音楽ナタリー PowerPush - 上間綾乃
“はじめての海”との出会いがもたらした新しい歌声、進化する私
上間綾乃の3rdアルバム「はじめての海」がリリースされた。約1年前に故郷である沖縄を離れ、東京で暮らすようになった彼女は環境の違いや標準語の壁で迷い、思うように歌が歌えない時期があったという。だが、今年の3月のある出来事をきっかけに心に立ち込めていた靄は一気に払拭され、新たな思いで歌へと向き合うことに──。そんな貴重な体験を通して生み落とされた本作は、沖縄民謡というルーツを自らの中で消化した最高のポップスアルバムとも言える仕上がりになっている。
約1年ぶりのインタビュー。紆余曲折あった本作の制作について話を聞いた。
取材・文 / もりひでゆき 撮影 / 佐藤類
一大決心で沖縄から東京へ
──沖縄を愛する上間さんですが、今は東京に住んでいるそうですね。
そうなんですよ。一大決心をして、東京に住むことにしちゃいました。もう1年ちょっと経ちますね。1人でも多くの人に自分の音楽を伝えたいと思ったときに、活動拠点を東京にすることでより幅広く動けるだろうなって思ったんです。スタッフとの距離もより近くなるので、意思の疎通もしやすいですし。
──東京での生活はいかがですか?
最初はホームシックになってしまって、かなり引きこもってましたね(笑)。でも、自分で決めたことだからがんばろうと思って、慣れるためにいろいろ動いてみたんです。いろんなアーティストのライブに行ったり、舞台を観に行ったり。あとはいろんなCDを買うようになりました。東京はネットで注文すると翌日に届くんですよ! 沖縄は1週間かかるのに(笑)。そんなことをしていたらだんだん楽しくなってきて、気持ちも楽になってきたんです。それが曲作りにもいい形で生かされたので、今は東京に来てよかったなと思ってますね。
──ただ、今回のアルバムの制作期間は9カ月にも及んだそうなので、そういった気持ちの揺れ動きが影響した部分もあったんじゃないですか?
確かにそうですね。前作「ニライカナイ」が出たあと、モノ作りをする感覚をなくすことなくやり続けたかったのですぐに制作を始めたんです。でも、最初は気持ち的にバタバタでした。去年の9月に今回のアルバムに入っている「あなたには守ったものがある」という曲ができて、すぐレコーディングをしようと思ったんです。でも、なかなか自分の思うような理想の歌い方ができなくて。結局レコーディングを延期して、スタッフには迷惑をかけてしまったんですけど。
──原因は東京に慣れていなかったから?
それもあったとは思うし、あとは今回の作品はできるだけ日本語を多く使った内容にしようっていうテーマを決めていたので、そこに戸惑ったところが大きかったんだと思います。日本語っていうと変なんですけど(笑)、要は標準語っていうことですね。
──前作は標準語と沖縄の言葉であるウチナーグチを使った楽曲が半々くらいのバランスでしたよね。
そう。でも今回は、私が沖縄出身ということにとらわれず、もっといろんな人に聴いてほしいなっていう思いがあったので、標準語の比重を多くしようって決めていたんです。なので、ボイストレーニングに通って、先生に標準語の発音の表現の仕方をいろいろ教えてもらうようになったんですけど……やっぱり最初は発音の壁があったんですよね。
──なるほど。
今までも自分には沖縄のなまりがあるのはわかってはいたけど、それが歌にまで影響しているんだっていうことは知らなかったし、標準語で歌うときには言葉の発音とか声の通り道が全然違うっていうことも知らなかったから。で、ボイストレーニングに通うことでそこに気付けはしたんですけど、最初はカラダで鳴らすっていうよりも、頭で考えてしまっていたからなかなか思うように歌えなくて。でもレッスンのたびに新しい発見があるから、それがだんだん楽しくもなってきたんですよね。結果、標準語で歌うことが苦じゃなくなったし、自分の思うように歌えるようにもなったんです。今こうやってしゃべってるのも、1年前とは全然違ってると思いません?
──え? あ、そうですね。違うといえば違うかな(笑)。
あれー? 自分では沖縄なまりがなくなって、標準語でしゃべれてるつもりなんですけどね(笑)。
葉山の海との出会い
そうやって標準語の壁を徐々に乗り越えはじめ、東京にも慣れはじめた頃、もう1つ大きな出来事があったんです。それが今年の3月に出会った葉山の海で。
──本作のタイトルにもなっている「はじめての海」は、撮影で訪れた葉山の海のことなんですよね。
そうそう。私はずっと、島(沖縄)以外の海でキレイなところなんてあるわけないよって思ってたんですね。だから撮影で葉山の海へ行くことになったときも、申し訳ないんですけど正直期待してなかったんです。でもね、実際に行ってみたら気持ちいい風が吹いていて、目の前にバーッと広がる海がものすごくキレイだったんですよ。頭で考えるんじゃなく、素直に美しいなって思えたんです。そうしたら、自分の思うような歌が歌えなくて迷子になってる状態だった自分の気持ちがフッと軽くなったんですよね。さらに、東京に出てきてがんばらなきゃってガチガチになっていた心の扉がパッと開いて、開放的な気持ちになれたんです。
──その瞬間、上間さんの心にあった澱のようなものがすべて払拭されたんでしょうね。
そうだと思います。その後のレコーディングからは、劇的に歌がよくなりましたからね。みんなにも「何があったの?」って言われるくらいに(笑)。あとね、目の前に広がっていた葉山の海が、沖縄とつながっているんだなっていうことを改めて感じられたのもよかった。もちろん頭ではわかっていたことではあったけど、心からそう思えたことがすごく大きかったです。そこからはいろんな物事に対してもそういう感覚で捉えることができるようになったので。
──故郷である沖縄は常に側にあるんだ、と。
うん。そう思えたら東京での生活がより楽しくなりましたね。
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収録曲
- はじめての海
- 波
- 花言葉
- 夏いちりん
- 童神(わらびがみ)
- あの角を曲がれば
- オキナワのともだち
- 海へ来なさい
- あなたには守ったものがある
- てぃんさぐぬ花
ライブ情報
上間綾乃 Concert Tour 2014「はじめての海」
- 2014年8月30日(土)東京都 東大和市民会館ハミングホール
OPEN 17:30 / START 18:00 - 2014年9月13日(土)東京都 EX THEATER ROPPONGI
OPEN 17:00 / START 18:00 - 2014年9月15日(月・祝)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
OPEN 16:30 / START 17:00
上間綾乃(ウエマアヤノ)
1985年生まれ、沖縄県出身の女性シンガー。小学校2年生から三線を習い始め、19歳で琉球國民謡協会教師免許に合格する。インディーズでCDを発表し積極的なライブ活動を行う中、2012年5月にアルバム「唄者」で日本コロムビアよりメジャーデビュー。2013年には1stシングル「ソランジュ」、2ndアルバム「ニライカナイ」を発売し、「FUJI ROCK FESTIVAL '13」への初出演も果たした。2014年7月に3作目のフルアルバム「はじめての海」をリリース。