音楽ナタリー Power Push - UA

愛と祈りを込めた7年ぶりのアルバム「JaPo」

UAの7年ぶりとなるオリジナルアルバム「JaPo」がリリースされた。盟友である青柳拓次(LITTLE CREATURES)プロデュースのもと作られた本作は、彼女のたおやかで包容力に満ちた歌声が全編にわたって響く1作に仕上がった。

また昨年6月にデビュー20周年を迎えたUAは、5月25日に1990年代に発表されたアルバム「PETIT」「11」「アメトラ」「turbo」のデラックスエディションを発表する。今回のインタビューでは待望の新作が生まれるまでの過程のほか、UAがブレイクするきっかけとなった「情熱」のプロデューサーであり、90年代のUA作品には欠かせない朝本浩文への思いを聞いた。

取材・文 / 大谷隆之 インタビュー撮影 / 関口佳代

伝えたいテーマは愛

──新作「JaPo」、とてもよかったです。歌もサウンドも、伝わってくるメッセージも素晴らしかったです。

ほんと? うれしいなあ。ありがとうございます。

──オリジナルアルバムとしては、2009年に発表された「ATTA」から7年ぶりの作品ですね。

そうね。一応「ATTA」の翌年に「KABA」っていうカバーアルバムは出してるんですけど、そこから数えても6年だもんね。自分ではほとんど意識してなかったけれど、時間が経つのって本当にあっという間だよね。

──デビューから20年。UAさんのキャリアの中で、ここまで長くインターバルが空いたことは今までなかったですよね。

UA

本来はもう少し早く出すつもりだったんですよ。でも、3.11(2011年の東日本大震災)直後に沖縄へ移り住んで、生活そのものがガラッと変わってしまって。さらに娘が生まれたばかりで、手のかかる時期が重なったりしてね。結果こんなに時間がかかっちゃった。1枚のアルバムを生み落とすのって、やっぱり相当なパワーが求められるので。要はそれだけの余力が私になかったのね。がっつり生きてはいたんだけど(笑)。

──震災後、音楽から心が離れてしまったとかそういうことは?

それは一度もなかったです。呼んでもらえればライブにも出てたし、歌は変わらず歌ってましたから。今にして思えば、きっと伝えたいテーマが壮大だったんだなあ。だから、それをアルバムの形にまとめていくのに時間がかかったんだと思う。正解というか着地点みたいなものは、震災の前から見えてたんですよ。少なくとも私の中では、なんとなく。

──その伝えたいテーマとはなんだったんですか?

愛ですね。いろんなものを引っくるめた大きな“LOVE”。そういうものが表現したいというのは、ずいぶん前から自分でわかっていたの。だけど3.11があって。生活だけじゃなく、自分の生き方やアイデンティティまで揺さぶられるほどショックを受けて。いろいろ試行錯誤をしていく中で、伝えるべきテーマに自分が追い付いてなかったっていうのかな。

──ああ、なるほど。

もちろん震災後のさまざまな変化を目の当たりにして、歌いたい愛のあり方やテーマが広がっていった部分もあったと思うんです。いずれにしても、嘘は付けないから。自分の言葉を曲に乗せるからには、生活の実感っていうか、リアリティを持っていたいじゃない? 音楽なので「じゃあ、そのリアルってなんなの?」と問い詰められると難しいんですけど。理屈じゃなく、腑に落ちる感覚。そこに至るまでにやっぱり、まあ、時間がかかったんだよね。

身体を動かすのってやっぱ早いわ

──じゃあ「JaPo」というアルバムの種自体は、2011年より前に蒔かれていたわけですね。その時点でこういう華やかで、ポリリズミックなサウンドもイメージしていたんですか?

全然してなかった(笑)。もう少し詳しく説明するとね、3.11前は、もっと一筆書きに近いような歌のアルバムを作ろうと考えていたんです。それでLITTLE CREATURESの青柳拓次くんにコンタクトを取って。「次はこういうアルバムを作ろうよ」って相談も始めてたんですね。その時点で、「あいしらい」という曲の原型だけはあったんですけど。

UA

──「あいしらい」は今作の中では、特にシンプルでかわいらしい曲ですね。巣立っていく息子への母親の愛情が、行間から優しくにじんでくるような歌詞で……。

うん、あれがアルバムを作ろうと思ったときに最初にあったイメージ。でも3.11があって。さっきも話したように、心のどこかで「これじゃ足りない」って感じたんでしょうね。もっと本質的なものと向き合って、私自身が変わっていかないと、表現しきれないぞって。実際、やんばる(沖縄本島北部の原生林など自然が多く残っている地域)に移住したことで、生活もガラッと変化したしね。例えばアフリカンダンスを習い始めて、自分なりのリズムへの回帰があったり。

──へえ、沖縄でアフリカンダンスをやってたんですか?

