上田麗奈|全10曲で描く、挫折から克服までの過程

どんどん壊れていって、どん底まで落ちる

──5曲目の山田かすみさん作詞・作曲、Sakuさん編曲の「アリアドネ」ですが、僕の取材メモには「ワルツ、仮面、狂気」とだけ書いてあります。

狂気(笑)。確かに怖いですよね、この曲。サビ前の「パンパンパン」っていう無機質な手拍子もめっちゃ怖くて、踊らされているマリオネット感がすごい。

──無理やり笑顔を作っている人が徐々にぶっ壊れていくみたいな怖さがあります。

いくら怒っていても悲しんでいても、仮面を被って平静を装わなきゃいけない瞬間もあって。そうなったときに「うつくしいひと」みたいにゆとりを持ってポジティブな面を見せることができなくて、どうしてもネガティブな面が出てきちゃうから「隠さなきゃ!」みたいな。そんな、余裕が全然ない状態をイメージして作った曲です。

──歌詞にも「新しい仮面 早く探し出してつけて…」とあるように。

「仮面がない! ないない!どこ!?」って(笑)。

──「アリアドネ」の歌詞にある「行き場のない 名前もないこの感情」は、次の曲のタイトルになっている「デスコロール」に引き継がれているのかなと。要はどす黒い、ネガティブな感情を象徴するものとして。作詞者が違うのに面白いなと思ったんですけど。

ああー。デスコロールは黒いサルビアのことだそうなんですけど、言われてみればそうですね。「アリアドネ」で「苦しい、苦しい……」とどんどん壊れていって、「デスコロール」でどん底まで落ちるという流れでつながったのかもしれません。偶然にも。

──この「デスコロール」は作詞が良原リエさんで、作曲・編曲がBabiさんという、いずれもtoi toy toiのメンバーですね。前回のインタビューで、上田さんはtoi toy toiの「Chant」を聴いたことが「リテラチュア」のコーラスワークとカップリング曲「花の雨」のアイデアにつながったとおっしゃっていましたが……。

10曲目の「wall」と併せて、自分のアルバムにtoi toy toiの皆さんをお迎えすることができました。「デスコロール」は静かに、自暴自棄になっているようなイメージですね。

上田麗奈

──上田さんのウィスパー気味のボーカルも抜け殻みたいですね。

自然とああなりました。実はもっとウィスパーで歌ったテイクもあって、それはレコーディング本番でスタジオの電気も全部消して、座った状態で収録したんですよ。立っていないから軸も定まらなくて、揺れているような歌声になって、それはそれでよかったんですけど「あまりにも絶望しすぎているな」と。最終的に、プリプロで録った音源を途中まで使ってOKテイクにしたという経緯があります。そのプリプロとTDでリエさんとBabiさんにお会いしたんですけど、お二人ともほわっとした、柔らかい空気感を持った方で。このお二人から「デスコロール」が生まれるなんて信じられないって思いました。

自分では動けないなりにもがいている

──そんなどん底の「デスコロール」からやや目線が上向く「プランクトン」の作曲・編曲は広川恵一(MONACA)さんで、作詞が上田さんですね。なぜこの段階の曲の歌詞を自ら書こうと?

それは、消去法というか……今回は作詞と作曲をセットでお願いできる方ばかりで、残ったのが広川さんの曲だったという(笑)。もともと自分で作詞できる気がしなかったんですけど、「でも1曲ぐらいは……」とがんばって挑戦してみました。

──「行く先も分からないまま」「わたしにも行ける場所まで」と意図的にふわっとさせたであろう歌詞が、シティポップ的でメロウなトラックに合っていると思います。全体として言葉遣いも柔らかいですね。

よかった。目で見ても柔らかい文字がいいなと思って書いていました。ここでいったん立ち止まって、「そもそも何に悩んでるんだっけ?」とか「このモヤモヤした感情はどこから出てくるんだろう?」と考えてみよう……そういう瞬間を曲にしたいというお話を、広川さんにはしていましたね。

──それにしても「プランクトン」って、自分を小さく見積もりすぎでは?とちょっと思いました。

いやあ、でも、そうですね(笑)。最初に、海を漂っているイメージがパッと浮かんだんですよ。「デスコロール」の歌詞に「傷口から 甘い蜜が滴る」とありますけど、甘い蜜が滴りすぎて海になったその場所にぷかぷか浮かびながら「どこにも行けないし、ここがどこかもわからないし、でもこのままここにいちゃいけない気もするし、寂しいし……」みたいな。じゃあ、その漂っている存在は何かといったら、プランクトンだなって。そこでプランクトンについて調べてみたら、プランクトンは自分では動けない、流されるだけの生き物と書いてあって「ああ、自立できないでいた当時の私の状態にぴったり」と思ったんですよね。そんなプランクトンが、自分では動けないなりにもがいているんです。

