音楽ナタリー Power Push - 冨田ラボ
本人解説で迫る新世代と作った極上ポップス集
冨田ラボが約3年ぶりとなるアルバム「SUPERFINE」を発表した。
4thアルバム「Joyous」では原由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆうといった世代の異なるボーカリストが参加していたが、本作ではSuchmosのYONCE、never young beachの安部勇磨、水曜日のカンパネラのコムアイ、CICADAの城戸あき子、ceroの髙城晶平、坂本真綾、AKIO、藤原さくらといった若手のボーカリストを起用。冨田のさまざまなサウンドアプローチが光る、極上のポップアルバムに仕上がった。
プロデューサーとして多忙を極める中で制作された「SUPERFINE」。今回は、冨田本人による全曲解説という形でその魅力に迫る。
取材・文 / 秦野邦彦 撮影 / 緒車寿一
撮影協力 / Red Bull Studios Tokyo
若いボーカリストたちならフレッシュさが際立つ
──昨年の12月から制作が始まったという5thアルバム「SUPERFINE」ですが、さらにさかのぼれば2014年12月に開催された「即興作編曲SHOW」(参照:冨田ラボ、ビルボードで新アルバム「作編曲SHOW」繰り広げる)が起点ですよね?
そうです。あの日を初日と銘打って観客の前でゼロから始めたんですけど、そのとき録った音源はモチーフとして「雪の街」の一部にそのまま生かされてます。そのあとプロデュースの仕事(ももいろクローバーZ「青春賦」、矢野顕子「大丈夫です」など)がしばらく続いたため、冨田ラボの作業は2015年の夏秋ぐらいまで中断してしまって。
──今回のアルバムはロバート・グラスパーやHiatus Kaiyoteといった現代ジャズの影響を随所に感じました。
ここ数年、現代ジャズ周辺のものが面白いなと思っていて、実際に「即興作編曲SHOW」にも要素として入っていたんです。プロデュースワークでもbirdの「Lush」というアルバムは、完全にそっちの方向を向いていたり。なので、冨田ラボの5thアルバムに関してもその方向でちょっとやってみようかなと思っていました。
──2014年に書籍「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」を上梓した影響もありますか?
今考えると、かなりあったと思います。それまでは僕の基本的なアプローチって1970年代、80年代のシミュレーショニズムだったんです。ディテールにこだわりつつ、ポップスを作る。ドナルド・フェイゲンの「The Nightfly」はそういう考え方に通じるものがあるし、僕もそういう考え方でやっていたんだけど、テキストにしたことで何かケリがついた気がして。そのあたりからシミュレーショニズムにこだわることなく、リアルタイムで起きてるジャズ周辺のものに興味があれば、それを自分の制作にも躊躇なく反映できるようになったというか。
──ボーカリストは若い世代が中心に集まりました。人選については?
去年の秋ぐらいからどういうアーティストと一緒にやろうかっていう打ち合わせを始めて、自分のサウンドが少なからず変化している実感があったので、自分がワクワクしながら作った楽曲はリスナーの方にもなるべく同じような気持ちを味わってほしいなと思って。今までまったく僕と接点のなかった若いボーカリストたちなら、よりフレッシュさが際立つんじゃないかなと思ったんです。そこからスタッフ含めみんなでいいと思うバンドの音源をたくさん聴いて。藤原さくらさんも、頼んだ時点では月9(フジテレビ系ドラマ「ラヴソング」)に出るとか全然知りませんでした(笑)。単純に僕が作る曲でこんな声の人がいたら、こういうアプローチができるみたいなインスピレーションが浮かぶ人を選んでいった感じです。
Bite My Nails
feat.藤原さくら
──今回は「SUPERFINE」が完成に至るまでのお話を、収録順ではなく冨田さんが作曲した順に伺わせてください。藤原さくらさんを迎えた「Bite My Nails」が最初のとっかかりになったとか。
僕には珍しく締切を20日ほど過ぎちゃったんです。最初だから何作ってもいいわけですから。リズムの訛りを強調したものはやりたいだろうなとか、アッパーなものもどうせやるだろうとかいろいろ考えたんだけど、アルバムとして考えたときに曲の構造としてスタンダードなものは絶対欲するとわかっていたので、最初にスタンダードで強度の高いものを作ればそのあとの自由度が増すだろうと思って。
──そこから作詞を鴨田潤さん(イルリメ / (((さらうんど))))に依頼されて。
鴨田さんは以前「エイプリルフール」(「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」収録)でご一緒したことがあるので、彼の書く詞はこの曲調には合うとわかっていたんです。その時点でチェンバーオーケストラふうのアプローチでいこうというのは決めていたと思います。
──アコースティックベースの響きが印象的です。藤原さくらさんはブルースの表現も上手ですね。
藤原さんだったらブラックミュージック的な要素ではなく、現代ジャズをフォーキーな方向に寄せたものがたぶん合うだろうと。とにかく声が独特なので、彼女の声のいいところを引っぱり出せるような曲を書きたかったんです。20歳の彼女がこのメロディを歌うところを想像しながら作ったんですが、想像した以上に歌ってくれました。
Radio体操ガール
feat.YONCE
「Bite My Nails」が思ったように仕上がったので、「よし! 1曲確保できた」という気持ちがあって、弾けましたね(笑)。加藤さん(丈文 / かせきさいだぁ)が素晴らしい歌詞を書いてくれたおかげでさらに倍、弾けましたし。加藤さんが作詞したキリンジの「車と女」(アルバム「3」収録)という曲があるんですけど、一緒に仕事をするのは15年ぶりだったので、家に来てもらって打ち合わせをしたんです。最初の時点で彼はすでに「『Radio体操ガール』ってよくないですか?」って言ってて。さらにスキャットマン・ジョンの名前まで出してきて、「加藤さんすげえなあ」と思いました。「でも、全部スキャットじゃないよね?」って話はしましたけど(笑)。加藤さんはラッパーでもあるから、期待通りの歌詞を書いてくれました。
──YONCEさんも、Suchmosとは異なるタイプの楽曲に挑戦されています。
