ボカロPのjohnによるソロプロジェクト・TOOBOEのメジャー2ndシングル「oxygen」が配信リリースされた。
4月発表の1stシングル「心臓」から2カ月というスパンでリリースされる本作は、作詞・作曲・歌唱はもちろん、すべての楽器の演奏をTOOBOE自身が担当した1曲。ファンク経由の濃密なグルーヴ、キャッチーな旋律、ディープな心象風景を映し出す歌が1つになったアッパーチューンに仕上がっている。
音楽ナタリーではTOOBOEとかねてから親交のあるyamaの対談をセッティング。「oxygen」の話題はもちろん、2人の出会いや、お互いがシンパシーを感じるポイント、TOOBOEが提供したyamaの楽曲「真っ白」「麻痺」などについて語ってもらった。
取材・文 / 森朋之撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)
yamaが考える、TOOBOE楽曲の魅力
──まずはお二人の交流の始まりから教えていただけますか?
yama 自分が楽曲提供をお願いしたのがきっかけですね。その前からTOOBOEさんの楽曲はずっと聴かせてもらっていて、音の使い方が個性的なのと、口ずさみたくなるキャッチーなメロディラインがすごく好きだったんです。
TOOBOE 僕はyamaさんの歌い手としての活動はもちろん知っていて。既存曲のカバーを聴いて、「原曲へのリスペクトを持っている人だな」と思っていたし、個人的にも好きなこめだわらさんや、くじらくんの曲も歌っていたので、ずっと意識していました。歌声も唯一無二で、とにかくすごいなと。
yama ありがとうございます。曲をお願いしたときも、快く受けてくださって。提供していただいた「真っ白」と「麻痺」はタイアップ曲で、それぞれテーマがあったんですよ。
TOOBOE 「真っ白」は恋愛リアリティショー(「恋愛ドラマな恋がしたい~Kiss On The Bed~」)の主題歌で、アニメ「2.43 清陰高校男子バレー部」のオープニングテーマですね。それを踏まえて、yamaさんが歌うなら、どういう曲がいいだろう?と考えて作りました。
──TOOBOEさんの楽曲を歌ってみていかがでした?
yama 「真っ白」のレコーディングはかなり大変でしたね。もともとバラードは得意ではないので、すごく時間がかかってしまいました。TOOBOEさんの楽曲はすごくキャッチーで歌いやすそうなんですけど、実際に歌ってみるとめちゃくちゃ難しいんですよ。
TOOBOE 申し訳ない(笑)。
yama (笑)。キーを何度か変更したり、仮歌の段階から何度も歌い直しました。
TOOBOE 曲を作るときはyamaさんの声を脳内再生するんですけど、デモ音源は僕が歌っているんですよ。yamaさんと僕では声質のおいしい部分が微妙に違っているので、そこをフィットさせるのが大変だったのでは?
yama でも、だからこそ、ちゃんとやり切ったときに新鮮さが出るんですよ。予定調和にならず、思った以上に面白くなるというか。噛み砕くまでの時間がかかりますけどね(笑)。
TOOBOE 僕としても「yamaさんがやったことがないことを提案したい」という欲があって。簡単なカテゴライズになりますけど、yamaさんにはシティポップのイメージがあったと思うんですよ。自分がくじらさんからバトンを引き継いだわけですけど、似たようなことをやると影武者みたいになっちゃうし、「だったら違うことをやってみよう」と。
yama 自分も「振り幅を広げたい」という気持ちがずっとあって。確かにこれまでは都会的なサウンドだったり、いわゆるシティポップみたいなテイストが多かったので、TOOBOEさんの楽曲はすごく新鮮でした。歌詞にもめちゃくちゃ共感する1行が必ずあって。「麻痺」の「このステージに立ってる意味を 今も忘れたくないよな」がそう。ライブで歌うたびに自分の気持ちとリンクして……あれは狙ってたんですか?
TOOBOE うん、狙ってました(笑)。「麻痺」を作っていた時点では、yamaさんはまだライブをやってなくて。「この先、ライブの予定がある」ということは聞いていたので、応援歌のような感じになるといいなと。
yama なるほど。実際、1人でステージに立つときの怖さもあるし、同時に「ステージに立っている意味を忘れたくない」という気持ちもあって。人間らしい矛盾が表現されているんですけど、汲み取る力がすごいと言いますか、「yamaが歌うことを考えて書いてくれたんだな」と実感しましたね。
TOOBOE 僕自身、ビビりなんですよ。「麻痺」というタイトルも本番のときの痺れるような怖さを表現していて。
yama 本番、怖いですよね。
TOOBOE 今だから言えますけど、僕自身はタイアップのお話を聞くまでバレーボールのことを全然知らなくて。試合前の怖さはライブ本番前の怖さと共通するところがあるだろうと考えて「麻痺」の歌詞を書いたんです。
yama アニメの緊張感とアーティストの心情を重ねているのがうまいですよね。
TOOBOE アニメを知らない人にも聴いてほしかったし、アニソンの枠を超えることも課題でした。結果、たくさんの人に聴いてもらえたのはよかったです。
TOOBOEはなぜ歌うのか?
