イッキュウを表す言葉
──恐らく、曲作りの工程の変化だけでなく、中嶋さんの歌に対する向き合い方も、作品を経るごとにどんどんと変化しているんじゃないかと思うんです。その点はご自身ではどうですか?
中嶋 単純に昔は未熟やったと思うし、歌い方やニュアンスの出し方に関しては、毎回作品を出すごとに変えちゃうんですよね。ほかの人の音楽を聴いて「この声の出し方はカッコいいな」と思ったら、それを研究して真似することもありますし。「自分がこんな歌い方をしたら、どんな声になるんやろう?」とか、そういうことを歌では試させてもらっています。
──先ほどのバンドの在り方についての話もそうでしたけど、中嶋さんはなぜそこまで常に変化を求めるのだと思いますか? 歌い方を毎回変えるというのも、すごく強い変化への欲求を感じさせますよね。
中嶋 ホンマに飽き性なんですよ。私の人生で継続できているものって、tricotくらいで。服装の感じもすぐに変わっちゃうし、髪形もすぐに変えちゃう。それはただ飽き性なだけだと思います。だから私がいる以上、tricotも変化していないと続けていけないんですよ。「前と一緒やん」と思ってしまった段階で、続けていけなくなると思う。
──なるほど。ただ、飽き性であるがゆえに、他人から「中嶋イッキュウとはこういう人間である」というハッキリとした印象を抱かれにくいんじゃないかと、不安になったりしませんか?
中嶋 自分で自分がブレているように感じたことはあります。いったい自分が何をしたいのか、わからへんと思った時期はありましたね。ソロをやり始めてみたり、全然違うバンドをやってみたりするんですけど、私にはこれがやりたい!というものが明確にあるわけではなくて、全部を楽しんでやっているだけなんです。私はいろいろやりたいタイプの人間で、全部、一番にはなれないんです。歌手でも一番ではないし、服を作っても、プロの人に比べれば趣味程度でしかない。「私にはこれさえあればいい」と、1本の芯がある人に憧れたこともありましたし、自分は全部が中途半端やなと悩んだこともあります。私みたいなのって器用貧乏っていうんですかね?
吉田 それは器用ではない。ただ、いろいろやりたい人(笑)。
中嶋 そっか(笑)。
──その「すべてが中途半端である」という悩みは、もう解消されているわけですよね?
中嶋 今の今まで、悩んでいたことを忘れていました(笑)。
──わかりました(笑)。こういう中嶋さんのパーソナリティというのは、周りのメンバーからはどのように見えているものですか?
ヒロミ 面白い人やなという感じですね(笑)。ずっとそのままでいてくださいという感じです。
キダ 私は高校の頃から見ているので、あんまりわからないです。
一同 (笑)。
吉田 付き合いが長いと、わからなくなるよな。
キダ うん。付き合いが長い中で変わっていくものもあるし、私自身も変わったと思うし。
吉田 “変化”というのが、やっぱりイッキュウを表す言葉だと思いますね。初めて出会ってから4年くらい経つけど、イッキュウはいつ見ても変化してるなと思う。いろんなことをやっているし、そのたびにいろんなところで、いろんなものをつまんで帰ってくるから。僕の印象としては、いろんな場所からいろんなものをうまく持って帰ってきて、1つのものにしているところがいいなと思います。
歌詞との不思議な距離感
──今回、アルバムのタイトルが「真っ黒」になったのは、なぜだったのでしょう?
中嶋 自分たちで決めたというよりは、レコーディングの最後に「真っ黒」という曲を録音していたときに、A&Rの人が「いい曲だね」と言ってくれて。そこからアルバムのタイトルも「真っ黒」にしようという話になったんですよね。
──「真っ黒」は本当にいい曲ですよね。曲もいいし、歌詞もすごく人間を描いている感じがします。
中嶋 生々しいですよね。「真っ黒」は「楽しい」とか「悲しい」とか「カッコいい」みたいな感覚もあるんですけど、それ以上に強いなと。
──「強い」というのは、曲が?
