すべてを知らないと信憑性のある曲は書けない
──そして3曲目の「Changes」は、「もっともっといいやつに / いつかはなれますように」というフレーズが心に残るミディアムバラードです。フランス映画「シャイニー・シュリンプス!世界に羽ばたけ」のエンディングテーマですね。
実存するゲイの水球チームをモデルにした映画なんですよ。コメディの要素、社会情勢、スポ根がバランスよく入っていて、フランスで(初日観客動員数)1位になるのも納得だなと。監督(セドリック・ル・ギャロ、マキシム・ゴヴァール)もフランス人なんですが、お会いしたときに「あなたはバラードもいいし、ダンス曲やファンクなどいろんな曲をやっている。我々は多様な文化を重んじているし、この映画の主題歌をお願いできる日本のアーティストは君しかない」と言ってくれて。
──素晴らしい。確かにビッケさんの音楽性は“多様性”という言葉が似合いますね。
そのおかげでだいぶ大変だったんですけどね。作る曲がまちまちすぎて、「このアーティストみたいにやっていこう」というベンチマークも作れなかったし、チーム全員が「どうやって売ればいいかわからない」と困ってたので。思い付くままにアイデアをひねり出して、自分たちがいいと感じる曲を作って、1曲1曲勝負して……。最近ようやく「ビッケブランカはいろいろやる人だよね」ということが浸透してきて、この映画の監督に言ってもらった言葉もめちゃくちゃうれしかったですね。絶対にいい曲を差し上げたいと思ったし、しっかり向き合って書きました。
──歌詞からも、“すべての人が自分らしく存在してほしい”というメッセージが伝わってきました。
LGBT+Qのムーブメントが広がっていますけど、僕自身はぜんぜん意識してなかったんです。もちろん排除しようなんて思ってないし、推進しようという気持ちもなかったというか。というのは(ジェンダー、性的指向について)「いろんな人がいるのが当たり前」と思ってたからなんですよ。僕の母親は以前、企業の海外事業部にいて、実家には外国人がしょっちゅう遊びに来てたんです。ゲイの人もいたんですが、それが当たり前だと思っていたので。
──10代の頃から人種、ジェンダーなどの多様性を自然に理解していたと。
そうなんですよ。この映画を観て、監督と話して、まだまだ窮屈な思いをしている人がいることを知ったし、「縛りをなくして、すべての人が快適に過ごせる世界にしたい」というメッセージの一端を担えたことはすごく光栄ですね。
──ちなみにビッケさんは、社会の動きや変化に影響されて曲を書くことはありますか?
それはないですね。ジャミロクワイみたいに「社会に影響されてよし」みたいな音楽もあると思いますけど、僕はそうじゃなくて。ちょっと深く考えすぎてるのかもしれないけど、「すべてを知らないと信憑性のある曲は書けない」と思ってるんですよね。例えば恋愛だったら自分で経験しているし、どういうときに心が乱れて、どんな言葉で立ち直るかも知ってる。だから堂々と歌えるんですよ。
家族に何かあったら違うスイッチが入るというか
──4曲目の「Treasure」は、ボーカルにエフェクトをかけたユーモラスな楽曲で。これ、面白いですね。
エフェクターでオクターブ上げてます。「Treasure」はBS松竹東急のドラマ「家電侍」の主題歌として作ったんですが、まず“江戸と家電”を組み合わせたストーリーがとんでもないし(笑)、西古屋竜太監督と話したときに「声もインパクトのある感じにしたいですよね」って言われたから、「ホントですか? やっちゃいますよ」って制作したのがこの曲なんですよ。監督もすぐに「面白い!」と言ってくれて、採用になりました。ドラマの内容も家族愛をしっかり提示していて、歌詞も書きやすかったです。
──ビッケさん、家族愛が強いですからね。代表曲「白熊」もビッケさんが子供の頃、妹さんが幼稚園で泣かされたときの出来事が背景になっていますし。
そうですね。それは僕だけじゃなくて、みんなそうだと思うんです。家族に何かあったら、違うスイッチが入るというか。気付いてないかもしれないけど、それは本能みたいなものじゃないかなと。「家電侍」で描かれているのは優しい家族愛ですけど、すごく共感できたし、監督ともいいやりとりができたと思います。
──タイアップ曲の制作には、綿密なコミュニケーションが不可欠だと。
そのほうがいいと思います。僕の場合は映像監督やスタッフの方から「ビッケさんの曲が好きで、ぜひお願いしたい」と言ってもらえることが多いし、そうなるとこっちもオープンな気持ちで臨めるので。そういうやりとりは楽しいですよね。
僕のジャンルは“Be loved”です
──EP全体を通し、ビッケさんのポップス観がさらに広がっていることが伝わってきました。
やってることは変わってなくて、自分が好きだと思える曲、その瞬間に「これがいい」と感じられる音楽をやっているんですけどね。ポップスだけをやってるつもりもないんですよ。聴きやすい音楽をポップスと言うのであれば、僕がやってるのはそれだけじゃなくて、かなり挑戦的なこともやってるので。1つ言えるとすれば、全体的に“ラブいもの”をやってるのかなと。
──いいですね、ラブい音楽。
明るい曲も暗い曲もあるし、チャレンジした曲もあるんだけど、「愛せる曲、愛される曲を作りたい」というのは一貫していて。それが自分のテーマなのかもしれないですね。もちろん聴き手にも愛してほしいし。なので僕のジャンルは“Be loved”です(笑)。
──今作にはさらに、2021年11月にLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で行われた「FATE TOUR 2147」のライブ音源も収録されていて。ビッケさんのライブの雰囲気がしっかり伝わりますし、ツアーへの期待もさらに高まります。そして、ツアー終了後に10月30日に東京ガーデンシアターで実施される公演は、新たに立ち上げられたイベントの第1弾「Vicke Blanka presents RAINBOW ROAD -軌-」です。
はい。「RAINBOW ROAD」は、この先の自分の機軸になるイベントです。中島みゆきさんの「夜会」、DREAMS COME TRUEの「DREAMS COME TRUE WONDERLAND」のように、定期的に行いたいんですよ。みんなで集まって「ひさしぶり」と言い合える場所というか。
──アルバムを引っさげたツアー以外に、集まれる機会を作りたかった?
