上田麗奈|全10曲で描く、挫折から克服までの過程

上田麗奈が8月18日にニューアルバム「Nebula」をリリースした。

アルバムにはAnnabel(siraph)が作詞、蓮尾理之(siraph)が作編曲を手がけた「anemone」やコトリンゴが制作したナンバー「wall」、ChouChoが作詞作曲、村山☆潤が編曲を担当した「白昼夢」など全10曲を収録。1枚を通して自身の心情の変化の過程を描いた、コンセプチュアルな作品となっている。

音楽ナタリーでは各曲に込められた心情と制作過程について、本人にじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 笹原清明

逆境をチャンスに変える

──「リテラチュア」(2020年10月発売の2ndシングル)リリース時のインタビューで、上田さんは以前よりもたくさん音楽を聴くようになったとおっしゃっていましたが(参照:上田麗奈「リテラチュア」インタビュー)、「Nebula」を制作するにあたり参考になさった楽曲などはありますか?

「Nebula」に直接的に影響を与えた音楽というと、ユア・スミスの「Wild Wild Woman」ですね。力強くて、でもしなやかさみたいなものもあって「私もこんな感じで歩きたいな」と思って、音周りはそういう雰囲気でイメージを膨らませました。その前にアルバムのテーマは決まっていたんですけどいざ作りましょうとなったときに、この曲のようなテンションで歌えたら素敵だなって。

──あくまで“雰囲気”であり“テンション”なんですね。

上田麗奈

はい。明るすぎず暗すぎず、ちょうどこのラインの気分で歌えそうな楽曲という意味で、アルバムのトーンを方向付ける1曲になりました。でも、できあがりに関してはやっぱり不安で……。

──上田さん、だいたいいつも不安がっていますよね。

確かに(笑)。「Empathy」(2020年3月発売の1stアルバム)はけっこう明るめのアルバムで、聴きやすい曲も多かったんですけど、そこからまた作風が変わっているので。「Empathy」は好きだったけど「Nebula」はちょっと合わないかも……という人もきっといるだろうなと。

──「Empathy」は他者に対して開かれたアルバムでしたが、「Nebula」は内省的で。例えばコンプレックスなりトラウマなり……と言ってしまうと状態を限定してしまうのですが、そういった内面的なトラブルを克服していく過程を表現したアルバムですよね。

まさしくその通りなんです。それを自分の言葉で表すなら「逆境をチャンスに変える」ということになるんですけど、結果的にそこに落ち着いたというか。「Nebula」は“夏”のアルバムなので、最初は夏という言葉からイメージするものを挙げていったんです。連想ゲームみたいに。

──冬の「RefRain」(2016年12月発売のデビューミニアルバム)、春の「Empathy」に続くアルバムですからね。

そこでまず「夏は、あんまり好きじゃないかな」と思って、そこから「好きじゃないということは、拒絶したいのかな」「“拒絶”をテーマにアルバムを作るのも面白そうだけど、ハッピーエンドではないかな」と徐々に膨らませていって。ふと、私は過去に、拒絶したいことに対して挫折した体験があることに思い至り、「じゃあ、“挫折”をメインディッシュにするとして、その前後ってどんなだったかな?」と自分の中で整理して、順序立てて並べていけば、たぶんハッピーエンドになるんじゃないか……という流れで「逆境をチャンスに変える」というテーマになりました。

──その「逆境をチャンスに変える」というテーマと、「Nebula」というアルバムタイトルはどうやって結び付いたんですか?

「Nebula」は星雲という意味で、星雲ってキラキラしているけれど、実際はガスと塵でできていて、逆に光を吸収して真っ暗に見えたりもするそうなんです。そこに二面性みたいなものを感じたんですよね。二面性といっても二重人格みたいな特別なものではなく、みんなが持っているような……例えば「ちょっとイラッとしたけど、今は言わないでおこう」とか、心と体が違う動きをしているような二面性で。私が体験した挫折にもそういうちぐはぐな動きが関係していたりするので、星雲のイメージと重なる気がしたんです。

上田麗奈

まるで呪いのよう

──「Nebula」は全10曲入りのアルバムですが、「逆境をチャンスに変える」過程を10段階に分け、それぞれの段階に作家を当てはめていったんですか?

