ナタリー PowerPush - 椿屋四重奏
10周年を迎え最新モードに突入 自然体が生んだ傑作アルバム
椿屋四重奏がニューアルバム「孤独のカンパネラを鳴らせ」をリリースした。5月リリースのシングル「いばらのみち」のスマッシュヒットを経て、満を持して発売された本作。これまでの椿屋四重奏らしさに加え、新たな可能性も大いに感じさせる力作に仕上がっている。
今回ナタリーでは、バンドのフロントマン中田裕二(Vo,G)にインタビューを実施。今年バンド結成10周年を迎えた椿屋四重奏がこのアルバムで何を表現しようとしたのか、そしてこのアルバムを経てどこに向かおうとしているのかについて、じっくり訊いた。さらに、安達祐実が歌う「いばらのみち(紅子version)」を中田がプロデュースしたことにちなんで、“仮想プロデュース”企画にもチャレンジしてもらった。
取材・文/西廣智一 撮影/中西求
できるならもっと早く出そうって思ってた
──前回のインタビューから2カ月経ちましたが、こんなに早くアルバムが完成して驚いています。実際作業にはどれくらいかかりましたか?
3月ぐらいから曲を書き始めて、4~5月に録った感じです。
──えっ、そんな短期間で!? 今までの中でも早いほうでは?
アルバム間のインターバルも短いですけど、制作期間も一番早かったですね。
──前作「CARNIVAL」が発売されたのが去年の8月ですものね。このスピード感というのは、あらかじめ想定してたものだったんですか?
そうですね、できるならもっと早く出そうって思ってたくらいです。
──それは今年でバンド結成10周年だから?
んー、とにかく今のこのテンションで作品を作って、早く聴いてもらいたくて。あと、メンバーが抜けてもバンドが止まってないことを証明したかったんです。
メンバーが抜けてバンドも自分の中で1回終わった
──今回のアルバムは制作の際にテーマはあったんですか?
あまり具体的にコンセプトを立てないで、自分から出てくるものを素直に作ろうというのはありました。あと、ロックバンドっていうものにこだわらずに作ろうと。
──その「ロックバンドにこだわらない」という発想は、どこから出てきたんでしょうか?
前作「CARNIVAL」の頃までは“ロックバンド”に対してある種の幻想のようなものをすごい持っていたんですけど、メンバーが抜けて椿屋四重奏というバンドも自分の中で1回終わっちゃったんですよね。それで、これから何をしよう、どんなことを椿屋でやっていけばいいんだろうってところまで考えちゃって。今まではこういうものがやりたいとか、ロックってこうあるべきだという考えがまずあったんですけど、1回ゼロにリセットして素直な気持ちになったときに、自分の歌いたいこと、鳴らしたい音を一番大事にして作ろうかなと思うようになったんです。
──じゃあ自分の中から自然に出てくるものが仮にロックっぽくなくても、それを素直に形にしてみようと。
そうです。
──でも結果、アルバムを聴いてみると非常にロックですよね。
自分では「すっげぇ歌謡曲じゃん」と思うんですけど、そう言っていただけるのが一番いいのかな。それが一番ロックなのかもしれないし。
俺の曲ってこういう見え方するんだ
──今回は曲によってミックスエンジニアを変えてるんですね。
エンジニアさんによって楽曲の印象って変わるので、椿屋の楽曲がどういう変化を見せるのかも知りたかったし、曲にバリエーションをつけたかったというのもありますね。
──いろんな方とやってみて、実際に手応えはどうですか?
「あ、俺の曲ってこういう見え方するんだ」というのがよくわかって面白かったです。これからもどんどんやってみたいと思いますね。トータルで作り込む良さもあると思うけど、このアルバムに関してはもっと精神的な部分でいろんな顔を見せたかったというか。写真に例えると、同じ場所でたくさん撮ったアルバムと、1年ぐらいかけていろんなところで撮ってそれをまとめたアルバムにはどちらの良さもあるし。
──エンジニアの人選はどうやって決まったんですか?
基本的には自分が以前から一緒にやってみたいと思っていた人にお願いしました。例えば「NIGHTLIFE」はurbanさんにぴったりかなとか、曲によっていろいろなエンジニアさんにオファーしていった感じです。
──曲ごとに音の響きや、ドラムやギターの音の鳴り方は違うんですが、トータルで聴いたときのちぐはぐさは感じないんですよね。
うん、なかったですし、逆にどんなエンジニアさんとやってもちゃんと椿屋らしさが出てくれるんだなとも思いました。
椿屋四重奏(つばきやしじゅうそう)
2000年、中田裕二(Vo,G)を中心に仙台で結成。メンバーチェンジを経て中田、永田貴樹(B)、小寺良太(Dr)の3人編成となり、2003年8月にミニアルバム「椿屋四重奏」をインディーズからリリースする。和を意識したメロディアスなロックを確信的に鳴らすそのスタイルが話題を集め、2005年6月に発表したシングル「紫陽花」はスマッシュヒットを記録。2006年3月よりサポートメンバーの安高拓郎(G)が正式加入し、名実共に"四重奏"として再スタートを切る。2007年にワーナーミュージック・ジャパンに移籍し、5月にはメジャー1stシングル「LOVER」をリリースした。その後も「TOKYO CITY RHAPSODY」(2008年)、「CARNIVAL」(2009年)とオリジナルアルバムを発表してきたが、2010年3月に安高が脱退。現在は再び中田、永田、小寺の3人を中心に、活動を続けている。