内田真礼が田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)と語るアーティストデビュー10周年

今年4月にアーティストデビュー10周年を迎えた内田真礼。声優業と並行して歌手活動に力を入れている彼女は、多彩なクリエイターやアーティストとのコラボレーションを通して楽曲、ライブのどちらにおいても妥協のないハイクオリティな表現を実現させてきた。

そんな内田の最新作が通算4枚目のフルアルバム「TOKYO-BYAKUYA」だ。彼女が生まれ育った東京をテーマに制作されたこのアルバムでは、目まぐるしい変化と進化を繰り返す東京の街と自分自身を重ね合わせることで、「内田真礼のこれまでとこれから」を描いている。本作に収められた新曲の中でとりわけ重要な役割を担っているのが、これまでも内田に多くの楽曲を提供してきた田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)の作詞作曲による「永遠なんかありえない」だろう。音楽ナタリーでは2ndアルバム「Magic Hour」リリース時以来となる内田と田淵の2人へのインタビューを実施(参照:内田真礼「Magic Hour」特集 内田真礼×田淵智也)。どういう思いを背景に「永遠なんかありえない」、そしてアルバムが作られていったのか、2人のトークを通して紐解いていく。

取材・文 / 西廣智一撮影 / 佐々木康太

内田真礼にとって田淵智也は“バトっちゃう神”

──内田さんは今年4月にアーティストデビュー10周年を迎えました。田淵さんとは2014年10月発表の2ndシングル「ギミー!レボリューション」に始まり、ここまでさまざまな場面でコラボしてきたわけですが、内田さんにとって田淵さんはどんな存在ですか?

内田真礼 田淵さんからは「これは今ちょっとこなせないかも」と思うハードルを常に与えられていて、ライブを通して精度を上げていくんですけど、次の曲が届く頃にまた新たなハードルが課せられている。それをずっと繰り返している印象があります。そういう意味では、私の音楽活動にはなくてはならない存在で、先生とか神とか、そういう感じに近いですね(笑)。

田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN) ははは。

左から内田真礼、田淵智也。

左から内田真礼、田淵智也。

内田 何を考えているかあまりわからないですし。

田淵 謎に包まれている?

内田 そうそう。だけど、向き合って打ち合わせとかすると、バトっちゃうという(笑)。

田淵 バトっちゃう?

内田 田淵さんが「こうですよね?」と言うことに対して、「いや、違うと思うんですけど」って返しちゃったり。そういう意見のやりとりができる、神(笑)。

田淵 バトっちゃうと思われてるのは衝撃でした(笑)。確かに、僕も空気が読めないというか、好き勝手言っちゃうからね。僕から見た真礼ちゃんは、昨日言っていたことが今日になると変わっていて、今日言っていたことが明日になると変わるタイプ。だから、一緒に曲を作るときに「今どんな気分なの?」ということを話さないとわからない。それを読み違えると、求められていない曲を書いてしまう恐れがあるので、そこで慎重になるというのはずっとありますね。

内田 確かにそうかもしれない(笑)。

田淵 デビュー当初からのイメージ、お客さんが持っているパブリックイメージを保ちつつも年齢を重ねているわけだから、「今はどういう気分なんだっけ?」というのは絶妙に混ぜ合わせていく必要があるんですよね。そのバランスみたいなものは、真礼ちゃんがキャリアを重ねていくにつれてより大切にしないといけない。特に30歳を超えてからは人間としてひとつ完成して、「声優さんです。かわいい人気者です」というところを超えて活動しているだろうから、本人との対話は重要になってくるわけです。

内田 確かに私、「昨日は違ったけど、今日は等身大の私自身でいたい!」っていう日があるんですよ。そんな中でも、私の中心にあるのはファンの方の存在。どんなに疲れていても、ファンのみんなと会うことでライフが回復するし、それと同時にみんなにいろんなものを届けたいという気持ちがどんどん強まっていく。思いを受け取ってくれて、さらに強い気持ちを返してくれることが、私にとっては大きな原動力になるんです。アーティスト活動をしてきたこの10年間はその繰り返しでしたね。

内田真礼

内田真礼

いろんなことを考え始めてキツかった時期

──これまで田淵さんと制作してきた楽曲は、ライブにおいて切り札になるようなものが多いですよね。

内田 そうなんです。最初のアルバム「PENKI」(2015年12月発表)のときから、お客さんが一緒に声を出せるライブ向きの曲が多くて、ファンのみんなもそういう曲を求めてきたんじゃないかな。田淵さんの楽曲が存在しなかったら、きっと今のような内田真礼のライブは形作れなかったと思います。

──田淵さんはプロデューサーの冨田明宏さんと話しながら楽曲を制作していると思いますが、内田さんの楽曲を書くときに特にこだわっていること、大事にしていることはありますか?