そうなんです。どうしてわかったんですか……!

──いや、そういう作り方をしないとこうはならないでしょう。上田さんの作品は毎度コンセプチュアルですが、今回はその強度がぐんと増しているように思います。

うれしい。おっしゃる通りまず曲順を決めてしまってから、それぞれの曲に対して「この曲は挫折までの道のりの中でこういう感情のターンだから、その感情に合うパーソナリティや音楽性を持っている作家さんって誰かな?」みたいな人選の仕方でした。

──1曲目「うつくしいひと」の作詞・作曲・編曲はrionosさんですね。rionosさんはこれまで「海の駅」(「RefRain」収録曲)、「sleepland」、「誰もわたしを知らない世界へ」(いずれも2018年2月発売の1stシングル「sleepland」収録曲)を書かれてきた方ですが、なぜ彼女に1曲目を?

1曲目に関しては、“ポジティブな面だけが見えている上田麗奈”をイメージして曲を書いていただきたくて。rionosさんとは前々からご一緒していて、同じステージの上でrionosさんのピアノ伴奏で私が「sleepland」を歌ったりしたこともあったので(2019年6月に開催された「ランティス祭り2019」)、作家さん方の中でも特につながりの深い方だと思っているんです。なおかつrionosさんの書く詞と曲はすごく繊細で美しいので、今言ったイメージにマッチするんじゃないかなって。

──「うつくしいひと」のボーカルはスタンダードというか、上田さんの素の歌声のように聞こえました。

ああ、そうですね。

──仮に「うつくしいひと」の上田さんがニュートラルな状態だとしたら、2曲目の「白昼夢」から徐々にマイナスに振れていき、6曲目の「デスコロール」でどん底まで落ちて、7曲目の「プランクトン」からV字回復していくみたいな。

そうなんです、まさしく。「白昼夢」は、だんだん1人の世界に入っていく段階の曲で。「うつくしいひと」では、歌詞にややネガティブな要素も入っているけれど、別にそれを表に出すわけでもなく、普段しゃべっているのと同じようなトーンで歌っていたんです。それが、ちょっとずつできなくなってきて。やっぱり周りの目が気になるし、「どうしてみんな平和ではいられないんだろうか?」みたいな気持ちになっている感じですね。

上田麗奈

──その状態を表す曲を、ChouChoさんの作詞・作曲と村山☆潤さんの編曲に託した意図は?

1曲目の「うつくしいひと」の繊細で美しいイメージを引き継ぎつつ、3曲目の後ろ暗さのあるインスト曲「Poème en prose」への橋渡しをしてくださる方を探していて。結果、ChouChoさんの伸びやかで美しいうえに、どこか普通じゃない感じがフィットするんじゃないかと。

──パズルみたいですね。

本当にそう。「キャスティングってこういう感じなんだな」と思わされましたし、実はこの2曲目のピースがなかなかハマらなくて。ChouChoさんと村山さんに決まったのはけっこう終盤だったんですよ。

──「うつくしいひと」も「白昼夢」も同じく美しいエレクトロニカですが、透明感のある「うつくしいひと」に対して「白昼夢」は陰があり、なおかつノイズ、インダストリアル的な音の歪みによって精神が蝕まれていく感じも……。

ありますね。ただ歌に関しては、私にリズム感があまりにもなくて、全然うまく歌えなくて。レコーディングのあとで「これは音をきれいに直してもらったほうがいいかもしれません」という話をしたんですけど、いざきれいにしたものをTD(トラックダウン)で聴いたら「私、こんなふうに歌ったっけ? もうちょっと心が乗っていたような……」とショックを受けている自分がいたんです。結果的に、全部元通りにして、歌に手を加えない状態で完パケしたのが印象的でした。

──前回のインタビューでも基本的にピッチの修正はしないとおっしゃっていましたね。

そのときもお話ししましたけど、私が普段好んで聴くのはきれいに整った、耳に心地よいタイプの音楽なんです。でも、自分の音楽になるとそういうものが作れないという。それがまるで呪いのようで(笑)。

めちゃめちゃ怒ってました

──今お話に出た3曲目のインスト曲「Poème en prose」の作曲・編曲はTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDです。「Empathy」でもTECHNOBOYSのメンバーである石川智久さんが手がけた「Falling」と「Another」という“つなぎ”のインスト曲がありましたが(参照:上田麗奈「Empathy」インタビュー)、この「Poème en prose」も役割としては近いですよね。

そうですね。つなぎでもありつつ、つなぎはつなぎでも……なんて言えばいいのかな?

