なぜTWEEDEESは「東京は夜の七時」をカバーしたのか
──ここまでの流れをA面とすると、B面の頭でまた大きく流れが変わります。本作一番の問題作と言える「Medley: 東京は夜の七時~21世紀の子供達」ですが、お披露目ライブで聴いたときはとにかく驚きました。
沖井 何をやらかしてくれてんだと(笑)。
──今なぜTWEEDEESがピチカート・ファイヴを、しかも「東京は夜の七時」をカバーしたのか。なぜBメロの末尾と象徴的なサビだけを残してオリジナルに書き換えたのか。いろいろ確認しておきたいことがあります。
沖井 「東京は夜の七時」をやりたいと思ったのは去年の夏前、「à la mode」を作り終えた頃ぐらいかな。これは直感としか言いようがないんですけど、ピチカート・ファイヴがやりたいんじゃなく、この曲をやらなきゃいけないと思ったんですよ。「東京は夜の七時」はある時代の何かをとても象徴している曲で。それが僕はとても誤解されているような気がして、その誤解が自分にも悪い影響を与えていると感じて居心地が悪かった。この曲が受けている誤解が多くの人を不幸にしているような気がして。
──「東京は夜の七時」はピチカートが1994年に発表した曲ですが、この曲でピチカートが広く認知されたこともあってか、“渋谷系”を象徴する1曲のようなイメージがありますよね。
沖井 はっぴいえんどが1973年に発表した「さよならアメリカ さよならニッポン」も、ある時代の何かを凝縮して象徴化した曲でしたけど、はっぴいえんどが1990年代に再評価されたときの賞賛の仕方が僕には居心地が悪かった。今のピチカート・ファイヴや渋谷系に対する賞賛にも似たようなものを感じていて。僕、リアルタイムで新曲として聴いたものをカバーするのはおそらく今回が初めてなんですよ。でも、この居心地の悪さを是正したいと思ったとき、幸運にもTWEEDEESにはあの時代を知らない若い人がいて、当時リアルタイムで聴いていた僕もいて。あの曲を再解釈するには、実はちょうどいいグループなんじゃないかと思ったんです。なっさんの世代の人は「東京は夜の七時」にバブリーな印象を持つようなんですよね。実際は違うじゃないですか。
──ああ、そうですね。時代背景や当時のピチカートの立ち位置みたいなところを省いて聴いたら、ただただやけに明るくバブリーな曲と解釈されるかもしれない。
沖井 この曲はどちらかと言うと喪失感そのもので。だからこそあの曲はカッコいいと僕は当時思ったわけだし、その誤解が招く不幸をなんとかしたくなった。象徴的な曲に向き合うのは、やり始めたら非常に大変でしたけど……。
──本来はTWEEDEESが、沖井礼二という人が「ピチカート・ファイヴのカバー」をやる必要はまったくないですよね。
沖井 必要ないし、やっちゃいけないんですよ。
清浦 でも、面白そうだなと思っちゃったんですよね。よりによってこの曲かーと思いましたけど、面白そうと思ったからには、やるしかないなと。
沖井 考え始めたらそのアイデアに取り憑かれて「これは今どうしてもやらなきゃいけないことだ」と思っちゃったんですね。でもいざLogic Pro Xを立ち上げて作り始めたら、あのメロディとあのコード進行では今の時代に響くTWEEDEESの「東京は夜の七時」として成立しなかった。作り込んでいくうちにコード進行もどんどんシリアスになっていくし、そこにくっ付いて別のメロディが浮かんできたりして。あの曲のAメロは当時でもすでにファンタジーだったけど、ファンタジーだったからこそ響いたわけで、それを今の時代にそのままやっても「わあ楽しそうな曲ね」と誤解されたままになってしまう。小西さんが描いたものを今の僕がどうやるかと考えた挙げ句に、こういう形になったんです。どんどん変わっていったけど、あの曲が持っている一番美しいテーマは「早くあなたに逢いたい」なんですよ。なんとかして会わせてやりたい。