“挫折”を温かいものとして捉えたい

──続く「anemone」と「わたしのままで」はいずれもsiraphのメンバーが手がけています。この人選は意外だったのですが、siraphの音楽性は上田さんにフィットしそうですね。というか、実際めちゃくちゃフィットしていると思いました。

だとしたらすごくうれしいです。siraphのことは“チーム上田麗奈”のボス(ディレクター)が教えてくれたんですけど、楽曲を聴かせてもらって私もすごく好きだなあと感じて。

──まずMVにもなっている「anemone」は作詞がAnnabelさん、作曲・編曲が蓮尾理之さんです。ほんのりファンクテイストのある洗練されたポップスで、漂うだけだった「プランクトン」から足取りがしっかりしていく感じもありますね。

この曲がアルバムの軸というか、“挫折”した瞬間の曲というふうに想定していて。そのうえで全体を組み立てていったところもあるし、「ここから進んでいく」みたいな雰囲気は出したいなというのはありました。実際、曲を聴いた瞬間に「これは絶対にMVにしましょう!」と思ったぐらい、挫折したときの温かい感じがして。

──挫折が温かい?

そう、私も、挫折という状態は悪いものだとずっと思っていたんです。私の場合は、過去に仕事の面で「こういう自分になりたい」とか「こういう素質が欲しい」という願望があって。その欲しいものを手に入れられなくて、それを持っている人に嫉妬してしまう自分に悩んでいたんですよ。

──その人に対して「足の小指ぶつけたらいいのに」とか思っていたんですね。

そうそう(苦笑)。でも、それを自分なりに克服しようとした結果、なりたい状態や欲しいものに対してあきらめが付いて。その瞬間が、私にとっての挫折だったんです。

──絶対に手に入らないから、あきらめざるを得ない。そういう挫折ですか。

ですです。でも、絶対に手に入らないというのを理解して納得したら、すごくすっきりしたんですよ。身のほどを知った……と言うと聞こえが悪いかもしれませんけど、そのうえで全力でがんばればいいんだなって。もう、嫉妬の感情が霧散していくのが目に見えるんじゃないかっていうくらい実感できて、気付いたら涙が流れていて……だから挫折を温かいものとして、ポジティブな現象として捉えたいというのをお伝えして「anemone」を作っていただいたんです。私も「これが挫折なんだ」と体験するまでは、同じような話を聞いても「そんなことある?」と思っていたんですけど。

──僕も今「そんなことある?」と思いながら聞いていました。

ですよね(笑)。でも、それを実体験としてわかった状態で「anemone」を聴いたら泣いちゃって。デモではAnnabelさんが歌ってくださっていて、そのちょっとクールな歌声とメロディが合わさると本当に素敵で。歌詞も含めてテンション的にも「嫉妬の感情が消えてなくなったぜ! いえーい!」ではなく、等身大のまま「一歩、踏み出してみますか」みたいな感じで、すごくしっくりきました。

上田麗奈

──そして「わたしのままで」は、作曲・編曲が照井順政さんに交代しています。より穏やかで、かつ清々しさを感じるサウンドになっていますが、曲のトーンは「anemone」と同じですね。

挫折を経験してしばらく経ってから、「嫉妬の気持ち、本当になくなった? 大丈夫?」と確認作業を行っていたことを思い出して。嫉妬の対象だった人の写真を見たり、嫉妬していた状況を振り返ってみたりしたんですけど、何回やってもすっきりした感情しか出てこなかったんですよ。嫉妬していた相手にしても、もともとパーソナルな部分は本当に好きな人だったから「私、余計な感情を抱かずに、この人のことをちゃんと好きって思えてる!」とホッとしたんです。そんなことを2時間ぐらい続けていたんですけど、それもすごく温かくて優しい時間で、達成感もあったんですよね。

──上田さん、いいやつですね。僕も同業者によく嫉妬しますし、そういう感情は簡単に消えるものではないと思うので。

もちろん向上心とかまで消えたわけではないし、「私だって負けないぞ」という気持ちは今も強くあるんですけど、いわゆるライバルとして見られるようになったというか。もう「足の小指ぶつけたらいいのに」みたいなことは一切考えなくなったんですよね。そんな曇りのない感情を、Annabelさんと照井さんがしなやかに形にしてくださいました。

