VIDEOTAPEMUSIC×折坂悠太|ボーダーラインを越えて響き合う歌声

VIDEOTAPEMUSICが7月24日に4thアルバム「The Secret Life Of VIDEOTAPEMUSIC」をリリースした。

サンプリング音源やフィールドレコーディング素材などをコラージュした独自のサウンドで話題を集めるVIDEOTAPEMUSIC。本作は彼にとって初の“歌モノ”アルバムだ。作品には、横山剣(クレイジーケンバンド)、髙城晶平(cero)、折坂悠太、ロボ宙、mmm、カベヤシュウト(odd eyes)の国内勢に加え、韓国のキム・ナウン(ex. Parasol)、フィリピンのMellow Fellow、台湾の周穆(Murky Ghost)といった海外のアーティストがゲストボーカリストとして参加。国籍や文化、言語を越えたエキゾチックな音の世界が “ここではない何処か”へと聴き手をいざなう。

音楽ナタリーでは本作の完成を記念してVIDEOTAPEMUSICと折坂の対談を企画。出会いから共作に至るまでの経緯やコラボ楽曲「Stork」の制作秘話、そして自らの音楽表現とそれを取り巻く時代の変化まで、じっくりと語り合ってもらった。

取材・文 / 大石始 撮影 / 沼田学

VIDEOさんのトラックの上でどう立ち回れるか興味があった

──VIDEOさんと折坂さんの組み合わせって少々意外な感じもしたんですが、今回どのような経緯で折坂さんがアルバムに参加することになったのでしょうか。

VIDEOTAPEMUSIC 折坂さんのことはいろいろな人から名前を聞いていて、ずっと気になってたんですよ。それで去年の秋ぐらいに一度ライブを観に行ったんですけど、そのライブがすごくよくて。

折坂悠太 大野悠紀さんと茨城でやったときですね。

VTM そうですね。大野くんのライブも観たかったので、ふと思い立って茨城のつくばまでドライブがてら行ったのですが、東京ではない土地で純粋な気持ちで観客として音楽に没頭できて、それがすごくいい体験でした。しかもつくばの風景の感じも相まって、いろいろと感じることが多くて。そのあと別のライブで一緒になる機会があって、「いつか一緒に曲を作ってみたいです」とポロッと伝えたんです。

折坂 ちょうど沖縄の竹富島にいるときで、マネージャーさんから「VIDEOさんからオファーが来ました」と伝えられたんです。めっちゃうれしかったですね。僕は基本、自分の歌は自分でしかディレクションしないし、生音でしかできないので、VIDEOさんが作ってくれたトラックの上で自分がどう立ち回れるか、純粋に興味があったんです。だいたい僕、今まで客演をやったことがなくて。

──えっ、そうなんですか?

折坂 そうなんですよ。だからこそやってみたかった。

VTM 僕もすごく意外でした。折坂さんの前のアルバム(『平成』)ではRAMZAさんもトラックを作っていたので、打ち込みの上で歌うことには慣れているのかなと思ってオファーしたんですけど、意外にも客演という形は初めてということだったんで。

左からVIDEOTAPEMUSIC、折坂悠太。

インプットしたものをアウトプットするプロセスが似ている気がする

──VIDEOさんは折坂さんのアルバム「平成」をどう捉えています?

VTM 僕は集めてきた素材をコラージュして作品を作っているわけですけど、折坂さんの場合、自分が吸収してきたさまざまな要素を、自分の身体を通じて表現している感じがするんですよね。手法そのものは違うけれど、インプットしたものをアウトプットするプロセス自体は僕と似ている気がする。いろんな土地に足を運び、そこで見たものや出会った人から感じたものを曲に落とし込んでいくというプロセス自体が。

折坂 僕自身もやってることはコラージュだと思っているんですよ。「平成」というアルバムにも、実はそういうコンセプトがあって。完全に自分の中から生まれた歌というよりも、1曲1曲の中でいろんな要素をコラージュしながら歌を作り出している感覚があるんですよね。