中嶋 そうです。だからそれに合わせて強い言葉を歌いたくなったんです。強い歌詞を歌おうと思ったら、言葉がポンポン出てきてこういう生々しい歌になったんですよね。こうなった理由はそれ以外なくて、強い曲に引っ張られて強い歌詞になったという感じです。
──例えば「何でも目につく現代 何にも目に入らない」と歌われる「なか」の歌詞は、すごく現代的な社会の在り様が前提になっているようにも思えました。
中嶋 確かに「なか」はオケがシンプルでメロディも入れやすかったし、言葉も出てきやすかったんですけど、それも別に強く「こういうことを歌いたい」と思ったというよりは、ずっと心の隅にあったんだと思います。SNSがどうこうとか、現代の社会の中で目に付いてしまうことを歌っているような感じがするけど、「私はこう思います!」と主張するというよりは、みんなが当たり前に感じているであろうことが言葉になって出てきたんだと思うんです。今回はちょっと現代っぽいことを書きがちやなとは思っていたんですけど。
吉田 傾向としては、そうかもね。
中嶋 私、めっちゃ携帯依存症なんで、それもあってこういう題材が出てくるのかもしれないです。でもできるだけ歌詞には自分の考えをそのまま乗せたくないんですよね。想像力や妄想力を鍛えたうえで歌詞を書きたいと思うし、聴いている人に対しても「私がこう思うから、この歌詞はこう受け取ってほしい」みたいなものもなくて、共感してほしいとも思わない。強いて言うなら想像力を使って、身近な芸術として楽しんでほしい。私の歌詞は美術館みたいな感じであればいいなと常々思っていて。なので歌詞は自分事にしたくないんですけど、それでもエッセンスとして出てきてしまった自分が「なか」の歌詞にはあるのかもしれないです。
──すごく独特な距離感で歌詞と向き合っていますよね、中嶋さんは。
中嶋 そうですかね。メッセージ性が強いように思える歌詞を書いたときも、全然自分では思っていないことだったりするんですよ。昔「夢見がちな少女、舞い上がる、空へ」という曲を書いたんですけど、それはすごく語り口調の曲で、「この人、めっちゃ自分のことを語ってそう!」という感じの曲だったんです。でも私自身は全然その歌詞に共感していないし、こんな人もいるよなくらいの距離感の人のことを歌詞に書いただけ。自分の歌詞との距離感は確かに不思議です。自分のことを書くのが恥ずかしいというのはちょっとあるんですけどね。
外から受けた影響が与えた変化
──この「真っ黒」というアルバムは過去最高に風通しがいいアルバムだと思いますし、今までtricotが発表してきたどの作品よりも、心に寄り添ってくれるアルバムという印象がありました。何がそうさせているのか、先ほどの曲作りの変化以外で今作で新しく試みたことなどはありますか?
キダ 今回「なか」のアルバムバージョンは、アメリカで対バンしたChonというインストバンドのギタリスト2人にギターを入れてもらったんです。
中嶋 Chonは全米ツアーで27本一緒にライブをしたので、さすがに影響されましたね。暮らしている場所は離れているし、育ってきた環境も音楽をやっている環境も全然違うんだけど、だからこそ一緒にやったらどうなるのかを知りたくて、今回ダメ元でお願いしたんです。
ヒロミ あと例えば6曲目の「低速道路」みたいな、1曲として完成しきっていないような短い曲をインタールード的なものとして入れたんですよね。こういうのはtricotとして初めての試みでした。1曲目の「混ぜるな危険」もそんな感じの曲で。フワっとした完成していない状態の曲が入っているので、全体的には気張りすぎていない、いい具合に肩の力が抜けた感じにはなったのかなと。
──完成させすぎない状態の曲が、tricot的にアリになったのは、なぜだったのでしょうか?
吉田 そもそも「低速道路」は、歌が入る予定ではなくて、本当にインタールード用に作っていたんですけど、途中でイッキュウが歌を入れてくれたんだよね?
中嶋 うん、もうちょっと言葉があってもいいんじゃないかと思って。
吉田 で、それがすごくよかったから、インタールードじゃなくて、ちゃんとタイトルを付けて1曲にしました。
キダ あと、私が小袋(成彬)くんのサポートをやらせてもらっているんですけど、彼のアルバムにすごく短い曲があって。ライブだと尺を伸ばして、メロディや歌詞も増やしてアレンジして演奏するんです。tricotでもそういうのをやってみたいなと思ったんですよね。それであえて完成させずに、ライブで完成させるような曲を入れました。
中嶋 今まさに「混ぜるな危険」のライブ用のアレンジをしているんですけど、音源では1番で終わりみたいな感じやけど、実際には2番もあるみたいな感じになっています。
──わかりました。改めて、中嶋さんはこの「真っ黒」を聴き返したとき、どんな印象を持たれましたか?
中嶋 なんやろう……「真っ黒」は今までの作品の中で一番聴いたあとに感動します。「この曲、すげえ! やべえ!」みたいな感動ではなくて、もっとじんわりする感じ。スッと自分の中に入ってきて、心が揺さぶられて、温かくなるような感じというか……別に、優しいことを歌っているわけではないし、それなりにガシャンとやっている部分もあるんですけどね。でも基本的に音の運びが美しいと思います。それは歌のメロディだけじゃなくて、それぞれの楽器のメロディも、リズムも全部。強さもあるし、優しさもあるアルバムになったと思います。
ツアー情報
- tricot「真っ黒リリースツアー『真っ白』」
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- 2020年2月1日(土)福岡県 DRUM Be-1
- 2020年2月2日(日)広島県 広島セカンド・クラッチ
- 2020年2月11日(火・祝)兵庫県 MUSIC ZOO KOBE 太陽と虎
- 2020年2月16日(日)北海道 SPiCE
- 2020年2月22日(土)宮城県 仙台MACANA
- 2020年2月24日(月・振休)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
- 2020年3月6日(金)大阪府 なんばHatch
- 2020年3月14日(土)東京都 Zepp DiverCity TOKYO