つじあやの×菊池亜希子 対談|私たちが、再び“私”に出会うとき。恋愛、結婚、子育てを経験した2人が毎日の中に見つけたもの (2/3)

小さくて健気なテントウムシ

菊池 それでいうと3曲目に入っている「泣き虫レディバード」は、まさに私たち夫婦の歌だなって思いましたよ。

つじ あははは(笑)。そうなんですか?

菊池 我が家の夫婦喧嘩は、こんなにかわいらしい感じではないですけど(笑)。「こんなに近い間柄なのに、なんで伝わらないんだろう」というモヤモヤだったり、「言葉ではうまく説明できないけど、わかってよ!」という気持ちだったり。歌詞にすごく共感します。子供も生まれて、お互い大人にならなきゃいけない。でも、何もかもを放り出して1人になりたくなるときは、やっぱりあるという。

つじ うんうん。そう思うだけで結局できないんだけどね。

菊池 そういう自分の中のわがままで子供っぽいところ、普段は封印している“レディバード”な部分に、この楽曲は優しく寄り添ってくれる気がします。特に「もう一度私になれるかしら」というフレーズが大好き。単なる励ましじゃないなと。忙しさの中で自分を見失っていく不安と、その気持ちに共鳴してくれる温かさは、「アンティーク」にも通じていますよね。この曲にもやっぱり、つじさんの経験が反映されているんですか?

つじ そうですね。振り返れば、私も恋愛や仕事にもがいてきたし、今もやっぱり、まだもがいている。菊池さんは、「自分の“レディバードな部分”に寄り添ってくれる」と言ってくださったけど、そういう小さくて健気な部分って、誰でも心の中に持っていると思うんです。それをそっと抱きしめてあげられるような曲にしたかった。人生いいことばかりじゃないし、何をやってもダメな時期もあるけれど、きっと光はあるはずだよって。テントウムシ(レディバード)は、私の中で、その象徴みたいなイメージなんです。

──この曲はクラムボンのミトさんがアレンジを手がけています。甘酸っぱい旋律とマーチのような跳ねるリズムが、ノンストップな日常を思わせますね。

菊池 そうなんです! 悩んでも、ウジウジしても、日常をとにかく回していかなくちゃいけない。その感じが楽曲そのものから伝わってきて、どこかユーモラスなんですよね。あと、途中で「陽だまりの中で 私を見つけてくれたの」というフレーズがあるでしょう。そのフレーズも素敵ですよね。うちは全然、そんなロマンチックな間柄ではなかったけれど。

つじ はははは(笑)。

菊池 でも、ちょっと離れたところから見れば、我が家のゴタゴタだってこの曲みたいにかわいらしく見えるかもしれない(笑)。そう思うだけで、心が少し軽やかになります。音楽の力って、きっとこういうところにあるんだと思います。そういう意味でも、この曲は私にとって夫婦のテーマソングでしたね。

菊池亜希子

菊池亜希子

清水の舞台から飛び降りる気持ち

──一方で8曲目の「ただの人」は、とても率直な失恋ソングですね。恋人と別れてどん底まで落ち込み、長い時間をかけて本当の伴侶と巡り会うまでが、ゆったりしたワルツ調の旋律に乗せて歌われています。

菊池 この曲も、聴くたびに「ああ……」と深くうなずきます。今はもう遠い昔になってしまったけれど、自分にもこういう経験が確かにあったなって。歌詞を追っていくと、懐かしさと恥ずかしさが混じった気持ちになります。ただ、つじさんがこの曲を歌われていることが意外でした。私の中では、つじさんのイメージって、こういうヘビーな恋愛感情とはあまり結び付いてなかったので。

つじ うんうん、そうですよね。

菊池 だから深く共感しながらも、かなり驚きました。曲調こそ優しいけれど、つらかった過去の感情をストレートに吐露されている印象があったので。

つじ 今回のアルバムでは、この曲が一番大変でした。菊池さんがおっしゃる通り、こういう個人的経験を赤裸々に歌ったことって、今までなかったんですよ。苦しかったことや悲しかったことはあるけれど、それを音楽にするのは自分じゃないと思っていたので。

菊池 わかります。でも曲を聴いていると、日常の何でもないことが、ごく普通のトーンで歌われているのに、心がどうしようもなく震える。それはこれまでの作品にも通ずるものだと思いますし、つじさんらしさなのかなと思います。そういう意味で、私にとってつじさんは稀有なシンガーソングライターなんです。今も昔もずっと変わらず。

つじ ありがとうございます。私自身、そういう音楽を届けられればいいなと意識して、これまでずっとやってきました。でも今回は、そこからさらに一歩踏み出してみようと決めた。それで今のパートナーと出会う前、失恋してすごくつらかったときの記憶から、言葉を少しずつ紡いでいって。自分の中でずっとモヤモヤしていた感情に、ようやくピリオドを打てた気がします。

菊池 私もそうなんですけど、そういうときの気持ちの切り替えってそんなに簡単にはできないですよね。本当に誰かを好きになったら。

つじ もちろんパッと過去と決別し、別の相手を探せる人もいるでしょうし、それはそれで素敵だと思うんですけど……私はそれがまるでできないタイプで。ネガティブな感情ととことん向き合ってしまう。我ながら本当に不器用だなと思うんだけど。でも、だからこそ見えた景色もあるのかなと、今は考えられるようになりました。

左から菊池亜希子、つじあやの。

左から菊池亜希子、つじあやの。

──言葉の選び方も新鮮でした。例えば「連絡先は消去 SNSも見ない」というストレートな表現も、従来の楽曲にはあまりなかったような気がします。

つじ そこがこの曲で一番苦心した箇所じゃないかな。以前の私なら、もう少しオブラートに包んでいたというか。聴き手に察してもらう表現にしようと工夫したと思うんです。その方がきれいだし、自分の作風にも合っている気がするので。だけど今回は、そうするとこの曲で本当に言いたいことがわかりづらくなってしまうかもなって。

──とはいえ従来のスタンスとは異なることをするのって、覚悟が要りますよね。そこは思いきって?

つじ ですね。清水の舞台から飛び降りる気持ちで、この歌詞を書きました(笑)。

つじあやの

つじあやの

菊池 でも、どんなにスタイリッシュに生きている風の人も、こういう時間はあると思いますよ。暗い部屋の中でスマホを眺めて。自分で「やめとけ、やめとけ」と思いながらも、別れた相手のSNSをついつい見てしまうとか(笑)。ちなみにこの曲について、今のパートナーの方に感想は聞かれました?

つじ そこはね、難しいところで……。面と向かって「どうだった?」って聞くのも照れくさいですし、私たち夫婦間では何となくフワッとさせていますね。

菊池 ああ、わかります。私も毎月、雑誌にエッセイを書かせてもらっていて。リビングに何気なく見本誌が転がっていて、夫もたまに読んでいるみたいなんですけど、過去の恋愛話について書いたときは、だいたいその話には触れてこなかったです。でも自分が登場したときは、けっこううれしそうに「俺の話、書くなよー」とか言ってきますけど。

つじ あははは(笑)。夫婦でも、過去はやっぱり相手だけのものですもんね。

菊池 うん。フワッとさせておいたほうがいいこともある(笑)。