VTM そのコラージュ的な感覚に身体性が加わっているのが折坂さんのすごさですよね。それって僕がやりたくてもできないことなので。

──どちらかというとVIDEOさんは人の身体を通して何かを表現していくタイプではないと思っていたので、さまざまなボーカリストやパフォーマーを通じてさまざまな物語を描き出していくという今作のアプローチは、ちょっと意外な感じがしました。

VTM 今回はそういうことを意識的にやろうと思ってたんですよ。僕が音楽を始めた頃はVHSからDVDに移行する時期で、レンタルビデオ店でもVHSがタダ同然の値段で売られてたんですよね。その映像に宿っていた歴史や要素を抽出して音楽を作れないかなと思って音楽制作を始めたんですけど、前作の「ON THE AIR」では、それを自分の身近な土地に置き換えて表現したんです。今回は人の身体に宿っているもので作品を作れないかなと考えていました。

誰も見ていないところにUFOが飛来してるかもしれない

──そうした発想に至るきっかけは何かあったのでしょうか?

VTM 前作以降、エマーソン北村さんと一緒に演奏する機会があったり、クレイジーケンバンドの映像を担当したりと、違う世代の人とご一緒することが増えたことが大きいですね。エマーソン北村さんと演奏していると、エマさんが積み重ねてきたミュージシャンとしての歴史やキャリアみたいなものが、演奏している身体から見えてくることがあって。今回のアルバムでは、人の身体を通して、違う文化や違う時代のものを教えてもらいながら作品を作るということをやってみたかったんです。当たり前のことなのかもしれないですけどね、普通に音楽をやってる人たちにとっては。

折坂 なるほど。僕は歌において“場所性”というものが、すごく大きいと思っているんですよ。

──場所性?

折坂 例えば、モンゴルの大平原で育った人間が歌う感覚と、部屋の中で1人で宅録をしてきた人間が歌う感覚は全然違う。その人がどういう場所で自分の表現を始めたのかということが、表現に大きく作用していると思うんですよ。その人が、その後どんなステージにいったとしても。

──そういう意味でいうと、折坂さんが千葉の郊外で育ったように、VIDEOさんも東京郊外の多摩地方で生まれ育ったわけで、お二人の感覚と身体を育んできた環境は似通っていますよね。

折坂 まさにその話をしたんですよ。コラボが決まって、打ち合わせをさせてもらったときに。

VTM 折坂さんは、千葉から東京に出てくるとスイッチが切り替わると言ってましたね。

折坂 そうですね。郊外にいると、地元の人以外誰も知らない通りや空間があって、「俺以外、この一角について誰も知らないんだろうな」という気分になることがあるんですよ。例えば、原宿だったらみんな知ってるような道や建物みたいな“記号”があるけど、郊外にはそうした記号が何もないところがいくらでもある。VIDEOさんの作る作品にも、VIDEOさんが切り取らなければ誰も見つけられなかったものがふんだんに入ってると思うし、そういう豊かさみたいなものを初めて聴いたときから感じていて。

VTM 地元に住んでいたとき、僕もそういうことばかり考えていました。大学生のときに作った映像作品があって、それは自分が生まれ育った郊外の街を歩き回って、誰も目を向けないような一角を固定カメラでずっと撮影したものなんですね。そこに小さなUFOの映像を合成して、「誰も見ていないところにUFOが飛来してるかもしれない」という作品を作りました。

──誰も知らないけど、確かにそこに存在しているものに光を当て、そこから物語や歴史を掘り起こすという作業ですね。

VTM 街中を歩いていると、なんのために置かれているのか分からない赤いパイロンを目にすることがあるじゃないですか。物本来の意味は失っているんだけど、それがふわっと浮くという「Nobody Can See」ってタイトルの映像もシリーズで作ってました(笑)。伝わるかどうかわからないですけど、自分の中にはそういう感覚がずっとあるんですよね。一見誰も語らなそうな場所にこそ、語るべき物語が多く存在しているように思うんです。


2019年7月25日更新