過去を掘るほど、未来に進むエネルギーが増える
──今作は全10曲を通して1つの物語を描くコンセプトアルバムということですが、VivaOlaさんは昨年末リリースの2曲入りシングル「nocturnalis」の時点でそういったコンセプチュアルな作品作りを行っていたと思うんです。なのでご自身の中で近年、“物語る”ということがモードとしてあったのかなと。
そうですね。そもそも、僕がリスペクトしてきたUSや韓国のアーティストたちの素晴らしい作品には、物語を綴るものが多いんです。単純に自分の恋愛を語って終わりではなく、何曲かを通して1つの物語を誰かに向けて語っているものが多い。僕自身、そういうものを聴きながら育ってきたけど、振り返ると「STRANDED」(2020年6月発表のミニアルバム)ではすべての曲で自分のことを歌いつつも、曲に時系列はなかったし、そこまで統合性のある作品ではなかったんです。あくまでも音楽だけを見た作品だった。そこから「次のステップに行くためにはなにができるか?」と考えた結果、今回はストーリーテリングをやろうと思って。「nocturnalis」はそのための実験で、そこからもっと広げていって今回のアルバムになった感じですね。
──VivaOlaさんが今まで触れてきた先人の作品で、物語性がある作品というと、どんなものが思い浮かびますか?
まずはフランク・オーシャン。ただ、僕はもともと彼の作品はそこまで好きではなかったんです。僕はポップな音楽が好きだけど、例えばフランク・オーシャンの「Blonde」は、アルバムが前後半々に分かれるように展開したり、同じ曲を違うふうに解釈させる配置にしたり、すごく実験的なんですよね。そういう部分は自分の好みではなかったけど、素晴らしい作品であることに変わりはなくて。勉強という意味でも、フランク・オーシャンの作品は今回よく聴き直しました。あとディーンという韓国のアーティストが好きなんですけど、彼の「130 Mood : TRBL」という作品は、7曲を通してエンディングから始まりに進んでいく、普通の物語とは逆の方向にストーリーテリングしている作品で。その作品もすごく聴きました。
──フランク・オーシャンやディーンは最近のアーティストですけど、もっと長いスパンで振り返ってみても、例えばオペラとか、音楽と物語は密接に関わり続けてきた歴史がありますよね。
そうですね。このアルバムを作るうえですごく考えたのは、人間はもう何百年も音楽を作ってきたわけじゃないですか。そのうえで自分は次に何を作るのか?ということだったんです。何百年かのうちのたった1年だけど、僕は自分にとってすごいことをしたいと思った。そこで行き着いたのが「クラシックに戻ろう」という考えだったんです。基礎に戻ったうえで、現代的な目線で見ても革新的なものを作りたかった。僕はディアンジェロがすごく好きなんですけど、あの人たちが作ったネオソウルと呼ばれるものって、「ソウルミュージックが衰退したあとに、どうやって再びソウルミュージックを復活させるか?」ということだったと思うんです。そういう部分に僕はすごく惹かれていて。自分は日本でそういうことをやりたいんですよ。
──VivaOlaさんにとって「新しいものを作る」ということは、同時に「過去を掘る」ことにもつながっているんですね。
これは僕の個人的なポリシーなんですけど、過去を掘るほど、その反動で未来に進むエネルギーが増えると思うんです。逆に何か1つのものをちゃんと掘ることができていないと、前に進む力が弱くなる気がする。今回、シェイクスピアの「ロミオ&ジュリエット」を改めて読んでアルバムの題材にしたのも、その考え方が大きくて。新しいものを作るには、ちゃんと古典に戻らないといけないと思ったんですよね。
これはフィクションです
──なぜ、古典の中でも「ロミオ&ジュリエット」だったんですか?
中学生の頃に学校で古典の授業を受けると思うんですけど、僕はインター(ナショナルスクール)に通っていたので、最初に学校で習う古典がシェイクスピアだったんです。その中で「ロミオ&ジュリエット」は、「リア王」や「ハムレット」の前に出会う作品で。しかも最終的には映画を観させられるので、正直「リア王」とかに比べてもそんなに読んだ覚えもなくて。「ロミオ&ジュリエット」というとレオナルド・ディカプリオの印象しかないくらいだったんです(笑)。だからこそ、改めてちゃんと勉強してみようと思って。
──改めて触れてみて、いかがでしたか?