──あるいは、4曲目の同じくTECHNOBOYS作詞・作曲・編曲の「scapesheep」の前奏曲というか。いずれにせよ「白昼夢」から直で「scapesheep」にはつなげない。流れ的にワンクッション必要なのはわかります。

よかった。「scapesheep」は怒りを表しているんですけど、怒りという感情は、何かにショックを受けて傷付いた自分を守るために生まれるというのを、いろんな感情について書かれた論文とか本で読んで「確かに!」と思ったんです。だからショックを受けた瞬間の曲をどうしても「scapesheep」の前に入れたくて。

──不穏で実験音楽的な「Poème en prose」からミニマルテクノ的な「scapesheep」の流れをいきなり聴いた人はびっくりするのでは? 現時点で、楽曲の情報としては8曲目「anemone」のミュージックビデオが公開されているだけですから(※本インタビューは6月下旬に実施)。

そうそう、そうなんです。皆さんが「anemone」からアルバムの全体像を思い浮かべてくださったとしたら、きっと期待を裏切られる(笑)。

──「scapesheep」における上田さんのボーカルも、とても不機嫌そうで。

めちゃめちゃ怒ってました。ただ、その怒りは、怒りを抱いた対象に直接ぶつけるわけじゃなくて「私の知らないところで、タンスの角に足の小指ぶつけたらいいのに」みたいな。

──ああー。僕もわりとそういうこと考えがちです。

そう思いたくないのに思ってしまう。だから、自分の気持ちにシャッターを下ろして、表に出さないようにしている怒りですかね。この4曲目の「scapesheep」と5曲目の「アリアドネ」のあたりは私の人生の中で特に悩まされていた感情が詰まっていて、それに対して「ああ、自分はなんて嫌な人間なんだ」とすごく苦しい思いをしているんです。ただ、その感情がのちの挫折につながってもいて、逆に言えば挫折の元となったドロっとしたものがここにあるという感じですね。

上田麗奈

──上田さんは以前「声でお芝居をしている人間として歌うことを大事にしたい」とおっしゃっていましたが、特にこの「scapesheep」以降、歌と芝居の境界が曖昧になっているような印象を受けました。

ああ、それは、どうなっているんだろう? 例えば「scapesheep」では必ずしも「こういう声を出そう」と思っていたわけではなかったし、歌詞の中で括弧書きになっている「気づかないままでいたい、傷のないままでいない」とかも結果的に台詞っぽくなってはいるけれど、地の文の歌詞とそんなに差があるようには感じていなかったんですよ。ある感情を思い浮かべて、それを発散するときに私ならどうしゃべるかを考えて歌ったらこうなったというか。

──括弧書きの歌詞は、つい漏れ出てしまった心の声のような。

シャッターを下ろして淡々と怒っている地の文の歌詞と、つい感情が露わになってしまった括弧書きのパートみたいな。我慢しているかしていないかの違いが出ているかもしれません。

──いわゆる声優アーティストの話を聞くと「歌詞の主人公になりきる」「主人公を演じるように歌う」とおっしゃる方もいるのですが、上田さんの場合はなんらかのキャラクターを演じているような感覚はあるんですか?

あんまりないですね。キャラソンだと、それこそ確立されたキャラクターがあるので、そこに自分を寄せていくんですけど、自分の曲だと架空のキャラクターを作ることができなくて。自分の経験を参照したり、「もし自分がそうされたらどう思うか?」と想像したりするしかないんです。例えば「scapesheep」には「夢」という単語が出てきますけど、それがキラキラしたものに見えるキャラクターもいれば、そうは見えないキャラクターもいて。それによって「夢」の言い方が変わったりするので、「じゃあ、私にはどう見えるかな?」という考え方になるんですよ。だから、お芝居をしているように歌うというよりも、自分の中にある感情の引き出しを片っ端から開けて、歌に乗っけているみたいな感じかもしれないですね。