田淵 僕は真礼ちゃんの、高くて明るい声の圧倒的な抜け感がすごく好きで。これだけピッチも安定して歌える人ってそんなにいないので、そこをしっかり生かしていくべきだと最初の頃は意識していました。その頃は僕が声優さん関連の楽曲を書き始めたタイミングで、自分が作り手になったことでもともと好きだったアニメソングや声優音楽のいいところを表現できるんじゃないかと考えながら、制作と向き合っていて。内田真礼チームの皆さんにも「いい曲だ」と言ってもらいながら書いていく感じだったんですけど、正直「take you take me BANDWAGON」(2018年4月発表の2ndアルバム「Magic Hour」収録曲)で全部書き切ってしまった、最初にやりたいと思ったことが全部できたと思ったんです。

内田 そうだったんですね。

田淵 その先はさっき言った「今、何を考えているの?」ということを都度都度聞いて、冨田さんからいただいたオーダーに対して自分の最適解を出していった。さっきパブリックイメージの話をしましたけど、僕も僕で真礼ちゃんに対して持っているイメージがあって、そことのバランスをうまく取りながら制作することは「共鳴レゾンデートル」(2019年10月発表の2ndミニアルバム「you are here」収録曲)以降意識するようにしています。

田淵智也

田淵智也

──そして今作の「永遠なんかありえない」にたどり着くわけですね。ニューアルバム「TOKYO-BYAKUYA」を聴かせていただきましたが、2021年10月発表の前作「HIKARI」とはまた違った新鮮さがありました。

内田 前作は「HIKARI」ってタイトルでしたけど、光ってなかったですものね(笑)。

田淵 あはは!

内田 前作を制作していた頃は真礼チームのメンバーが変わったりしたタイミングで、長く関わってきた人が離れたことでメンタル的にも落ちていたんです。あと、「来年はコロナ禍が明ける」と思いながら制作をがんばった記憶があって、「このアルバムはみんなと一緒に歌える曲ばかりだから、ツアーでは声を出そうね」ってレコーディング中に何回も自分に言い聞かせたりして。私の中で10周年までは同じスピードでがんばっていこうみたいな気持ちがあったんですけど、6、7年目くらいからの3年がすごくキツかった。それまで楽しかったことがコロナ禍で1回終わっちゃって、新しく作り直さなくちゃいけない中で何を構築するのか、自分の人生を考えたときにいつまでこんなに楽しく活動できるのかとか、いろんなことを考えすぎちゃっていたから。

田淵 やっぱりコロナの影響が大きかったんだ。

内田 でも、「TOKYO-BYAKUYA」はある意味視点が1つに定まっていて。コロナ禍でも「これまで」と「これから」をちゃんと描こうとしていたと思うけど、今回は「10年やったぞ!」という思いをよりしっかりと描けた気がするんです。だから満足感も強いし、前作の頃みたいな“最中感”や“途中感”がない。そういう意味では、「ここで1回完結させるぞ」くらいの気持ちで作品に向き合えたのかもしれません。

左から内田真礼、田淵智也。

左から内田真礼、田淵智也。

人生において戦わなくちゃいけないときが来た

──今作は収録曲が計10曲と、内田さんのアルバムの中で最も曲数が少ないです。そういうところにも自信や潔さがにじみ出ている気がしました。

田淵 確かに。しかも1曲1曲バラエティに富んでいるしね。

──ファンが求める内田真礼像にもしっかり応えつつ、もっと先を見ている感じが今作はより強く伝わりました。

内田 私の中で「内田真礼の一番いい歌声はこれ!」という正解があって、以前はそこにこだわっていたんですよね。だけど、こだわりすぎるあまりに、表現としてちょっと行き詰まっている感もあって。それが最も強く出てきてしまったのが今回のアルバムの制作期間で、本当にめっちゃ悩みました。「ここで戦わないとダメだ」と人生が変わるぐらいの気持ちで向き合ったので、そういう姿勢がアルバムの至るところに出ている気がしますし、それこそ「永遠なんかありえない」は特にその色が強いんじゃないかな。この曲の打ち合わせのときが一番悩んでいたので。

内田真礼

内田真礼

田淵 何で悩んでいたの?

