとして。「都会の森」のMVには一瞬映っているんですけど、あれから1年以上経った今、プーチンという一個人を攻撃することでこの戦争を語るのは違うなと思い、フォトギャラリーからはカットしました。それが今の俺たちのスタンスです。

HIRØ(MC)

HIRØ(MC)

──個人への怒りをもって戦うものではないと。

HIRØ そうです。ただ、そういう部分も残っていて「Children's #189」には、映像の最後に「小児性愛者犯罪にはKYOSEIを、児童虐待死犯罪にはSHIKEIを」というメッセージを入れています。死刑、去勢をローマ字にしたのはちょっと(内田)裕也さんっぽいですけど、そこははっきり残さなきゃいけないと思って。僕自身、子供たちを守る活動をこれからやっていくつもりです。言ったからには実行する責任がある。それが本当のハードコアだと俺は思ってます。

2テイクで崩れたモヒカン

──MVの撮影はいかがでしたか?

REDZ 「REBORN」の雨のシーンは本気の雨だったね。あそこまでずぶ濡れにさせられることもないから面白かった。

HIRØ あの日は関東がその年の最高気温を記録した日で、雨を降らすタンク車に入れた水も8時間くらい経つと熱くなっちゃって、途中から雨が温かかったよね。

TATSU とはいえ、水を浴びれたので楽だったけど。

CHARGEEEEEE... それぐらい暑い日でしたね。

HIRØ メイキングでCHARGEEEEEE...がナイスなコメントをしてたよ。「いい湯だな」ぐらいの(笑)。

CHARGEEEEEE... 目を開けられないくらいの土砂降りでしたけどね(笑)。

Ryo-Ta 雨の中での撮影なのに、みんなそれ用のギターとか持ってくことを知らないから、マジで使ってるベース持っていったんです。あとでTATSUさんにメンテナンスの仕方を教わりました。陰干しをして、何日かは絶対電源入れるなよって。

Ryo-Ta(B)

Ryo-Ta(B)

CHARGEEEEEE... 僕は撮影用にドラムをリサイクルショップで買いました。エンドースメント契約がPearlなんで、ちゃんとPearlのを買って。撮影後びしょびしょになったドラムをRyo-Taがきれいに拭いて車にしまってくれたんですけど、家に着いて出したらバスドラムの中から水が出てきたのもいい思い出です(笑)。この場を借りてRyo-Taに感謝したいのは、毎回撮影のときに「ドラム出しますよ」って手伝ってくれるんです。手伝いすぎて、ドラムセットのセッティングが超上手になってて、俺が何も言ってなくても「ここ、これっすよね」って。

Ryo-Ta CHARGEEEEEE...さんのセッティングをある程度組めるようになったのも楽しかったです。

HIRØ 撮影隊が言うには「Ryo-Taのモヒカン、たぶん2テイク以上は持たないぞ」って話だったんです。実際、2テイクで崩れたんですけど、Ryo-Taが頭振って遠心力で髪の毛を立たせてて(笑)。すげえなと思った。

Ryo-Ta 「Merry-Go-Round」は実際に遊園地のメリーゴーランドの盤上に立って演奏してるんですけど、遠心力がすごくて端っこに立つと危ないくらいでした。当たり前のように歩いてるけど、実はかなり体幹使ってます。

TATSU 地震みたいだったね。あれは回転速度上げてた?

HIRØ いや、普通の速度。

TATSU HIRØが言って回転数上げてもらったのかと思った(笑)。そこまでやる人だから。

HIRØ ただ、俺はけっこう子供と一緒にいろんな遊園地行くけど、あの撮影した場所のメリーゴーランドがヤバいくらい速かったのは確か。

CHARGEEEEEE... 曲のスピード感と合って、いい画が撮れましたね。

──冒頭に登場する女の子は、ひょっとして?

HIRØ はい。うちの娘です。

CHARGEEEEEE... 女優さんの顔してましたね。

HIRØ MVの中で彼女がピエロについて行っちゃうんです。これは裏話ですけど……今回アルバムを手に取ってくださる方はBlu-rayの中のフォトギャラリーを見ると、ピエロと女の子がすごくいい関係性だというのがわかります(笑)。

俺たちの魂の叫びがたくさんの人に届いてほしい

──ラストを飾る「Sincerely」は「人の目なんか気にすんな、自分らしく生きろ」というメッセージを込めた美しい曲です。MVは1985年に内田裕也さんがニューヨークのハドソン川を泳いだPARCOのCMのオマージュですね。

HIRØ もちろん。俺らは東京湾で泳ぎました。実は2000年頃、六本木にあったGASPANICというクラブが日本に来る外国人向けにCNNとかMTVに流すコマーシャルを作って、その撮影で俺、東京湾で1回泳いでるんです。裕也さんにその話をしたら、「おー、マジか。気を付けろ、抗生物質は飲んどけよ」と言われて。ただ、そのときは背景に東京タワーとか映ってなくて、東京湾だってことがわからない映像だったんです。そこにずっと悔いが残っていて。だから今回は薗田監督と「これはロケハンしてちゃんと画角を計算しないと東京湾とわかる映像に絶対ならないから」って。監督は頭を抱えてましたけど。

