自分の周りにはちゃんと人がいる
──5曲目の「いつか、また。」はエモーショナルなロックナンバーで、ガラッと雰囲気が変わりますね。
歌を歌うというよりは、セリフをしゃべるような瞬間が多くてもいいんじゃないかと思いながら作った曲で。この曲も当然、あるキャラクターのある部分に共感しているんですけど、それはひと言で言えば子供っぽさですね。例えば歌詞にある「思い通りじゃないものなんて イラナイ」みたいな、わがままで理不尽なことを言い出したりするところが私にもあって。「それがダメなのはわかってるけど、私もついそういう態度を取っちゃう」みたいな気持ちを詰め込みました。
──後半の「私 ダメで、ずるくて、傷つけるのにどうして」以下のパートは実に生々しいです。
よかった(笑)。ちょうどそのあたりは本当に未加工というか、録ったままの状態で。今おっしゃった生々しいニュアンスが消えない方向で仕上げてくださったんです。もはや歌っている感じではなくなっているんですけど。
──この歌の主人公は「その光は容赦なく 扉をノックするんだ」と光を拒んでいますが、扉を開けなきゃいけないことはわかっているんですよね。
そう。このままじゃダメだから、恐る恐る開けようとするんだけど……みたいな。そういう意味では、「ティーカップ」と「いつか、また。」はつながりはあるかもしれないです。どちらも自分の殻にこもっている感じなので。
──その状況が、次の朗らかなバラード「きみどり」で変わりますね。
「きみどり」で陽の光を浴びるというか、太陽が見たかったんですよね。「ティーカップ」と「いつか、また。」では1人で震えていたけど、実は自分の周りにはちゃんと人がいて、歩き出してみるとおひさまがポカポカしていて……そんなほんのり光が見える曲になったらいいなと。ただ、やっぱり急に明るい場所に出てくるとまだ目が慣れない感じがして、レコーディングではけっこう戸惑ったんです。実際、今改めて聴いてみても、最後のほうでようやく目が慣れてきたように聞こえて。それはそれでちょっと落ち込むけど、この曲に関しては逆にいいかも(笑)。
──人間味があっていいと思います。歌詞には「君がくれた 私の青」とありますが、これはもともと黄色かった人が、青をもらって「きみどり」になったということ?
ああ、そういう解釈もできるというか、きっとその解釈が正解ですね。
──上田さんはどう解釈したんですか?
実はそのフレーズは、私が歌詞の修正をお願いしたあとに加えられたもので、当初はタイトルも「きみどり」ではなかったんですよ。で、最初にいただいた歌詞はとても軽やかで、空まで飛んでいっちゃいそうな感じだったんです。それはそれで素敵だし、高揚感も希望もあったんですけど、私としてはより地に足の付いた感じがほしくて。なので、自分の周りに人がいて、その人たちが手を差し伸べてくれたり、目の前を走ってくれたりしいてるおかげで、自分も「ここでならがんばれる」「この人たちがいるから大丈夫」みたいに思える歌詞にしたいというリクエストをお出ししたんです。
──なるほど。
それを受けての「君がくれた 私の青」だったので、私としては、それまでの自分にはなかった前向きな気持ちを君がくれたから、新しい自分に生まれ変われるかもしれないみたいな……そう考えると、着地点はほぼ同じですかね(笑)。
歌ったあと、全身筋肉痛に
──ここで、3曲目の「Falling」と同じくつなぎの役割を持つインスト曲「Another」を挟んで、8曲目のクールなエレクトロニカ「aquarium」へと続きます。
「aquarium」は劣等感をもとに作った歌なんですけど、自分とは正反対の人と比較したときに、その人のほうが自分よりも素敵に見えて落ち込むし、その人のことを「太陽みたいだな」と思うことがあるんです。でも、その人からすれば私が太陽のように見えている。そういう関係性もあるんだと知ったときに、劣等感を抱えている自分だけれど、そんな自分にもできることはあるし、それを大事にしてあげたいという気持ちが生まれて。だからこの歌の主人公はもがいてはいるんですけど、それは海底から水面へ浮上するために、つまり明確な目標を見据えてもがいているんです。そこが、どうしたらいいかわからず動けなくなっている「いつか、また。」とは違う点ですね。
──この曲からは特に、上田さんの声の芯の強さを感じました。
うれしい。歌ったあと、全身筋肉痛になりました(笑)。
──体を動かしていたんですか?
