本来は追悼盤ではなかった「筒美京平SONG BOOK」
武部 我々のほうはいわゆる代表曲を網羅しなくちゃいけないという思いがあって……このアルバム、本当は京平さんの80歳の傘寿祝いのために企画したものだったんですよ。京平さんご自身が「うまく書けた」と言われていた3曲があって。「木綿のハンカチーフ」と「また逢う日まで」と「さらば恋人」。これは外せなかったし、「サザエさん」のように国民的な曲、さらにはジャニーズナンバーも絶対に入れたい。筒美京平をまんべんなく語らなければいけないと考えたんです。まずはプロデューサーの松尾くん、亀田くん、本間くんに一緒に作らないかと声をかけて。最終的に小西くんと郷太くんにも参加してもらいました。
──「筒美京平SONG BOOK」のほうは「どの曲を選ぶか」に加えて「誰が歌うか」「誰がプロデュースするか」という組み合わせの妙も楽しみの1つですよね。そこにさらに、オリジナルに近付けるのか、遠ざけるのかという楽しみもあって。
武部 アレンジの匙加減については、アーティストと話をした部分が大きいです。sumikaの片岡健太くんは、「東京ららばい」のあの当時のリフが逆に新しくてカッコいいと感じるから、オリジナルのおいしいリフは極力生かしつつ、今のミュージシャンが演奏するといいんじゃないかというリクエストがあった。フレーズは生きてるんだけどサウンドが変わってる。逆に橋本愛ちゃんの「木綿のハンカチーフ」なんかは、デモの段階からまずピアノ1本で彼女が歌ったものが送られてきて、それがすごくよかったんですよ。この表現力と声を生かすには、太田裕美さんのあの軽快なムードとは真逆の、ウエットなバラードにしようと。
──「また逢う日まで」なんて、あのサビに匹敵する強さのイントロをどうするかという。
綾小路 タッタッ、タラーララッ、(ポーズを決めながら)ドン!ってね(笑)。
武部 誰もが頭に浮かぶでしょ? あそこから離れるところからスタートですよ。
綾小路 さあどう来る? どう来る? ……来ないんだー!みたいな(笑)。
武部 北村匠海(DISH//)くんのような若い人が、新たな青春の香りのする「また逢う日まで」を表現するにはどうするべきか。最初はバンドサウンドのアレンジをしてたんですよ。ちょっと元気のいい、ブラスが入ったような。そしたら「そうじゃなくて、もっとアコースティックで音数の少ない中で歌いたい」と希望があったんです。それでもう1回アレンジをやり直して。今回はそうやってアレンジを何回もやり直した曲もありますよ。
綾小路 へえー! 僕も昔DISH//に曲を書いたことがあって。(2015年11月発売のシングル「俺たちルーキーズ」)彼らにははちゃめちゃに元気な曲が似合うだろうと思い込んでいたんですが、まさかその後、アコースティックな「猫」であんなにブレイクすることになるとは……。つくづく先見の明がない男です(笑)。
キャッチーを探す嗅覚
武部 翔くんが選んだ曲の中で1曲だけ、オリジナルを僕がアレンジした曲があって。
綾小路 ええ。「さよならの果実たち」ですね。荻野目洋子さん。
武部 これ、本っ当に苦労した曲で。もともとはバッキバキの打ち込みで、京平さんも「いいじゃない」と言ってたんだけど、もっとアコースティックでピュアな感じがいいとディレクターにお願いされたんです。僕としては打ち込みの音がカッコいいと思っていたから悔しいんだけど、京平さんは「アーティストが歌いやすいように変えるのが我々の仕事なんだよ」って。それで、まったく違うアレンジにやり直してレコーディングしたんです。
綾小路 完成形だってずいぶんと斬新なアレンジだと思ってましたけど。
武部 でもリズムは生なんですよね。もともとは全部打ち込みだったの。それをちょっとだけアコースティックな雰囲気にして。
綾小路 へえー。そっちも聴いてみたかったですね!