──TOOBOEとしては今年4月にメジャーデビューして、アーティストとしての活動が本格的にスタートしましたけど、yamaさんはTOOBOEさんの歌に対してどんな印象を持っていますか?
yama すごく個性的で、大好きですね。さっきTOOBOEさんも言ってましたけど、デモ音源ではご本人が歌っていたし、自分としては「歌い始めたんだ!」という驚きはなくて、「そうだよね」って感じでした(笑)。今もいちリスナーとして聴かせてもらってます。
TOOBOE ありがたいです。以前から自分で歌うアーティストに憧れていたし、いつかはやってみたいと思っていて。“ボカロPからシンガーになる”という流れにおいて、米津玄師さんの存在がすごく大きいんですよ。成功の基準にもいろいろあると思いますが、ボカロPがシンガーになっても全員が売れるわけではないし、もし米津さんの位置を目指すとすれば、邦楽のてっぺんを目指すということになるので……。
──ハードルはめちゃくちゃ高いですよね。
TOOBOE そうなんです。自分で歌いたい気持ちはあるんだけど、「自分がやる意味はあるのか?」という葛藤もあって。レーベルのスタッフとも話し合って、やることにしたんですが、まだまだ試行錯誤は続いてますね。
yama そうなんですね。
TOOBOE うん。邦楽シーンの中で何年も聴かれる曲、例えばスピッツの「ロビンソン」のような1曲を作りたいという目標もあって。日本は声と歌詞を聴く文化が根付いているし、自分で歌うという手段を手に入れないとダメだと思った。yamaさんのようなボーカリストと組むことも考えてみたんですけど、自分の曲に一番フィットするのは自分の声だろうなと。提供曲に関しては歌う人を想定しているので、また違うんですけどね。
──1stシングルの「心臓」もそうですけど、歌詞の内容と声質がしっかりマッチしている印象があって。TOOBOEさんが影響を受けたことを公言しているスガシカオさんも、「あの声だから、あの歌詞が際立つ」というタイプのアーティストですよね。
TOOBOE 間違いないですね。
yama そういえば、以前TOOBOEさんの楽曲を聴いて、「スガシカオさんの要素があるな」と感じたことがあって。アーティストの方に「〇〇に似てますね」って言うのは、もしかしたらすごく失礼な感想かもしれないと思いながら、TOOBOEさんに伝えたことがあるんですよ。そしたら「そうなんです」とおっしゃっていて。
TOOBOE 影響を受けた存在について隠そうとする人が多いけど、僕は言っちゃいますね。いろんな曲にスガさんのエッセンスは出ていると思います。もちろん、自分の声、自分のキャラクターによって響く曲はどんなものだろう?というのもすごく考えますが。
yama どの曲にもTOOBOEさんの個性が全面に出てますからね。
リスナーに喜びと裏切りを
──では、TOOBOEさんのニューシングル「oxygen」について聞かせてください。1stシングル「心臓」はTOOBOEさんのポップ性が出ている曲でしたが、今回の「oxygen」は音楽的にもかなり尖っていますよね。
TOOBOE 「心臓」は僕なりにヒットを狙っていたんです。「これがTOOBOEだ」という名刺代わりになる曲であり、メジャー1stシングルらしい聴きやすさ、元気さ、勢いも意識していて。チームのスタッフと話し合いながら作り上げたんですが、2ndシングルはめっちゃ変なことをやりたかった。邦楽のシーンでは歌を前に出すのがセオリーだと思うんですけど、「oxygen」は結果的に「どの音を聴けばいいかわからない」というミックスになっていて。
yama あ、それは狙ってやってたんですね。
TOOBOE そうそう(笑)。「心臓」はギタリストの飯田"MESHICO"直人さんに参加してもらったんですけど、今回はすべての楽器を自分で弾きました。なので音にも自分の癖が出てるし、楽曲として精神の深層まで表現できたんじゃないかなと思っています。もともと変な曲が好きだから、それを前に出したということですね。
yama スガシカオさんっぽいファンクの要素がありつつ、1つひとつの音がめちゃくちゃ変わっていて。確かにTOOBOEさんの個性が全開ですね。
──歌詞もすごく独創的ですよね。
TOOBOE 歌詞に関して言うと、“やりたい”“行きたい”というモチベはあるんだけど、結局やらないという感じですね(笑)。冒頭の4行(「昨夜 貴方が話した後悔の事 / まるで人間の様だと思いました / 『力抜いては如何』と言ってはみたが / 『それはそれで気が滅入る』と仰いました」)を聴いたときに、めんどくささが伝わるといいなという気持ちもあって。
yama なるほど(笑)。
TOOBOE ただ「私はめんどくさい」とは書きたくないんですよ。風景描写や会話を通して心情を描くことにチャレンジしているので。あと、「~ました」みたいなしゃべり口調が歌詞に入ってるのも珍しいのかなと。情景が浮かぶようで浮かばない、よくわからないけどめんどくさいなと思ってもらえたらうれしいです(笑)。
yama ほかの曲もそうですけど、TOOBOEさんの歌詞って、調べないとわからないような言葉がないですよね。
TOOBOE うん。難しい言葉は使わないようにしてるからね。
yama なのに歌詞全体は説明的ではなくて、たまに難解だったりするんですよ。提供していただいた曲で言うと「クローバー」がそうで、食事の風景が描かれているんですけど、どうしても歌詞に込められた意図を聞きたくて「教えてください」と連絡したら、「食事と感情は同じなんだよね」って。
TOOBOE 感情も飲み込んだり、噛み砕いたり、咀嚼するものだし、食事と似てるんですよね。「oxygen」でも“食卓”という言葉を使っていて。
yama そう、「“食卓”がある!」と思いました。「oxygen」もそうですけど、TOOBOEさんの歌詞には毒気だったり、人間臭い部分がすごくあるんですよね。
──もちろんTOOBOEさん自身のリアルな思いも反映しているんですよね?
TOOBOE 「これを聴いてほしい」というのもありますけど、リスナーが喜んでくれそうなワードを探しているところもあって。「これが聴きたかった」と思ってほしいし、「こんなの聴いたことがない」という裏切りをグラデーションにしている感じですね。
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TOOBOEとyamaに共通する“ルーザー”的感覚