──(笑)。
沖井 会いたい状況とはつまり会えていない状況なわけで。そこで「離ればなれ」「○○離れ」というルートを通るのが今らしいんだろうなと。「○○離れ」と言ってるのは大人だけで、若者はそれがダメだとも思っていない。そういう舞台装置を作ることで、やっと2018年にTWEEDEESが歌って大丈夫なものになった。大変な苦労をしましたけれど。
──「早くあなたに逢いたい」に到達するまでの流れはオリジナルを破壊するほどまったく異なるものになっていますけど、あの曲のムードに対して誠実にカバーした結果だという説明はすごく腑に落ちました。
沖井 結果メドレーという形になりましたけど、やる以上は作者である小西さんの許諾を得ないといけない。よくこれを許諾してくれたなと思うし、なぜ許してくれたのか真意を聞いてみたい。洒落や酔狂ではなく、ひたすらあの曲と真摯に向き合った結果がこれなのだということだけはわかってほしいと思います。
僕はおそらく大人になった
──大きなインパクトのあとに来る7曲目「不機嫌なカプチーノ」はすごくキャッチーで疾走感があって、直前がディープすぎるだけにさらっと聴ける印象です。タイトルもほどよく軽薄な感じで。
沖井 先に「軽薄」というキーワードを出されちゃいましたけど……話を最初に戻すと、僕は「今の自分が聴きたいもの」に固執してこのアルバムを作ったわけです。できあがったあとも、どこかに穴はないか、何度も粗探しをするんですよ。理想的なアルバムができたけど、1つだけ失敗したなと思うのが、このアルバムには軽薄さが足りない。ポップスのアルバムを作ろうと思ったのに、ロックのアルバムができてしまった。
──なるほど。
沖井 ロックのアルバムとしてすごくいいものができたとは思うんですけど、ポップスに必要な軽薄さがちょっと足りなかったなと。そこをなんとか補ってくれているのがこの曲で。そこはまあ、次回に向けての反省点だと思っています(笑)。レコーディングの終盤に作った曲なので、無意識に軽薄な要素を補おうとしたんでしょうね。歌詞の軽薄さもすごく意識しましたし。
清浦 「こういう女の子を出せばいいんでしょ? ハイ、ハイ」みたいな(笑)。
沖井 「いや、それじゃちょっと冷たすぎるんだよ」とか(笑)。
──とは言えしっかりTWEEDEESらしさが出ているし、今までTWEEDEESになかった種類のポップの間口を広げる曲だなと思いました。
沖井 おそらくこれは「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」(The Beatlesの1967年のアルバム)で言う「When I'm Sixty-Four」なんですよ。「Within You Without You」のあとの(笑)。自分ではもっとも気に入っているB面2曲目です。
──8曲目の「美しい歌はいつも悲しい」はTWEEDEESの中の飛び抜けて乱暴な部分と飛び抜けて美しい部分が同居しているような、極端なバランスの曲だなと感じました。スラッシュメタルになりうるビートの上に美しいコードとハープの音色が乗って、歌詞はキザなまでにロマンチスト的で。音楽愛の歌ですよね。
沖井 今キザとおっしゃいましたけど、僕としては自分史上一番パンツ脱いでる曲だと思うんですよ。もしこれを聴いてキザだと感じたのならば、僕は本当にカッコいいんでしょうね(笑)。
清浦 ハア?