それもあるし、自分が帰れる場所ですね。音楽はずっと続けるし、自分にとっては唯一のまったく飽きないものなんですけど、もう1つ、一生続けられるものが欲しくて。そういったことも5周年を迎えて活動の規模が大きくなってきたからこそ、やれることなのかなと思います。デビューしてからの5年間は、すごい数のリリースとそれに伴う稼働を続けてきて。目の前のことしか考えられなかったし、先のことを思い描く余裕もなかったんですよ。ディレクターやプロデューサーもいなくて、自分でアイデアを出して、曲を作って……そりゃあ大変ですよね(笑)。
──戦略を立てながら進んできたわけではない、と。
まったくなかったですね。とにかく「いい曲だ」と思える曲を出し続けて。その曲を聴いたり、MVを観てくれた人が気に入ってくれて、少しずつタイアップも増えてきたんですけど、振り返るとマジで綱渡りだったし、奇跡的だったよなと。今は一緒にやってくれるチームがあるので、「綱渡りじゃなくて、しっかり橋を作って進んでいこう」という気持ちになれたんだと思います。それが「RAINBOW ROAD」につながったし、ここから自分たちの力で大きくしていきたいですね。
──多様性を象徴する“RAINBOW”を掲げているのもビッケさんらしいと思います。
これまで出してきたアルバムのテーマカラーも、それぞれ違っていて。いろんな色が1つになってキレイな虹になり、それがずっと続いていくというイメージですね。おっしゃる通り、多様性を担えているのもいいなと思います。
──5年の活動の中で、ようやく活動の基盤が整備されたのかもしれないですね。一方で「ここまで来れたのは、自分の楽曲の力だ」という気持ちもあったりしますか?
いや、それは全然思わないです。もちろんいい曲を作っていますけど、それを大勢の人に届けてくれるのはスタッフだったり、タイアップの力なので。そこも含めて、しっかりチームが作れたということでしょうね。僕がやるのはいい曲を作ることで、それを広げてくれるプロモーターやブランディングを担ってくれる人がいる。リスナーもそうだけど、スタッフを納得させたり、説得するのは時間がかかるんですよ。それを丁寧にやってきたからこそ、今の状況があるんだと思います。
ライブ情報
THE TOUR「Vicke Blanka」
- 2022年8月27日(土)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2022年9月9日(金)大阪府 フェスティバルホール
- 2022年9月16日(金)石川県 金沢市文化ホール
- 2022年9月18日(日)福岡県 福岡国際会議場 メインホール
- 2022年9月23日(金・祝)宮城県 トークネットホール仙台 小ホール
- 2022年10月10日(月・祝)北海道 札幌市教育文化会館
Vicke Blanka presents RAINBOW ROAD -軌-
2022年10月30日(日)東京都 東京ガーデンシアター
プロフィール
ビッケブランカ
愛知県出身のシンガーソングライター。2018年発表の「まっしろ」がドラマ挿入歌として話題を呼び、翌2019年には「Spotify」のテレビCMに「Ca Va?」が使用された。海外においてもアニメ「ブラッククローバー」のオープニング曲がロングヒットを続けている。2022年3月にメジャーデビュー5周年記念ベストアルバム「BEST ALBUM SUPERVILLAIN」をリリースし、4月にはフランス映画「シャイニー・シュリンプス!」の新作「La Revanche des Crevettes Pailletées(原題)」の全世界共通エンディング曲である「Changes」を配信リリースした。8月には新作EP「United」をリリースし、自身最大規模の全国ツアー「THE TOUR 『Vicke Blanka』」をスタートさせる。このほか楽曲提供、ラジオDJ、広告モデル、eSportsストリーマーなどさまざまな分野に活躍の場を広げている。