アルバムタイトルの「Juliet is the moon」は、「ロミオ&ジュリエット」に出てくる「Juliet is the sun」という台詞から取ったんですけど、そこにあるような暗喩的な表現が印象的でした。まずロミオがジュリエットに愛を誓うときに、「月に誓う」と言う。それに対してジュリエットが「月に誓わないでください。月は変わりゆくものだから。あなたの愛もそうであると悲しい」と言うんですよね。その対話シーンのあとに、「It is The east, and Juliet is the sun」、つまり「ジュリエットは太陽だ」という台詞が出てくるんです。そこにある“普遍的なもの”と“変わりゆくもの”の対比が面白いなと思いました。ただ、それをそのまま僕が表現しても、それは「シェイスピア remixed by VivaOla」みたいなことになっちゃうので、ちゃんと2021年を生きている自分なりのプラスアルファを入れないとなと思って。
──結果として、アルバムのタイトルは「Juliet is the sun」ではなく「Juliet is the moon」となったと。今の話を踏まえると、今作でVivaOlaさんは“普遍的なもの”ではなく“変わりゆくもの”をテーマに掲げているということだと思うんですけど、このアルバムは「ロミオ&ジュリエット」とVvaOlaさんの個人的な物語が重なってできあがったと思いますか? それとも完全なフィクションであるのか。
今から、ズルいことを言おうと思うんですど。
──はい。
この物語は、あえて言うならフィクションなんです。でも、今僕が言ったことも、嘘かもしれない(笑)。
──(笑)。
まず「このアルバムはフィクションである」と言っておきたいのは、あまり真に受けてほしくないから。「こんな物語もあるよね」くらいで受け取ってほしい。僕は人から受けた相談をもとに曲を書いたりすることがあるんですけど、そういうのも含めて「フィクションだ」と言いたいんです。それに映画でも小説でも、ある作品に触れるときに、「これはノンフィクションです」と言われるよりも、「これはフィクションです」と言われたほうが僕はその物語に共感できる。フィクションのほうが感情移入できるんですよね。
──それはなぜだと思いますか?
現実味があると、重すぎて共感したくなくなるんです。現実がただでさえ重いのに、それをそのまま描いたものに共感したいとは思わない。なので、今回のアルバムもフィクションです、そういう体で歌詞は書いていきました。あと、タイトルを「Juliet is the moon」にしたのにはいろいろと理由があるんですけど、1つは皮肉も込めていて。
──皮肉ですか。
今から言うことはアメリカが絶対によくて日本はよくないみたいなことではないんですけど、強いて日本の悪いところを言うと、変化を嫌うこと、普遍性を変に求めてしまうことだと思うんです。何かが流行ったら、それが絶対的な正解だと思い込んでしまう。例えば、最近だったらディスコとかローファイとか、“夜”な雰囲気のものが流行っていると思うんですけど、ずっとそういうものが好きだったのならいいけど、今はコロナ禍の影響もあってか、今までそういうものに興味がなかった人まで、そっちの方向に向いていると思うんです。僕はそういう状況がすごく嫌で……でも僕の音楽も“洒落た音楽”として消費されている部分はあると思うんですよね。
──自分自身の音楽も、そういう時代の流れに飲み込まれていく部分はあると。
「Juliet is the moon」というタイトルで、ジャケットにも月が描いてあって、明らかに“夜”のアルバムだと思うし、そういう部分は今の流行っぽいと思うんですけど、内容を聴いた人がどれだけ違和感を覚えてくれるのかを見てみたいと思ったんです。「STRANDED」を聴いて「なんとなくおしゃれで、チルだからいいよね」と思っていた人たちが、今回のアルバムのパワーのあるクラブミュージックみたいなサウンドを聴いてどう思うのか、何に気付くのか。「これを聴いている自分カッコいい」で終わるんじゃなくて、もっと考えさせたいというのがあるんですよね。もちろん、考えなくてもいいんですけどね。それもまた、その人の在り方だと思うから。
──そうした皮肉屋的な部分は、VivaOlaさんの根本にあるものなんですか?
皮肉が好きな人間だと思います。クラスでも、大きな声で何かを言うというよりは、ギリギリ聞こえるくらいの小さい声で言ういうタイプだったし。素直であることが一番だと思うので、そういう部分が音楽に残っていたらいいなと思います。僕が作るとしたらロックアンセムで社会的なことを訴える、みたいなことにはならないんですよね。「聞こえるな」っていう程度でいい。
「STRANDED」以降の変化
──先ほど少し話に出ましたけど、音楽的にはそれこそビートミュージック的な要素も多分に入っていて、「STRANDED」とはかなり変わりましたよね。
そうですね。音楽的な面でもやりたいことは変わってきていて。「STRANDED」は、悪く言うと半分バンドで半分トラックみたいな、どっちに行きたいかよくわからない自分がいたと思うんです。それに「STRANDED」以降、バンド編成でのライブをたくさんやらせてもらったんですけど、自分がバンド嫌いであることに気付いちゃって(笑)。
──(笑)。でも、そもそもVivaOlaさんはONE OK ROCKのようなロックバンドが原体験にあるんですよね?
そうなんですよ(笑)。バンドミュージックを聴いて育ったはずなんですけど、あくまでも聴くのが好きだったんだなと思います。海外のヒップホップアーティストがDJと一緒にやったり、トラックを流して1人でステージに立つ映像を見ていると、「自分は圧倒的にこっちが好きだな」と思う。「じゃあ、曲もそういうのを作らなきゃな」と、今回はそういうトラックを想定しつつ作ったメロディと歌詞を10曲、先に作ったんです。そこに「STRANDED」から引き続きnonomi、今回初めてstarRoさんとKRICKさんという2人のプロデューサーにビートを作っていただきました。僕がビートを作った曲もありますけどね。結果的に、音楽的にはかなりバラバラな作品になったなと。ストーリーは統一されていますけど、音楽的な面だけで言うと「1曲好きな曲はあるけど、ほかの曲はそんなに聴かない」みたいなアルバムになっていると思います(笑)。
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自分たちのシーンで指輪を作る