ナタリー PowerPush - 冨田恵一

ポップマエストロの壮大な記録 冨田サウンドの設計図を紐解く

ふくよかなサウンドと美しい旋律で、多くの人の心をとりこにするポップス界のマエストロ、冨田恵一。彼のプロデューサーとしてのキャリアをまとめた、初のワークスベストアルバム「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」が完成した。

今回ナタリーでは冨田のもとを訪れ、ロングインタビューを敢行。プロデューサーとしての姿勢や制作現場の裏側、そして“冨田恵一×坂本真綾×イルリメ”という豪華なコラボレーションが実現した録り下ろし曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」など、さまざまな角度から冨田サウンドの秘密に迫った。

取材/唐木元 文/臼杵成晃

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これでも全然足りないぐらい

──冨田さんのプロデュースワークをまとめたアルバムというのは本作が初ですが、そもそもの言い出しっぺというか、どなたの発案がもとになっているのでしょうか?

「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」 DVD場面

言い出しっぺは誰だったかなー。実はすごく前なんですよ、こういった作品を作ろうと考えたのは。冨田ラボで3枚目のアルバム「Shipahead」(2010年2月発売)を作る前、avexと契約する段階ですでに「3枚目の次にはベスト盤的なものを出すといいんじゃないか」って話してたんです。とはいえ、ベスト盤といっても冨田ラボだとまだ3作品だし、それなら僕個人のやってきたプロデュース仕事を広くまとめたほうが、何かカラーのあるものを作れるんじゃないかと。これほどのボリュームになるとか、そういうことは全然考えていなかったですけど。

──初回限定盤のボックスセットはCD3枚、全47トラックにドキュメンタリーDVDという、結果的にものすごいボリュームになりましたね。

僕はおそらく仕事量は決して多いほうではないと思うんです。でもそのおかげで1つひとつの仕事を全部覚えてますし、忘れてしまっているものがない。だからこのボリュームでも全然足りないぐらいで、入れたくても収まりきらないものが結構ありました。

──仕事量はご自身でバランスをとっているのでしょうか。「この依頼は受けよう、これはちょっと」という判断はどのように?

スケジュール以外の問題で断ってるようなことはないですね。

──「自分の守備範囲とは全然違うところから来たな」みたいな、そういうことはありませんか?

まず歌が入ったものを聴いて「こういうふうにしたら面白いんじゃないか」っていうのが浮かべばやりたくなるんだけど、「なんで僕のところに?」と思うときでも、大体は何かしら面白くなるであろう要素が浮かんじゃう。断る一番の理由としてはやっぱりスケジュールで。僕は複数の仕事を並行してはできないので、何かをやってる期間にほかの依頼が来ても、それはちょっとお受けできない。

──プロデュース業まで含めて自分の作品としてコントロールしてる、とかいうことはないんですね。

ええ。でもほとんどは、依頼してくださる方が「冨田さんだったらきっとこれを面白い感じにしてくれる」って読みがあって依頼してくるはずなので、「これはやりようがないな」っていうのはないですよ。面白くできると思ったものしかやってないし、しかもそれほど断っていないということは、そういうことなんだと思います。

「プロデューサー冨田恵一」と「冨田ラボ」

──その「冨田さんだったらこういう感じに」というイメージについて、ご自身では自分のサウンドの特徴、自分のカラーをどういうものだと思われますか?

すごく具体的に言ってしまうと……ハーモニー的にはジャジーというか、複雑な要素が含まれてることが多いと思いますね。あとリズムとしては、ストレートな8ビートは少なくて16ビートが多い。それから、バラードを依頼された場合は顕著ですが、やはり豊かなストリングスアレンジなどにも期待されているのではないかと。

──その“複雑さ”の部分ですが、このリスナーがターゲットならこのぐらいのストレートさにしておこう、といった、手加減とは違いますが、抑制をなさっていることはありますか。「フルスロットルの冨田恵一」みたいなものがあるとするなら、その音を聴いてみたいとも思うのですが。

どうなんでしょうね。みなさんが思ってるよりは手加減とか考えてないと思いますよ。「歌モノ」というフォーマットの中では、どちらかと言うと複雑なハーモニーが含まれてることが多いと思いますけど、含まれていても普通に歌モノとして聴けるようにできてるとは思うんですね。それは手加減したからそうなっているのではなくて、それが歌モノとしてのベストだと判断してるからなんですよ。

──音楽的に高度であることより、歌モノとしての完成度のほうが優先されるということですね。

もちろんです。例えば、より厳しい(不協和度の高い)ハーモニーが浮かんだとします。でも歌と一緒に聴いたとき気が削がれる部分があったとしたら、僕は迷わずシンプルにします。それが僕にとってはよりベターだし、そうして作ったものが僕にとってのべストなんですね。どの作品でも「そのシンガーがその曲を歌ってるときにベストな音楽とは何なのか」というような感覚しかなくて。そこに関してはいつもフルスロットルだと思います。

──冨田ラボでもそのさじ加減は変わらない?