動いていたんでしょうね、這い上がろうとして。あと「aquarium」はトラックダウンのときに「ここはさすがに声がブレすぎだけど、むしろブレているほうがエモいかもしれない」という話になり、結局ブレブレのまま完パケした箇所もあった曲でした。具体的には最後の「導かれてく Ah」のところなんですけど、「もがいてるんだから、声が震えたりしててもいいよね」みたいな感じで。
──それも正しい判断だと思います。トラックが無機質なぶん、より声の熱量も感じられますし。続く「旋律の糸」は、ピアノ伴奏のみの静謐なバラードですね。
これは、「もうぜんぶ諦めたいけど諦められない」という歌です。「絶望しかないし、もう無理です。私は消えます」と思っているのに、なぜかいつも消えられないから「なんでだよ!?」っていう。
──では「生まれ直そう?」といった歌詞にはポジティブな意味は……。
ないんですよ。諦められないから、生まれ直したくても生まれ直せない。
「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」
──10曲目の「Campanula」は、上田さんの作詞曲です。こちらもピアノを基調としたバラードですが、シリアスで緊張感のある「旋律の糸」と比べると非常にリラックスしていて、その対比も鮮やかですね。
ありがとうございます。「Campanula」は、「『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』と伝えたい」というセリフをあるキャラクターにもらったときに、それってすごく大事なことだと感じたんです。だから常日頃からそうやって感謝を伝えられる人になりたい。自分の周りにいる人をもっと大事にしたい。そんなことを思いながら歌詞を書かせてもらいました。
──飾り気のない、優しい歌詞ですね。
お花畑をイメージして書いたんですけど、華やかなお花畑というよりは、素朴なお花畑にしたくて。より現実的で、親密で、なおかつ説教臭くならない感じで「私はこうしたいなあ」と表明するような歌ですね。ちなみにタイトルの「Campanula」というのもお花の名前で、その花言葉が“感謝”なんですよ。
──そしてアルバムを締めくくる「Walk on your side」はシンプルにポップな曲で、余韻が清々しいです。
ここまで私が共感したことをバーっと伝えてきたんですけど、「Walk on your side」に関しては私の理想に近いというか。それこそ「ありがとう」と言いたい相手や、「この人たちがいるから大丈夫」と思える人たちを全員まとめて大事にできる人にならなきゃいけないなという思いで作りました。「そのためにちゃんとしろよ、私」という意味も込めて。
──「Campanula」も「Walk on your side」も“あなた”に向けている歌という共通点がありますね。
そうなんです。最初のほうでも言ったように「RefRain」は自分を表現することに重きを置いて作ったんですけど、この「Empathy」ではちゃんと目の前に人がいる。だからその相手とつながれるような歌がほしかったんです。
──リアルにたくさんの人を目の前にする場として、7月にワンマンライブが予定されていますね。
不安です。
──不安ですか。
やっぱりネガティブな性格で、もともと歌うことが苦手だというのもあって。ライブは一生やらないつもりだったんですけど……。
──そんなこと言わないでくださいよ(笑)。
あはは(笑)。いや、絶対に私は生では歌えないと思っていたんですけど、今回、冬から春に変わっていくようなちょっと前向きな気持ちで、しかも“共感”という言葉を冠したアルバムを作ったので、その心境の変化みたいなものをお見せできたらいいなと。「周りの人を大事にしたい」と言ってきたように、私もみんなのことを身近に感じたいし、みんなにも私のことを身近に感じてもらいたい。だから、歌を歌いにいくというよりは、そんな温かい場を作るためにがんばろうと思います。
※特集公開時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びします。
2020年3月24日更新