全然違いますよね(笑)。YONCEさんも家に来て、まずキー合わせをやったんです。覚えづらい符割りをがんばって覚えてくれて。歌入れはこの曲が最初だったんですけど、すごくいいテイクをいっぱい残してくれました。これくらい音符が連なるような曲は、アタッキーではない滑らかな声の人に歌ってほしいというのが僕の考え方だったんです。あと、こういうファンクっぽい曲って日本語の歌詞を乗せる場合、コミカルに寄せる手法が多く、声音によってはそれが勝ってしまうんです。そうじゃない方向に行くためには、声の表情が重要になってくる。その意味でどうしてもYONCEさんに歌ってほしかったんです。
──この曲はベースラインもユニークだなと思いました。
最初は全部シンセベースでやってたんですけど、昨年末に新しく6弦ベースを買いまして。来たときちょうど「Radio体操ガール」のトラックがPC上に開かれていたので、試しに弾いているうちにああいうフレーズが思い浮かんだんです。
鼓動
feat.城戸あき子
城戸さんも早い時期からCICADAを聴いて、「鼓動」のようなゆったりした曲調のものを歌ってほしいと思っていたんです。「Radio体操ガール」は、なるべくコードに語らせるより、そうではない要素でストーリーを作っていこうと考えた結果なんですけど、「鼓動」に関してはメロディが繰り返しでコード進行が変わっていくというタイプの曲で。僕が昔から得意なやり方なので、1日でフルコーラスできました。3コーラスのサビに関してはメインボーカルを録音したあとにひと回り増やしたんですけど、それ以外はトラックの時点で全部できてましたね。
──その前に2曲できて、ひと安心なところもあって。
だんだんペースがつかめてきたっていうのもあるんじゃないですかね。最初は気負いもあるし、全体の成り立ちとかいろいろ考えてしまうじゃないですか。「Bite My Nails」「Radio体操ガール」という両極端の曲ができたことで気構えもちょうどいいぐらいになって。作曲に関しては一番すらすらっとできた印象があります。
──城戸さんのボーカルもしっとりしてて合ってますね。
CICADAを聴いて、城戸さんはすごくかわいい声とちょっと大人っぽい声の2種類あるなと思ったんです。どちらも魅力的なんだけど、今回は大人っぽいほうで歌ってもらうといいかなと思ってキー設定もそう聞こえるほうを選びました。
次のページ » 雪の街 feat.安部勇磨
- ニューアルバム「SUPERFINE」2016年11月30日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
- 完全生産限定盤 [CD+DVD+BOOK] 4536円 / VIZL-1040
- 通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64627
CD収録曲
- SUPERFINE OPENING(instrumental)
[作曲・編曲:冨田恵一] - Radio体操ガール feat.YONCE
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:かせきさいだぁ / ボーカル:YONCE(Suchmos)] - 冨田魚店 feat.コムアイ
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:ケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ) / ボーカル:コムアイ(水曜日のカンパネラ)] - 荒川小景 feat.坂本真綾
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:堀込高樹(KIRINJI) / ボーカル:坂本真綾] - ふたりは空気の底に feat.髙城晶平
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞・ボーカル:髙城晶平(cero)] - Bite My Nails feat.藤原さくら
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:鴨田潤(イルリメ、(((さらうんど)))) / ボーカル:藤原さくら] - 鼓動 feat.城戸あき子
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:若林とも(CICADA) / ボーカル:城戸あき子(CICADA)] - 雪の街 feat.安部勇磨
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞・ボーカル:安部勇磨(never young beach)] - 笑ってリグレット feat.AKIO
[作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:Avec Avec(Sugar's Campaign) / ボーカル:AKIO] - SUPERFINE ENDING(instrumental)
[作曲・編曲:冨田恵一]
完全生産限定盤DVD収録内容
TOMITA LAB STUDIOやRed Bull Studios Tokyoで撮影された、本アルバム制作の全容が分かるレコーディングドキュメント映像を収録。
isai Beat presents 冨田ラボ LIVE 2017
2017年2月21日(火)東京都 LIQUIDROOM
冨田ラボ / 冨田恵一(とみたらぼ / とみたけいいち)
1962年生まれ、北海道旭川市出身。大学在学中にギタリストとしてミュージシャン活動を開始し、1988年にはユニット「KEDGE」でアルバム「COMPLETE SAMPLES」を発表。1990年代後半にはプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせ、最初に手がけたキリンジが圧倒的な支持を得る。2000年にはMISIA「Everything」がダブルミリオンセラーを記録。2003年からはソロプロジェクト・冨田ラボの活動も並行して行い、「Shipbuilding」「Shiplaunching」「Shipahead」という3枚のアルバムを発表した。2011年3月にはプロデューサーとしてのキャリアをまとめた初のベストアルバム「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」を、2013年10月には原由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆうをボーカルとして迎えた4thアルバム「Joyous」を発表した。2014年に初の音楽書「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」を刊行し好評を博す。2016年11月に若手ボーカリストを起用した5thアルバム「SUPERFINE」をリリースした。