あんまり変わらないですね。ただ、冨田ラボにかかわらず自分でメロディも書いてる場合は、メロディとコードの関係性から考えることができるから、自由度は高いですね。コードを複雑にしなくても、メロディの情報量を多くすればイージーなコードでも十分になったりしますので。

──情報量というのは具体的にはどういうことですか?

「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」 DVD場面

例えば使うコードはひとつ、メロディも黒鍵を使わない素直なものであっても、そのシンガー特有の歌い回しがフィーチャーできてたりすると、そこから取り出せる情報量は僕にとって、コードが2、3個変わるものに匹敵するか、それ以上に大きい情報量だったりするんですね。もしくはギターの響きを聴かせたいのにコードチェンジが複雑だと、カッティングよりコードに耳がいってしまうこともある。どれを優先するかは、そのとき僕が何を作っていて、何を目指している曲なのかにもよるので、ときどきによって違いますね。それが歌詞の場合もあるし。

──どこを目指して選んでいくかという感覚は、常に見失わないように持っている?

そうですね。基本的なスタンスとして僕がいつも思ってることは、メロディ、ハーモニー、リズムという音楽の基本的要素が曲の始まりから終わりに向かって動いていく中で、より感情が高揚するような音楽を作りたいということなんです。その時間軸の経過の中で何をどう訴えるのか、それによってどんな感情の変化を聴き手が起こすのか、そこにやはり敏感になってると思います。

──そういった都度都度でのジャッジメントの集積が、総体としての“冨田ワークス”を形作っているということでしょうね。

自分1人で自宅で作っているときから、スタジオで楽器を録るとき、歌を録るとき、そのすべてにおいての、細かいジャッジの積み重ねですよね。だから僕はハッキリ「これが冨田の感じだよ」とはなかなか自分じゃ言えないんですけども、すべてのジャッジメントに関して揺らがない基準というのはあると思いますね。

──ファンとしてはそこが細かーく知りたいんです(笑)。

はははは(笑)。でも自分では心理的にどうだというのは判断しかねるし、感情的な判断の理由を、あまり具体的にはしないようにしていますね、僕は。

──あまりアナライズしてしまうのも良くないんでしょうか。

僕は基本的に、すべてのことに関してかなりアナライズするほうなんですよ。微に入り細に入り、分析しつつ全体も見る、ということを常々やっているほうだと思います。だからこそかな、これは自分の根幹にかかわるであろう、と直感が働いたことに関しては、わりと放っておく。そこはそのままにしとかないと、何かが破壊されてしまうような感覚を持っているんです。どこかは残しておかないと。