沖井 ふふふふ(笑)。僕はどうしても必要にかられたとき以外、直接的に「愛」という言葉を使いませんけど、この曲ではそこに向き合わされたと言うか。もう少しダークな歌詞にするのは簡単なんですよ。でも今回は絶対にそれをしたくなかったんです。なんとかしてこの曲をポジティブに響かせなくてはいけない。メロディも激しいリズムも、上で鳴ってるハープやチューブラベルも、どれも皮肉にはしたくなかった。僕はおそらく大人になったんですよ。もう皮肉は言いたくない。
清浦 ルサンチマン沖井は消えてしまったんですね。
沖井 ルサンチマンで行動していいのは若者だけなんだよ。こんなこと言うのはミュージシャンとしてカッコよくないけど……この歌詞は本当に本音ですね。こんな本音を歌にする強度がTWEEDEESに付いてきたんだと思うし、芝居がかった形ではなく歌えるようになったのもあるし。
──伸びやかで艶やかな清浦さんの声が、この曲をより強くしている気がします。
清浦 レコーディングでは最後に録ったのがこの歌だったんですけど、集中しすぎて頭から湯気が出そうでした。でも「美しい歌はいつも悲しい」というタイトルだから、今までで一番美しくしなくちゃいけない。この曲と次の「間違いだらけの神様」は私にとって勝負の曲でした。
20年音楽を作ってきた中で最高傑作だと思う
──TWEEDEESには歌詞の中に童話的、神話的なエッセンスを取り入れることがこれまでにもありましたが、9曲目「間違いだらけの神様」はその究極形という印象があります。ワルツのリズムと、J-POP的ではないクラシカルな楽器編成がそう感じさせるのかもしれませんが。
沖井 お披露目ライブのときも話しましたが、元は「間違いだらけの先生」だったんですよ。「間違いだらけの先生は」というフレーズがメロディと一緒に浮かんで、歌詞と曲を同時に作り進めているうちに、歌詞が持っているものを先生には背負えなくなってきて(笑)。もうちょっと大きな何かに出てきてもらわないとな……と思っているうち、神様になって。
──だいぶ大きくなりましたね(笑)。
沖井 へへへ(笑)。でもそうすることによって、誰かのものであり、誰のものでもない歌詞になった。うーん、今日話をしてみてわかったけど、今回のアルバムは僕の気持ちがシリアスなんですよ。ポップスを作りたいと言いながら。美しさの種類もいろいろあって、その中でも今まで到達したことのないところに行きたくてこうなった、というのもおそらくあるだろうし。この曲にはリズム楽器が1つも入っていなくて、木管楽器を中心としたアレンジになりましたが……ポップスと言うよりはもう少しスタンダードめいたものを作りたかったんだと思います。結果かわいそうな歌詞になってしまいましたけど、こういうかわいそうな思いは誰しも味わったことがあると思うんです。自分で作った曲で初めて泣いたかもしれないな(笑)。ラフミックスを聴いて何度も泣きました。
清浦 そうか……シリアスだね。いかんいかん。だから最後に「作戦前夜」なのか。
──確かに最後の最後に温かくてホッとする「作戦前夜」が収まっていることが、このアルバムをポップな作品として受け止めるうえで大きな役割を担っていると思います。
清浦 今日ようやくわかった気がします。なんでこんなにハードルが高かったのかと、全体の起承転結のつけ方。そうか、シリアスだったんだ。自分たちで作ったアルバムだけど、夢中になっているとわからないものなんだなー。
沖井 「作戦前夜」が始まる瞬間が、僕はこのアルバムで一番好きな瞬間なのね。あの救われた感、ホッとする感。僕は冬の作品が大好きなんだけれども、冬にアルバムを出すのは実は20年ぶりなんです。冬のアルバムで冬の曲が作れたこともとてもうれしいし、この人が書いてくれた歌詞もとてもよくて。気に入っている曲だから最初はどっちが歌詞を書くか取り合いだったんだけど(笑)。これもまた子供の頃に誰しも体験した、「赤い帽子のあいつを絶対つかまえようと思ってたのに眠っちゃった」という、とてもワクワクする日の出来事で。このアルバムで向き合ったシリアスさをうまく中和してくれている。自分たちで作った曲ではありますが、感謝していますね。
──こうやってじっくり分析するとすごくシリアスな作品のような気がしますけど、実際はさらっと聴けるポップなアルバムになっていると思うんですよね。構成や全体のサイズ感もよくて。なんならTWEEDEES作品の中でも一番ポップなんじゃないかなと。
沖井 ええ、僕もそう思います。自分で言うのはあれだけど、20年音楽を作ってきた中で最高傑作だと思う。今まで作ってきたレコードの中で一番普遍性が高いと思うんですよ。注釈がいらない。90年代にCymbalsというバンドでデビューした沖井というのがいてね、ソロシンガーの清浦夏実という人とバンドを組んでね……という注釈がいろいろ必要だったし、その注釈を含めて楽しむものを今までは作っていた気もするし。ヒストリーもエンタテインメントじゃないですか。それがいらない、単体としての強さがこのアルバムにはあるんじゃないかという気がすごくしていますね。
TWEEDEESの一番美しい成長とは
──清浦さんにとって今作の一番の収穫は?