内田 ちょうど10周年イヤーが始まる直前で。アルバムにツアーにと、とにかくいろいろと控えている中で、周りのスタッフとの意識にズレを感じてしまい、「このままじゃダメだ」という思いがどんどん強くなっていたんです。そういう意味でも、自分の人生において戦わなくちゃいけないときが来ちゃった。それってメンタルも削られるじゃないですか。キツかったけど、そういう思いが全部このアルバムに入っている気がします。レコーディングを毎週のようにしていたので、スタッフと毎回しっかり話し合って。そこをちゃんと乗り越えたうえで今に至るわけです。

田淵 悩んでいるときは「やめちゃおうか」とか、「どうしていいかわからない」「どうなったら幸せになるだろう」とか、そういうことを考えていたの?

内田 アルバムを売るにはどうしたらいいか、多くの人に聴いてもらうためには何をしたらいいのかとか、そういうことですね。周りに任せることもできるけど、このままなあなあに進めていたら自分の意思が入っていない作品になってしまう気がして。こういうインタビューでも自分の意見が入っていないアルバムについては話せないじゃないですか。だから、「ここで覚悟を決めないと」って思ったんです。

田淵 なるほどなあ。「永遠なんかありえない」を作り始めたのはちょうどアルバム制作の終盤だったけど、その打ち合わせで「あなたの10周年はどんな10周年なんですか?」という話をしたんです。大きな節目を経て、その後も音楽活動を続けていくとなると自分自身の覚悟、ファンを付き合わせる覚悟が必要になるし。人生って選び方がなんぼでもあるので、極端な話「これが集大成です」と言ってその先何もやらなくてもいいとも思うんですよ。そういういろんな選択肢がある中で真礼ちゃんと対話をしたときに、ちょっと雑にまとめると、ファンの人と一緒に歳をとっていきたいんだという、まだ続けていく意思が伝わってきたわけです。長く続けたいんだということは誰でも言えるじゃないですか。じゃあ具体的にどうするのかってときに、「ファンを裏切らない」「ファンを絶対に大事にしたいんだ」と言われて。

田淵智也

田淵智也

──そういう内田さんの思いを持ち帰って、制作に取り組んだと。

田淵 そうです。10年間一緒に歳を重ねてきたファンの中には、学生だったけどすでに大学を卒業していたり、なんなら結婚して子供も生まれていたりするかもしれない。ライフプランっていろいろ影響するから、大学を卒業した瞬間に離れるファンも決して少なくはない。これはバンドでも声優アーティストでもみんな同じで、絶対そういう瞬間ってあるんですよ。そう考えたときに、就職しても結婚しても子供が産まれても応援してくれる人というのが、10年ぐらい活動しているアーティストにとってのひとつの大事なファンの例になってくるのかなと思っていて。

内田 うんうん。

田淵 で、そこに新しいファンをどんどん迎えたいのか、残っている人たちと長く続けたいのかで当然やり方も変わってくる。真礼ちゃんに話を聞くと、今いるファンの人たちがすごく愛おしいから、この人たちと長く一緒にいたいんだと言っていて。10年超えて続けるとなると、そういったファンの人たちとさらに歳を重ねていく覚悟も出てくると思うので、そういう意志を示した曲になればいいなと。最初からそのイメージはあったかもしれないです。ライフプランやライフスタイルが変わっても「内田真礼の曲はやっぱり好きなんだよな」「ライブに行くのが楽しいんだよな」と思ってもらうため、その人の人生に入り込んでいくにはやっぱり覚悟が必要になってくる。これはバンドでも一緒ですけど、ファンの人の人生に食って入っていって、そこに鋭利に突き刺すのであればそれなりのことを言わないといけないなという思いで曲を書きました。