──あくまで歌手の希望に沿う方だという話は、筒美さんについて語られる中でよく出てきますよね。
武部 そうですね。斉藤由貴ちゃんが「卒業」をうまく歌えないとき、サビの「卒業式で」の前に「ああ」と入れてみましょ、とその場で京平さんがメロディを付け加えたら、すぐに歌えるようになって。あの「ああ」は最初なかったんですよ、実は。中山美穂さんの「ツイてるね ノッてるね」も最初は「ツイてるね / ノッてるね」と全部拍子に沿ってたんだけど、「ツーイてるね / ノーッてるね」と全部食うほうが絶対にいい、って現場で変えてるんですよ。そういう逸話は本当にたくさんあります。
綾小路 C-C-Bの「Romanticが止まらない」も、笠(浩二)くんがどうしても本来とは違うメロディを歌ってしまうから、「それが君のメロディならそっちにしよう」と変えたと聞きました。そこはすごく柔軟な方なんですね。
武部 名言はいくつもありますよ。「歌い手が歌えないメロディを書いちゃだめ」とかね。
綾小路 うちのギターに聞かせてやりてえ……。メロディが難解なうえにブレスがない曲とか、平気で作ってきますから。俺を殺す気か、と。氣志團長殺しですよ……。
武部 ははははは(笑)。歌い手さんの声の特性とか、キーレンジとか、どこがおいしいかというのをすごく研究していましたよね、京平さんは。
──自分が正しいと思うメロディとは違っていても「そのほうがヒットする」という考え方だったんですかね。
武部 うん。「ヒット曲を作る」という命題と、キャッチーさ。そのキャッチーさがどこにあるかを探す嗅覚に優れているんだと思います。家で曲を作ったときに思われたことと、スタジオでボーカリストが歌ったときに感じたことの差を直感的に嗅ぎ取っていたんでしょう。
後輩に引き継がれるノウハウ
武部 あと忘れられないのは、僕らのような駆け出しの作曲家、作詞家がたくさん出てきた80年代に、勉強会を開いたんですよ。アイドルに曲を書いていた作曲家、作詞家10人くらいで集まって食事会を開いて。そこに、京平さんにゲストに来てほしいとお願いしたんです。そしたら「いいよ」と気軽に引き受けてくれて、自分の経験を話してくださった。忙しい中、後輩たちにアドバイスをくれたのがすごく印象的で。
──新進気鋭の作家なんて言うなればライバルなわけで、これから自分のことを超えてやろうと野心を燃やしている人たちですよね。そんな場に参加してアドバイスをくれるなんて……。
武部 そう。だから僕も今は後輩たちにそうしたいと思いますよ。自分の持っているノウハウはいくらでも渡してあげたい。
綾小路 いやあ……そういうのにずっと憧れてるんですけど、誰も付いて来てないんですよね。デビュー20年ですよ。そろそろ「アニキー!」って言われてもいいのに、後ろを振り向いても誰もいねえなーって(笑)。
武部 そんなことないよ。「氣志團万博」(氣志團主催のライブイベント。2003年にワンマンライブとして開催され、2012年からはフェス形式で毎年9月に千葉・袖ヶ浦海浜公園にて実施されている)なんて素晴らしいイベントですよ。ももいろクローバーZから森山直太朗、(山下)達郎さんや矢沢(永吉)さんまで呼んだんだからね。あれは翔くんたちの先人へのリスペクト、後輩への気配りがあるから成立しているんだよ。素晴らしいことです。
綾小路 いやいや、人のふんどしで相撲を取ってるだけですよ。今回も筒美京平というビッグネームをお借りしているので……怖いですよ。曲のファンがいて、オリジナルの歌手のファンがいて、京平先生の熱烈なファンがいて。「なんてことしてくれたんだ!」って言われんじゃないかと。
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筒美京平を語るうえで外せないナンバー「強い気持ち・強い愛」
2021年4月15日更新