上田麗奈|アーティストとして芽吹く、春の1枚

冬から春へ「色づけ世界」

──トーンの統一感の話にちょっと戻りますが、アートワークにも統一感がありますね。

「RefRain」のときはデザイナーさんが「上田さんとお話しした印象から、雪っぽい感じが合うと思います」と言ってくださって。だから白くて、消えてなくなりそうな、季節で言えば冬のイメージだったんですね。そこで「Empathy」では、冬から春になったらいいなと。もっと言えば、もしこの先もアルバムを作れるなら夏、秋と続いていくようなものにしたいと思っているんです。

──いいじゃないですか。

上田麗奈

いずれにせよ、「Empathy」は「RefRain」の続きとしても捉えやすいビジュアルにはしたくて。私の気持ち的にも、アーティスト活動というものに対してより前向きになっている部分があるので、音楽的にも春っぽく、ちょっとカラフルになっていくみたいな。

──特に1曲目「アイオライト」、2曲目「あまい夢」、4曲目「ティーカップ」の3曲はR&Bやディスコといったブラックミュージックを下敷きにした楽曲で、「RefRain」にはなかった色味ですね。

実は、今おっしゃった3曲はもともと作る予定がなくて、当初は5曲目以降の楽曲を収録したミニアルバムになる予定だったんです。でも、たまたまマネージャーさんが「明るいR&Bみたいな感じ」と言って教えてくれた曲を聴いたときに「これ、好きかもしれない」と思ってしまい。今回のアルバムは“冬から春へ”というテーマもあるし、もうちょっとリズムが見えやすい曲があってもいいかなと。それから“共感”という点に関しても、心が共感するのはもちろん、体も共感するというか、体も一緒に動き出すような曲が欲しくなっちゃって、ディレクターさんに「もう3曲増やせませんか?」と(笑)。

──とてもいい判断だったと思います。

私も頭の中で「こういう曲を作りたい」と曲順も含めて組み立ていたんですけど、よりカラフルにするにはあと3曲は必要だと思って。「その3曲を頭に持ってきたいんです」とお願いして急遽作ることになったんです。

──「アイオライト」の歌詞に「色づけ世界」とあるように、序盤の3曲でその役目をきっちり果たしていますね。

だとしたらよかったです。実はまだ、アルバムができあがった実感もなければ「いいものができた!」みたいな自信も持てなくて。やっぱり不安というか、本当にこれ大丈夫なのかな……。

──大丈夫ですよ。少なくとも僕は好きです。

おお。たぶん、その好きという言葉や気持ちが自分以外のいろんな人から出てきたら、ようやく私も好きになれるのかなと思っています。だから今、1つ“好き”をいただいたので、そのぶん好きゲージが上がりました。

歌が楽器の邪魔をしてるんじゃないか?

──その1曲目「アイオライト」は、Kai Takahashi(LUCKY TAPES)さん作編曲のポップなR&Bナンバーで、作詞が上田さん。おっしゃる通り前向きな、光の中に駆け出していくような歌詞ですが、本来はそういうことが得意ではない人の歌ですよね。

そうそう、そうなんですよ。私としてはすごく明るくがんばったつもりなんですけど、やっぱりどこか根暗というか気弱というか、おっかなびっくりなところが出ちゃって。ポップな楽曲に比べて暗い歌詞になったなあという印象が私の中にあるんです。でも、苦しいこともうまくいかないこともいっぱいあるけど、それでも「がんばりたい」という気持ちが私の経験の中で生まれてきたし、それを大事にしていきたいと思って書きました。

──ゆるめの曲調に、上田さんの歌声もフィットしていますね。

本当ですか? 「私の歌が楽器の邪魔をしてるんじゃないか?」とずっと思っていたんです。

──そんなことないですよ(笑)。なぜ邪魔していると思ったんですか?

上田麗奈

歌詞と同じで、やっぱり歌うときもちょっとダウナーな気持ちが抜けないというか。そのローなテンションと、楽器のにぎやかな音色との差が激しすぎて相容れないのではないか……みたいな。でも、よくよく考えてみるとこういうジャンルの曲に触れたこと自体が初めてだったから、それは戸惑うよなと。だからディレクターさんたちが「大丈夫ですよ」と言ってくださったのを、私も「そうなんだ」と思うようにしてはいるんですけど……。

──大丈夫ですよ。むしろ、今おっしゃったようなややダウナーなボーカルのほうがこういう曲にはハマると思います。

よかった……!

