初音ミク10周年特集|和田たけあき(くらげP)|「むしろ2012年の状態が異常だった」シーンを見つめ続けたボカロPが考える衰退論の真相

初音ミクの10年 ~彼女が見せた新しい景色~

「砂の惑星」で変わることなんて何もない

──話は少し戻りますが、「ボカロシーンは衰退しているとは思わない」と言う和田さんから見て、最近のシーンはどんな面が面白いと思いますか?

昔と比べて特別何かが変わったというのは特にないです。今も昔と変わらず、新しい人たちが次々に出てきて面白い作品を作り続けている。僕はハチさんが投稿した「砂の惑星」を聴いて、彼が音楽ナタリーでryoさんと対談したのを読んで(参照:初音ミクの10年~彼女が見せた新しい景色~| 第1回:ハチ(米津玄師)×ryo(supercell)対談 2人の目に映るボカロシーンの過去と未来)、そこで話していることに正直めちゃくちゃ怒ってたんです。

──ニコニコ動画を「すでに廃れた砂漠」と例えた歌詞のことですね。

はい。「ここ最近シーンにいなかった人が急に戻ってきて、なんで知ってるふうなことを言うんだろう?」「僕のことは置いておいて、ナユタン星人、バルーン、n-buna、Orangestarみたいなこの数年のシーンを支えた人たちも“砂”だって言うのか?」って、ものすごく頭にきちゃって。それにあの曲が発表されたことによって、2014年頃に内輪で言われていただけのボカロ衰退論を外側の人に知らせることになって、「ボカロは時代遅れ」という呪いのようなイメージをたくさんの人に植え付けるんじゃないかって心配になったりもして。

──なるほど。

でも自分の中でよく整理してみて、「別にあの曲で変わることなんてなんもねーな」って結論になりました。さっき「ボカロシーンは今まで何も変わらなかった」って話をしましたけど、ソフトを買えば誰でも始められるボカロは来るものをまったく拒まない懐の深さがあるし、衰退していると言われていた時期もすばらしい曲はどんどん作られてきたので、今後も面白い人が登場してシーンはなんの問題もなく続いていくと思う。ボカロは10年前からずっと、苦手な人はまったく受け入れられないものだったし、今更外部の人から「オワコンだ」って言われるようになっても作品の質に影響が出るとは思えないです。まあ、外からのイメージが悪くなったらメジャーデビューする人は減るでしょうけどね。

──そうでしょうね。

でもそれも、2012年みたいな“レコード会社による乱獲”が起こらなくなるだけのことで。僕からしたら2012年の状態が異常だったと思うんです。あの頃は「本当に面白い人が世に出ていく」という当たり前の流れにとどまらず、よくわかってない大人たちが「今ボカロがすごいらしいぜ」みたいな感じで余っているボカロPをとにかく拾いまくる、みたいな事態が起こってたので。ボカロシーンは特殊な界隈だから、正しく理解できてない人には得体の知れないものにしか見えないんです。だから世間から「今ボカロがすごいらしいぜ」っていうイメージがなくなると、ブームに乗ろうとしていただけの人は去って、理解できる大人たちだけが残って本物の才能を拾ってくれるようになるので、僕はそっちのほうが健全だと思います。

──そう言われるとなんだか1980年代末のバンドブームみたいですね。数百組の玉石混交なバンドがデビューして、そのほとんどが消えていった。

そうかもしれないです。「ボカロが盛り上がってるらしいから」って言って、よくわかってない大人が面白くない企画をガンガンやって、それが売れなかったから手を引いたってだけ。それが衰退だとは僕はまったく思ってないです。乱獲してすごく雑に扱ったものが売れなかったからって「衰退した」って言うのは、あまりにも身勝手だし浅はかなんですよ。

──ハチさんはおそらく「自分が育ったシーンが再び活性化するためのカンフル剤になってほしい」という願いを込めて「砂の惑星」を作ったんだろうと思います。この曲に刺激を受けて名曲を作る人々が現れるのに期待したんだろうなと。それについてはどう思いますか?

別にどうにもならないんじゃないですかね。僕は最初に聴いたとき「チクショー!」ってめっちゃ怒ってましたけど、なんだかんだ反応を見ると、彼のひさしぶりの投稿をただただ喜んでる人ばっかりなので。さっきも言ったように僕はカウンターが好きなので、「マジカルミライ」の10周年テーマソングにあんな曲をぶつける姿勢はすごく面白いなとは思うし、音はめちゃくちゃカッコいいと思ってます。でもあの歌詞は2013年の状況の認識だけで書かれているので、ここ4年間のお話がまったく入っていないんです。歌詞でいろんなボカロ曲のフレーズを引用していますけど、それも2013年くらいまでの曲だけで、ここ最近のものは1つもないんですよね。共通の知り合いから聞く限り、ハチくんは最近のボカロPの曲もよく知っているようなので、あえて無視したんだろうという気もします。でも「廃れた砂漠」に説得力を持たせるためにここ4年間をわざと見ないふりするっていうのは、「その間にがんばってた人に対してどうなの?」って思いますね。

──うーむ。

最近の状況に触れたうえで「廃れた砂漠」って歌うんだったら、きっと僕は納得してたんですよ。「そうか、彼にはそう見えたんだ」ってだけのことだから。

“ボカロP”っていう言葉がすべて悪い

和田たけあき(くらげP)

──最後に、和田さんにとって初音ミクってどういう存在ですか?