そうなの。移住した直後、たまたま那覇とやんばるでワークショップを開いてる方と出会ったんですね。まあ、教室といっても、近所のオカンが子供連れで集まって、ワイワイ言いながら練習してる感じでしたけど(笑)。生のジャンベの演奏に合わせて、1時間か1時間半くらいひたすら身体を動かすのね。それがもう楽しくって!

──ははは(笑)。アフリカのどの辺りの踊りだったんですか?

ギニアとかセネガルとか、あの辺に古くから伝わるステップみたいだね。私もそんなに詳しくないんだけど、マンディンカ族(西アフリカに存在したマリ帝国の末裔にあたる民族)の系統って言えばいいのかな? あの一帯って、かつては今みたいに国境線が存在しなくて。1つの大きな文化圏だったんですよね。で、部族ごとに異なるリズムがたくさん残っている。有名なものだとジョレとかソコとか言われるリズムですね。そういう細かい違いが、私にはすっごく新鮮でした。

──その発見がUAさんの中でリズム回帰につながり、「JaPo」のサウンドにも反映されていったんでしょうか?

今にして思えば、きっとそうなんだろうね。普段聴いてる音楽もアフリカ的なポリフォニーやポリリズムを感じさせるものがぐっと増えたし。何より、震災後の頭でっかちになりがちな状況の中で、「身体を動かすのって、やっぱ表現として早いわ」って実感できたのが大きかった。もちろん、ダンスそのものは発表会レベルなんですよ。それも隣のお友達をチラチラ盗み見て動きを確認する程度でちっとも上手じゃないのね。それでも言葉をこねくり回してるだけじゃわからないことって、やっぱり多いから。

──それによって歌い手として何か変化はありました?

歌っていて前より「今この瞬間のこと」に集中できるようになった気はしますね。例えばライブで歌詞を間違えたとき、次の曲まで引きずってしまう悪い癖が減ったとか(笑)。身体全体でリズムを感じる練習を通じて、そこは変わったと思います。で、ちょうど拓次くんも、ほぼ同じ時期に沖縄に移り住んで。けっこう似たようなことを感じてたと思うのね。そうやっていろんな要素が、時間をかけてリンクしていった感じでした。

ニューアルバム「JaPo」
2016年5月11日発売 / 3240円 / SPEEDSTAR RECORDS / VICL-64408
[アナログ] 2016年6月29日発売 / 3780円 / HRLP-026
収録曲
  1. AUWA
    作詞:UA / 作曲:青柳拓次
  2. JAPONESIA
    作詞:UA / 作曲:青柳拓次
  3. ISLAND LION
    作詞:UA / 作曲:レイチェル・ダッド
  4. いとおしくて
    作詞:UA / 作曲:レイチェル・ダッド
  5. あいしらい
    作詞:UA / 作曲:青柳拓次
  6. KUBANUYU
    作詞:UA / 作曲:青柳拓次
  7. BEAM YOU
    作詞:UA / 作曲:レイチェル・ダッド
  8. 愛を露に
    作詞:UA / 作曲:青柳拓次
  9. TARA
    作詞:UA / 作曲:ヨシダダイキチ
  10. ドチラニシテモ
    作詞:UA / 作曲:青柳拓次
UA TOUR 2016「HELLO HAPPY JAPONESIA」
2016年6月12日(日)
神奈川県 Yokohama Bay Hall
2016年6月18日(土)
東京都 日比谷野外大音楽堂
2016年6月23日(木)
愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
2016年6月24日(金)
大阪府 ユニバース
2016年8月7日(日)
大阪府 ユニバース
UA(ウーア)
UA

1972年大阪生まれ。1995年にシングル「HORIZON」でデビューし、1996年発表のシングル「情熱」でブレイク。同年発売のアルバム「11」は90万枚を超える大ヒットを記録する。以後、ソウル、ジャズ、レゲエなど、ジャンルにとらわれないナンバーを幅広く歌い、その圧倒的な歌唱力と存在感でトップアーティストとしての地位を確立する。2000~2001年には浅井健一らとロックバンドAJICOを結成し活躍。2003年にはNHKの教育番組に「歌のおねえさん」としてレギュラー出演し、さらに2006年には菊地成孔とジャズのコラボレーションアルバム「cure jazz」をリリースした。映画「水の女」「大日本人」にも出演し、女優としてもその才能を発揮している。2015年にデビュー20周年を迎え、2016年5月にアルバム「JaPo」を発表。同月に1990年代に発表されたアルバム「PETIT」「11」「アメトラ」「turbo」のデラックスエディションをリリースする。