──特にBメロの「ああもうなにやってるんだろ」の自嘲気味なニュアンスは素晴らしいなと。

そこは、歌詞を書いているときも瞬発的に出てきた言葉だったので、きっといつも思っていることなんでしょうね。本音というか、心の声が漏れ出した感じだと思います。

──ちなみに「アイオライト」という曲名の由来は?

見る角度によって色が変わるものを探していて。というのも、この曲の歌詞自体が、まっすぐ前を向いたらつらいことばかりで落ち込んでしまうけれど、別の角度から見ると、実は自分を支えてくれる人の手がいっぱいあるんだということに気が付いたことが起点になっているんですね。それに気付いたから声優の仕事も辞められないみたいな思いもあったので、そういうふうにいろんな見え方がするものをいくつかリストアップして、その中で「アイオライト」が一番しっくりくるかなと思って選びました。

「上田さんも不安定でいいです」

──2曲目の「あまい夢」はORESAMAの作詞作曲による軽快なディスコナンバーで、こちらも上田さんのナチュラルなボーカルが印象的でした。

「あまい夢」は、レコーディングもトラックダウンも比較的スルッといきました。ただ、プリプロもしていたんですけど、そのプリプロから本番までの間に一番悩んだ曲かもしれないです。プリプロの音源を聴いて「なんか違うなあ」と感じて、なんとかしてこの曲に合うようにしたいと思って歌い方や気分をちょっと変えたりして、ようやく本番で「あ、いけたかな」みたいな手応えを得たというか。

──そうだったんですね。

この曲は、自分の周りには好きな人たちがいっぱいいて、その人たちを見ているとどんどん「幸せだな」「心地いいな」という思いが増していくんですけど、「でも、私はあの輪の中には入れない。遠巻きに見ているだけ」みたいな心情を歌っているんです。その、絶対に触れることはできないけれど、眺めているだけで幸せみたいな、ふわっとした気持ちを表現したくて。

──今お話をお聞きしながら「あのアニメのあのキャラに共感しているのかな?」と思っていたのですが……。

そうそう、そういうことです。そうやって想像してもらっても楽しいかもしれませんね。

──この「あまい夢」と4曲目「ティーカップ」の間に、上田さんの歌声をサンプリングしたアンビエントなインスト曲「Falling」が間奏曲的に挿入されていますが、これ、すごく効果的ですね。

おお、うれしい。この3曲目の「Falling」と7曲目の「Another」には、その前後の曲をつなぐ意図があったんですけど、石川智久さんが勝手に作って……。

──勝手に(笑)。

「勝手に」というと言葉が悪いですね(笑)。でもほぼお任せで、すごくいい感じに仕上げてくださって。「Falling」 は、イメージとしては「不思議の国のアリス」みたいな感じで、“あまい夢”からぐるぐる回りながら“ティーカップ”に落ちていって、そのティーカップの中でもぐるぐる回り続けて悩みから抜け出せない、出口がない……みたいな。

──「ティーカップ」もやはりR&Bテイストの曲ですが、先の2曲と比べると少しノリが違いますね。

プリプロにはだいたい作家さんが立ち会ってくださるんですけど、「ティーカップ」では作編曲の広川恵一(MONACA)さんから「リズムに合わせなくていいです」「歌に関係なく、リズムも常に揺れているような不安定な曲にするので、上田さんも不安定でいいです」と言われまして(笑)。

──だいぶテクニカルなディレクションですね。

「どうしよう? ハードルが高い!」と思いながら本番を迎えたんですけど、「ティーカップ」では塞ぎ込んでいるというか、殻にこもって悶々としているような気持ちを表現したくて。なので、リズムに対してちょっと遅れすぎなんじゃないか?くらいの感じで歌った気がします。あとこの曲は、歌を向ける対象を誰にするかでけっこう悩んだんです。つまりモノローグなのか、目の前に相手がいるのか。結果的にパートごとに対象を変えているんですけど、モノローグの場合は自分の苛立ちとかを一緒にブワッと吐き出す感じで。一方、相手がいる場合は、その相手を自分自身だと想定して「そういうこと、あるよね。わかる」みたいに自分で自分を慰めるように。

──そうした歌い分けは、声優ならではのスキルなんでしょうね。

がんばりました。私のレコーディングは基本的に頭からお尻まで区切らずに歌い切るので、その中で対象を変えるというのは難しかったんですけど、満足のいくものが録れたかなと。


2020年3月24日更新