上坂すみれが昨年10月に千葉・舞浜アンフィシアターで行ったワンマンライブの模様を収めたライブBlu-ray「上坂すみれのPROPAGANDA CITY 2021」が2月9日にリリースされた。
2020年1月に通算4枚目のオリジナルアルバム「NEO PROPAGANDA」を発表した上坂は、同年春に「上坂すみれのPROPAGANDA CITY 2020」と銘打ったアルバムリリースツアーを行う予定だったが、全世界を襲ったコロナ禍によりツアーは全公演中止となってしまった。そのタイトルを引き継いだ舞浜アンフィシアター公演「上坂すみれのPROPAGANDA CITY 2021」は、「NEO PROPAGANDA」収録曲を中心とした幻のツアーのセットリストを、その後リリースされた新曲を加えてアップデートした形のライブとなった。今回のインタビューでは、彼女にとって約2年半ぶりの有観客ライブとなったこのライブについて振り返ってもらったほか、30代に突入した現在の心境を語ってもらった。
取材・文 / 臼杵成晃撮影 / 曽我美芽
ちゃんと、人並みに
──「上坂すみれのPROPAGANDA CITY 2021」は上坂さんにとって約2年半ぶりの有観客ライブでした。ひさびさの有観客でファンと再会してグッときた、という話はいろんなアーティストから聞きますが、上坂さんは“同志”(上坂すみれファンの呼称)との再会はいかがでしたか?
やっぱり皆さんと同じで、うれしかったですよ。
──MCでも「同志が生きててよかったよー」「この2年ぐらい待ち望んでいた光景が見れた気がします」と話していましたよね。上坂さんと同志のひねた関係性を考えると、思いのほか直球な言葉だなと感じましたけど。
そのへんはちゃんと、人並みに。
──人並みに(笑)。
ちゃんと会いたいし、会えてうれしいという気持ちはありますね。ただ、私はいつも“単推し”を強要していないので「絶対に来てくれなきゃヤだ」ということはないですし、その前に「この人は18連勤明けで来ているのかもしれない」とか「コロナ禍でチケット代を捻出するのも大変だったのかも」とかいろんなことを考えると、会えても会えなくても……私をなんとなく応援してくれたり、私の声優としての仕事や音楽を通して「元気が出たな」と感じてもらえたら、それだけで私の目標は達成しているんです。ライブは開催できたらもちろんうれしいですけど、「ライブに来てもらわないと意味がない」とは思わないので。来たいときに、来られるときに来てね、というスタンスです。
──2020年12月には誕生日を記念した無観客の配信イベント(「上坂すみれの遠距離カチコミぱらだいす~29歳おめでとうスペシャル!!~」)がありましたが、やはり無観客は味気ない?
リアルタイムでコメントを読むと「ああ、観てくれてるんだ」とわかりますけど、ライブをやるならやっぱり有観客で、とは思いましたし、次のツアーは情勢が許せばフルキャパでやりたいですね。
──「上坂すみれのPROPAGANDA CITY 2021」はフルキャパではなかったとはいえ、ライブ冒頭、会場が真っ赤なペンライトで染まった光景にはやはり感じ入るものがありました?
はい。ただ、私は単独というか1人なので、私が感極まるとライブが止まっちゃうから、私の中に何人かいる中の1人が「今はちょっと押さえて」と心を落ち着けました。今回はリハをたっぷりやれたのもあって……2020年にライブが中止になったときもゲネまではやっていたので準備万端で、頭の中にライブの流れが入っていたので、「本当にみんながいる」という感慨はありつつ、わりと冷静に「しっかりやろう」と考えられてましたね。
時差なく伝わるライブ空間はコミュニケーションの集大成
──上坂さんは全国津々浦々を頻繁に回るようなライブアーティストではないですし、声優という本業があるから、コロナ禍でライブ延期という経験をしてしまうと「こういうご時世ならばしばらくライブはお休みして」という判断もできたかなと思うんです。
そうですね。
──それでもライブへのモチベーションは保っていた?
私、イベント事全般がとても好きなんです。声優業は基本はスタッフさんにしか会わないし、アニメの放送やゲームの発売など、自分の仕事がお客さんに届くまでにどうしても時差があるけど、お客さんを前にしたライブやトークイベントは、同志がたった今何を考えているかとか、どういう曲が好きなのかとかが直接伝わる、コミュニケーションの集大成というか。ライブは得るものがすごく多いんです。レコーディングはすごく孤独な作業で。歌っていて「いやあ、偉いですねえ」と言われることも特にないし。
──(笑)。
ライブをやるとみんなに「いいぞいいぞ!」と言ってもらえるし、がんばってよかったと思える。時差なしでダイレクトに表現できている、と感じるのが私にとってのライブのモチベーションですね。声優業ではなかなか味わえない生感がいいんだと思います。失敗する時間も含めて面白い空間というか。
──ひとつ困るのは、そのお客さんのリアクションというのが、これまでは歓声という具体的な音量で推し量れていたのに、今はそれがないということですよね。拍手はできるものの、抑えきれず出てしまう歓声がない。
それはありますね。以前は皆さん口々にやいのやいの言ってましたけど。それに私の曲はコール&レスポンスが多いので、それはそれはにぎやかでしたが、今はオール拍手で。でも、「拍手ってこんなに伝わるものなんだ」という発見もありました。私、ちょうどイベント事が解禁され始めたタイミングで新日本プロレスを観に行ったんです。そのときも拍手応援で、大声を張り上げないと応援にならないと思ってたけど、そうじゃないんだなって。大きな声を出して応援するファンがいいファンということはない、気持ちがあれば十分という。ある意味平等な視聴環境になったことで、今までなんとなく気遅れしていた人にとっては、以前よりもライブに来やすくなったかもしれない。コール&レスポンスはなにぶん難しいので……。
──確かに、コアなファンの一糸乱れぬコールに順応できる自信がないから、とライブへの参加をためらっている人は案外多いかもしれないですね。
お客さんの立場だと、曲を純粋に楽しめないことが私にもあるので。楽しいと感じたら普通に拍手をするだけでもいいんだ、というある種フラットな環境に今はなっているような。一見さんにはとてもいい機会なんじゃないかと思いましたね。
──なるほど。一方で「生産!団結!反抑圧!」という上坂さんのライブでお馴染みのシュプレヒコールすら同志が声を発することができないのは、やはりさびしいなという気持ちもあります。
私は優越感がありましたよ。みんなが我慢している中、1人だけ大きい声が出せて、とても気持ちよかったです(笑)。
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