前のめりになっている自分が嫌なんです(笑)

──「anemone」で挫折を体験し、「わたしのままで」でその確認作業も終えて、最後は「Jump over the wall」と高らかに歌う「wall」で締めると。

ジャンプしちゃいました(笑)。ボスと「きれいに終わるというよりは、ちょっと独特な香りを漂わせたいですね」という話を最初にしていたんですよ。みんなそれぞれ自分だけの道があって、私も自分にしかない道を歩むはずだし、それが個性的な道であるのはきっと間違いないから、最後はユニークな曲のほうがよさそうだなって。

──そこでtoi toy toiのメンバーでもあるコトリンゴさんに作詞・作曲・編曲をお願いしたと。

はい。コトリンゴさんの曲はふわっと飛んでいきそうな、癒し系のオーラもありつつ……。

──どこかストレンジでもありますよね。

上田麗奈

そうそう。そこがたまらなく好きで。ただ、歌うのはとても難しかったです(笑)。リズムにしても「どこ? どこに合わせればいいの?」という感じだったんですけど、こればっかりは自分ががんばるしかないなと。

──「ふわっと飛んでいきそうな」独特なメロディラインと高めのキーは、上田さんにハマっていると思いました。

よかったです。確かにキー的にはすごく歌いやすくて、アルバムの中で一番、喉のどこにも引っかかりを感じずに歌えた曲だった気がします。ちなみに、伊藤真澄さんも「wall」ではコーラスで、「デスコロール」でもコーラスとトイピアノで参加してくださったので、toi toy toiの皆さん全員とご一緒できました。

──ここまでのお話を伺う限り、「Nebula」は上田さんが過去に体験した挫折を再現したアルバムと言えますが、そうすることによって上田さん自身が精神的にもう一度すっきりするみたいな効果はあるんですか?

いや、それはあんまりなくて、どちらかといえばお裾分けするような気持ちが強いですね。「自分はこういう体験をしてすっきりしたから、もしよかったらみんなも追体験してみてください」みたいな。癒される……というのとはちょっと違うかもしれないけれど。

──ある種の共感にはなり得ますよね。例えば僕は「デスコロール」を聴いて「うわあ……俺の中でもデスコロール咲き誇ってることあるわ。傷口から甘い蜜がダダ漏れだよ」と思ったんです。必ずしも楽しい共感ではないですが。

ああ、そういうふうに寄り添えるのも、すごくいいですね。確かに「デスコロール」や「scapesheep」には負の感情しかないけれど、負の感情を負の感情のまま共有するというか。うん、どんな形であれ、自分の体験が誰かにとって何かしら役に立つものになったらとてもうれしいです。

──さて、上田さんはもともと苦手意識があった音楽活動を5年近く続け、難色を示していた1stライブ(2021年3月に開催された「上田麗奈 1st LIVE Imagination Colors」)も成功させ、2ndアルバムもこうして完成したわけですが、アーティストとして気持ち的に変わったことはありますか?

なんか、次を見ている自分がいるなと。ただ、これまでは「Empathy」を作りながら「リテラチュア」のことを考えたり、「リテラチュア」を作りながら「Nebula」のことを考えたりできていたのが、今はまだ具体的なイメージが全然湧いていなくて。たぶん、自分の中でストックが足りていないので、もうちょっと人生経験を積んで、音楽なり映画なり、いろんなものに触れてインプットをしなきゃなという感じです。

──次の作品のためのインプットが必要だと感じるくらい、音楽活動に対して前のめりになっていると受け取ってよいですか?

いや! ……ええ、そうなんですけど、前のめりになっている自分が嫌なんです(笑)。

──いいことだと思いますよ。

うーん……やりたい気持ちはあるんです。でも、同時にいつものように「中途半端なものができたらどうしよう」とか「期待外れだったらどうしよう」という不安も常にあって。だから「またそんな恐ろしいことに立ち向かうの?」と怯む自分と、「でも、やりたいじゃん!」という自分がずっと戦っています(笑)。

上田麗奈
上田麗奈(ウエダレイナ)
上田麗奈
81プロデュース所属の声優 / アーティスト。2016年12月にミニアルバム「RefRain」でランティスからアーティストデビュー。2018年2月に1stシングル「sleepland」をリリースした。2020年3月にフルアルバム「Empathy」、10月に2ndシングル「リテラチュア」を発表。2021年3月に東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)でワンマンライブ「上田麗奈 1st LIVE Imagination Colors」を開催し、8月にニューアルバム「Nebula」をリリースした。