清浦 収穫かあ。歌に関して、沖井さんは今までの中で一番いいとほめてくださるんですけど、自分ではレコーディングのたびに「これでいいんだろうか」「本当に合ってるんだろうか」と毎回毎回考えていて、そのときできる最大限の歌を歌っているつもりだけど、どこかずっと不安で。でも、完成したアルバムを聴いたときに、前世が成仏した気がしたんです。
──ソロアーティスト清浦夏実から、TWEEDEESのボーカリスト清浦夏実に完全に生まれ変われたような。
清浦 はい。どこかにずっと「大丈夫かな」という気持ちがあったんだと思いますけど、大丈夫になったのかもしれない。
沖井 うん。最初におっしゃったように、僕の影が徐々に薄くなっていくことがTWEEDEESの一番美しい成長の仕方なのだろうと思っていて。なぜなら僕は歳を取っていて、この人はまだ若くて成長しているから。僕に合わせていったらTWEEDEESは成長できないんですよ。バンドメンバーも若くなっていて……井上くんは非常に優秀なピアニストだけど、いわゆる熟練したマイスターとしてそこにいるのではないんですよ。それでは僕が考えるポップスにはおそらくならない。マイスターにはできない柔らかくて鋭い何かが若い彼らにはあって、それこそが時代に合ったポップスを作るんだろうなと思っていて。
──先ほど「軽薄感が足りないのが今作の反省点」とおっしゃってましたが、その反省点を踏まえてブラッシュアップした次作についてのアイデアはすでにあるんでしょうか。
沖井 今回は3rdアルバムとしてうまく完結できましたけど、僕の中ではやり足りないことはアイデアとしてたくさんあって。次の構想はすでに若干あるんですよね。それはおそらく、発想としては今回のアルバムと同じなんだけど、それがこの延長線にあるのかどうかはわからない。
──できることならすぐに作りたい?
沖井 ええ。先週あたり、ちょっと鬱になってたもん(笑)。スタジオに入りたくて入りたくて。
清浦 完成して1週間で「スタジオに帰りたい」って言い出したので、さすがにしばらく休ませてくれと言いましたけど(笑)。
- 公演情報
TWEEDEES「DELICIOUS.」発売記念イベント -
- 2018年11月3日(土・祝) 東京都 タワーレコード新宿店 7Fイベントスペース
- 2018年11月11日(日) 福岡県 タワーレコード福岡パルコ店
- 2018年11月17日(土) 大阪府 タワーレコード難波店
- 2018年11月18日(日) 愛知県 タワーレコード名古屋パルコ店
- 2018年11月23日(金・祝) 新潟県 イオンモール新潟南
- 内容:ミニライブ / サイン会
- おしゃべりTWEEDEESツアー ~福岡編~
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2018年11月11日(日)福岡県 LIV LABO
- おしゃべりTWEEDEESツアー ~大阪編~
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2018年11月17日(土)大阪府 THE GOOD THING
- おしゃべりTWEEDEESツアー ~名古屋編~
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2018年11月18日(日)愛知県 喫茶モノコト~空き地~
- おしゃべりTWEEDEESツアー ~新潟編~ 「TWEEDEES・RYUTist 秋の音楽大収穫祭」
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- 2018年11月22日(木) 新潟県 Live House 新潟SHOW!CASE!!
出演者 TWEEDEES / RYUTist
- 2018年11月22日(木) 新潟県 Live House 新潟SHOW!CASE!!
- ショウほど素敵な商売はない~ "DELICIOUS" TOUR2019
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- 2019年2月23日(土) 大阪府 LIVE HOUSE Pangea
出演者 TWEEDEES / オープニングアクト:POLLYANNA - 2019年2月24日(日) 愛知県 ell.SIZE
出演者 TWEEDEES / オープニングアクト:POLLYANNA - 2019年3月16日(土) 東京都 KOENJI HIGH
出演者 TWEEDEES / オープニングアクト:POLLYANNA - 2019年3月17日(日) 東京都 KOENJI HIGH
出演者 TWEEDEES
- 2019年2月23日(土) 大阪府 LIVE HOUSE Pangea