自分自身です。ボカロPって、のちのち自分で歌い始める人も多いですけど、基本的には“歌わないシンガーソングライター”なんですよ。自分で声を打ち込んでいるので、もうそれは自分の歌ってことなんです。なので、ミクを含めて自分が持っているボカロは全部自分自身だと思ってます。イラストは自分のアバターみたいな感覚ですね。

──ああ、なるほど。

ちょっと気持ち悪い話なんですけど、ボカロに歌わせて、動画にボカロのキャラを出して、さっきも言ったように歌詞では意外と自分の言いたいことを言っていて……そうすると自分がボカロになったみたいな感覚になるんです。たぶん、美少女の絵を描いてる男の人にもこの感覚はわかってもらえると思う。「アオイホノオ」にも出てくるガイナックスの赤井孝美さんに、誰だったかが「女の子を描くってことは女の子になりたいの?」って聞いたら、「そうかもしれないです」って答えたらしくて。カルロス袴田(サイゼP)さんっていう、イラストも描くボカロPがいるんですけど、彼も「やっぱりあんだけ描いてたら自分が初音ミクとか音街ウナになった感覚ない?」って聞いたら「めっちゃあります」って言ってました(笑)。

──ボカロPってプロデューサー的な視点の人が多いのかなと思っていたので、“歌わないシンガーソングライター”という例えはちょっと意外でした。

“ボカロP”っていう言葉がすべて悪いんですよ。僕もくらげPって呼ばれてるのでアレなんですけど(笑)。物を作る人が“なんとかP”って呼ばれるようになったのはアイマス(「THE IDOLM@STER」。アイドルをプロデュースするシミュレーションゲーム)が由来なんです。初音ミクが歌う曲を作るのをアイドルのプロデューサーに例えて“P”と呼ぶようになったけど、みんなが実際にやってることはアイドルのプロデューサーよりもシンガーソングライターに近いと思います。

──それではこのあたりでインタビューを締めくくろうと思うんですけど、読者に対してこの場で言っておきたいことは何かありますか?

なんか今日、嫌われそうなこといっぱい言っちゃったと思うんですけど、もし気分悪くさせたらすいませんでした(笑)。これからもよろしくお願いします。

※ 和田たけあき(くらげP)の丸括弧は半角が正式表記です。

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  2. ヒバナ / DECO*27 feat. 初音ミク
  3. ボロボロだ / n-buna feat. 初音ミク
  4. Initial song / 40mP feat. 初音ミク
  5. 大江戸ジュリアナイト / Mitchie M feat. 初音ミク with KAITO
  6. リバースユニバース / ナユタン星人 feat. 初音ミク
  7. 快晴 / Orangestar feat. 初音ミク
  8. それでも僕は歌わなくちゃ / Neru feat. 初音ミク
  9. ひとごろしのバケモノ / 和田たけあき(くらげP) feat. 初音ミク
  10. 君が生きてなくてよかった / ピノキオピー feat. 初音ミク
  11. 神様からのアンケート / れるりり feat. 初音ミク
  12. Steppër / halyosy feat. 初音ミク、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカ、KAITO、MEIKO
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  1. みんなみくみくにしてあげる♪ / MOSAIC.WAV×鶴田加茂 feat. 初音ミク
  2. Tell Your World / livetune feat. 初音ミク
  3. 千本桜 / 黒うさP feat. 初音ミク
  4. 初音ミクの消失 / cosMo@暴走P feat. 初音ミク
  5. ロミオとシンデレラ / doriko feat. 初音ミク
  6. 独りんぼエンヴィー / koyori(電ポルP) feat. 初音ミク
  7. カゲロウデイズ / じん
  8. from Y to Y / ジミーサムP feat. 初音ミク
  9. *ハロー、プラネット。 / sasakure.UK feat. 初音ミク
  10. BadBye / koma'n feat. 初音ミク
  11. オレンジ / トーマ feat. 初音ミク
  12. ハジメテノオト / malo feat. 初音ミク
和田たけあき(くらげP) (ワダタケアキカッコクラゲピー)
和田たけあき(くらげP)
初音ミクを使用したVocaloid楽曲「くらげ」を2010年4月にニコニコ動画に投稿して以降、「くらげP」「electripper」という名義で インターネットでオリジナル曲を発表し続ける。またギタリストとして古川本舗やこゑだなど、さまざまなアーティストのライブやレコーディングに参加。2016年2月に公開した楽曲「チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!」はYouTubeで2017年9月までに520万再生を突破している。