──ピュアネスみたいな聖域を、心の中に。

うん、そうだね、言い方として間違いではないと思う。

「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」

  • 初回受注限定生産BOX SET [3CD+DVD] / 2011年3月2日発売 / 7350円(税込) / rhythm zone / RZCD-46838~40/B / Amazon.co.jpへ
[DISC 1] beautiful songs to remember 1
  1. エイプリルフール feat. 坂本真綾 / 冨田ラボ
  2. 楓 / 松任谷由実
  3. Ring / 平井堅
  4. WILL / 中島美嘉
  5. here it comes / 冨田ラボ
  6. REEEWIND!(Tomita Lab. Remix)/ m-flo loves Crystal Kay
  7. 眠りの森 feat. ハナレグミ / 冨田ラボ
  8. ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY / 冨田ラボ
  9. high noon / 冨田ラボ
  10. Why Not?(Tomita Lab. Remix)/ FPM
  11. ONE / AI
  12. falling / 羊毛とおはな
  13. color them green / 冨田ラボ
  14. マタ逢ウ日マデ2010~冨田流~ / RIP SLYME
  15. エイリアンズ / キリンジ
  16. パラレル feat. 秦 基博 / 冨田ラボ
[DISC 2] beautiful songs to remember 2
  1. landed one / 冨田ラボ
  2. vacant / LOST & FOUND performed by Miho Morikawa
  3. 罌栗(けし)/ 畠山美由紀
  4. 乳房の勾配 / 冨田恵一 feat. キリンジ
  5. PHARMACY / 冨田ラボ
  6. Get up! Do the right! feat. 佐藤竹善 & bird / FUTABA enjoy with 冨田ラボ
  7. 空(Tomita Lab. Remix)/ SOULHEAD
  8. BCC: / 冨田ラボ
  9. CHAIN / BONNIE PINK
  10. 東京の伝書鳩(goes to brazil)/ MIKI fr creole(ミキ・クレオール)
  11. ENDLESS SUMMER NUDE(Tomita Lab. Remix)/ 真心ブラザーズ
  12. 一角獣と処女 / 松井優子
  13. パレード / bird
  14. イカロスの末裔(Radio Mix)/ キリンジ
  15. piano improvisation 1 / 冨田ラボ
[DISC 3] Shipahead + april fool【demo edition】
  1. Holy Taint [original demo]
  2. ペドロ~消防士と潜水夫 [original demo]
  3. ペドロ~消防士と潜水夫 [w/lyrics demo]
  4. Shipahead [original demo]
  5. 夜奏曲 [original demo]
  6. 横顔 [original demo]
  7. 横顔 [simulated strings demo]
  8. パラレル [original demo]
  9. あの木の下で会いましょう [original demo]
  10. D.G [original demo]
  11. 残像 [original demo]
  12. エトワール [original demo]
  13. 千年紀の朝 [original demo]
  14. エイプリルフール [original demo]
  15. エイプリルフール [w/lyrics demo]
  16. エイプリルフール [instrumental]
DVD収録内容

「How to make a beauty」

  • 新曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」の制作ドキュメンタリー(収録時間:約55分)
  • 副音声(コメンタリー)による解説付き : 冨田恵一, Watusi(COLDFEET), 鈴木健治
SPECIAL BOOKLET
  • 山崎二郎(「BARFOUT!」編集長)による解説
  • 全曲の歌詞 / レコーディングデータ
  • ライター水上徹による全曲解説
  • 新曲「エイプリルフール feat. 坂本真綾」の冨田恵一本人による手書きスコア

通常盤 [CD] / 2011年3月2日発売 / 2940円(税込) / rhythm zone / RZCD-46841

  • Amazon.co.jpへ
CD収録曲
  1. エイプリルフール feat. 坂本真綾 / 冨田ラボ
  2. 楓 / 松任谷由実
  3. Ring / 平井堅
  4. WILL / 中島美嘉
  5. here it comes / 冨田ラボ
  6. REEEWIND!(Tomita Lab. Remix)/ m-flo loves Crystal Kay
  7. 眠りの森 feat. ハナレグミ / 冨田ラボ
  8. ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY / 冨田ラボ
  9. high noon / 冨田ラボ
  10. Why Not?(Tomita Lab. Remix)/ FPM
  11. ONE / AI
  12. falling / 羊毛とおはな
  13. color them green / 冨田ラボ
  14. マタ逢ウ日マデ2010~冨田流~ / RIP SLYME
  15. エイリアンズ / キリンジ
  16. パラレル feat. 秦 基博 / 冨田ラボ

冨田ラボ LIVE -COMBO-

2011年5月20日(金)東京都 ブルーノート東京
[1st]OPEN 17:30 / START 19:00
[2nd]OPEN 20:45 / START 21:30
出演:冨田ラボ
[冨田恵一(Key, G)/ 坂本真綾(Vo)/ 秦基博(Vo)/ bird(Vo)/ Hiro-a-key(Vo)/ 村石雅行(Dr)/ 鈴木正人(B/LITTLE CREATURES)/ 松本圭司(key, G)/ 山本拓夫(Woodwinds, Reeds)/ 西村浩二(Tp, Flugelhorn)]
料金:8400円
一般予約受付:2011年4月9日(土)
Jam Session会員予約受付:2011年4月2日(土)

冨田恵一(とみたけいいち)

1962年6月1日生まれ。北海道旭川市出身。大学在学中にギタリストとしてミュージシャン活動を開始し、1988年にはユニット「KEDGE」でアルバム「COMPLETE SAMPLES」を発表。1990年代後半にはプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせ、最初に手がけたキリンジが圧倒的な支持を得たことで大きな注目を集めた。2000年にはMISIA「Everything」がダブルミリオンセラーを記録。2003年からはソロプロジェクト「冨田ラボ」の活動も並行して行い、「Shipbuilding」「Shiplaunching」「Shipahead」と3枚のアルバムを発表した。2011年3月2日には、プロデューサーとしてのキャリアをまとめた初のワークスベストアルバム「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」をリリース。