──海上での撮影は大変だったんじゃないでしょうか。

HIRØ タキシードを着て、船でレインボーブリッジの下まで行って泳いだんですけど、服って水を含むと重くなって全然動けなくなるんです。しかも東京湾は潮の流れも速いし、波もあるから、あっという間に流される。なんとかワンテイク撮れたけど、息が上がるほど苦しくて「監督、俺次行けるかわかんない」って状態になっちゃって。カメラマンのDARC(ダルク)はロングボードの上に乗って撮ってたから、ボードを借りてポイントまで行って、なんとかそこから2テイク、合計3テイク撮れたんですけど、具合が悪くなって家帰ってから頭痛がし始めて一晩中吐いちゃったんです。家族も心配して病院に連絡して検査入院したんですけど、何も見つからない。そしたら嫁が「こうすれば大丈夫だよ」って塩で俺を清めてくれたんです。彼女は最初から見えてたみたいで「私、本当はわかってたんだ」って。要は何かが憑いてきちゃったって話なんですけど、そのまま寝て起きたら嘘みたいに楽になってました。

──命がけで撮った映像ですね。

HIRØ 土砂降り、火、空、爆破、東京湾……いろんなものが詰まってますから。薗田監督、DARC、スチールの石橋さん、メイキング撮影の小瀬さん、チーム湾岸の羊全員の力を合わせた集大成のCDでありBlu-rayです。

TATSU 湾岸の羊は総合アートだからね。Blu-rayは最初から最後まで映画を観るような気持ちで観てもらいたいです。

CHARGEEEEEE... 個人的に、CDはヘッドフォンで街の中を歩きながら聴いてほしい。自分の生活環境下で動いてるときに聴くとまた違って聞こえると思います。

CHARGEEEEEE...(Dr)

CHARGEEEEEE...(Dr)

TATSU 俺も、そう思ってた。

REDZ 朝、ウォーキングしながらでも聴けるよね。トータルで聴けばポジティブなメッセージがちゃんと伝わってくるから「よし、がんばろう」って気にもなるし。

TATSU いろんなことを感じられるアルバムだよ。ただし、車で聴くときはスピード違反に気を付けたほうがいい(笑)。

REDZ 生き様が出てるアルバムだと思います。唯一無二だし、前例がない。湾岸の羊は確かにハードコアでもあるし、プログレッシブな要素もあるし、自分でもいまだに「なんなんだろうな、このバンド」って思いますね。それがまた湾岸の面白さでもあって。

CHARGEEEEEE... 全員、1人ひとりドラマがありすぎる人たちだから。

REDZ それが混ざり合って1枚のアルバムになったのは確かだよね。とにかく俺としては今の自分ができることを全力でやった感じです。このメンバーと一緒にやるのは誇りだし、HIRØの歌にガッツリついていって、それを昇華させなきゃって気持ちでずっといたし。

──「Merry-Go-Round」や「LOST CHILD」のMVを観ていると、ライブが待ち遠しくなります。

CHARGEEEEEE... 薗田監督は湾岸の羊のライブをずっと観てきてる人だから、ライブ感を掻き立たせる映像が浮かんだんでしょうね。

TATSU ステージに立ってるも同然だからね、監督。

HIRØ この5人がそろうスケジュールを合わせるのが大変なんですけど、必ず今年中にライブはやります(※その後、10月13日に東京・東京キネマ倶楽部でワンマンライブが行われることが決定)。

REDZ Blu-rayの映像を観れば、生の俺らに会いたいってきっと思うよね。このメンツはキャラもあるし、湾岸の羊はステージ観てて楽しいってよく言われるもん。

──最後にこの素晴らしいアルバムを作り上げたHIRØさん、ひと言お願いします。

HIRØ この言い方が正しいかどうかわからないですけど、俺にとっては遺作のつもりでこのアルバムを作りました。もちろん死なないですよ。自分の子供たちのために長生きしなきゃいけないんですけど、自分が表現するものはすべて遺作だと思って向き合っていて、それは最後の「Sincerely」を聴けばわかっていただけると思います。俺たちの魂の叫びがたくさんの人に届いてほしいです。

ライブ情報

STREET BLOOD湾岸の羊~2020 RISING SUN~

2023年10月13日(金)東京都 東京キネマ倶楽部

プロフィール

湾岸の羊~Sheep living on the edge~(ワンガンノヒツジ)

HIRØ(MC / カイキゲッショク、ex. RISING SUN)、TATSU(G / GASTUNK)、REDZ(Vo, G / AURA)、CHARGEEEEEE...(Dr / Omega Dripp、カイキゲッショク)、Ryo-Ta(B / Omega Dripp、蟲の息)からなる“都会派ハードコア・ロックバンド”。2015年より数々の実験的ギグを行い、2023年7月に1stアルバム「2020 Rising Sun」をリリースした。