ナタリー PowerPush - 冨田勲×宇川直宏
電子音楽の巨匠が描く新たな世界
冨田勲のアルバム「展覧会の絵 アルティメット・エディション」とライブ映像作品「イーハトーヴ交響曲 Blu-ray」が同時リリースされた。
「展覧会の絵 アルティメット・エディション」は1975年にリリースされ全米ビルボードチャートで1位を記録した名作「展覧会の絵」を再構築した完全盤。そして「イーハトーヴ交響曲 Blu-ray」は2013年9月に行われた初音ミクとオーケストラの共演の模様をBlu-ray Discに収めた作品となる。
この2作の完成を記念して、ついに冨田勲本人がナタリーに登場。冨田と縁の深いメディアアーティストの宇川直弘が聞き手となり、“電子音楽のパイオニア”にして“最高齢ボカロP”でもある巨匠・冨田勲の思想に迫った。
取材・文 / 大山卓也 撮影 / 宮腰まみこ
「FREEDOMMUNE」で感じたこと
宇川 去年冨田先生には僕らがオーガナイズした被災地支援フリーフェス「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」に出演していただいたわけですけど、あれは音楽史的に見ても、すごく貴重な出来事だったと思うのです。冨田先生ご自身が指揮者という立場ではなく、最初から最後までステージに登壇してフロアに音を放ちながら、パフォーマンスを行った。あの「FREEDOMMUNE」の体験は先生にとってどういうものでしたか?
冨田 僕はいつもどっちかというと裏方でね、これまであんまり表に出なかったんですよね。人前に出て演奏するということに慣れてなくて。でもうまくいってよかった。あのライブは素晴らしかったですね。後ろのほうを向いたら窓から朝日が差してましたからね。
宇川 太陽の黒点の影響が引き起こす自然現象で、磁力線の一部が地球に落ちて、採集アンテナのコイルを通過することによって、ハープやギターの弦を弾くような現象が起きる。そのノイズを「ドーンコーラス(暁の合唱)」と呼ぶわけですよね。
冨田 明け方のちょうど朝日が出る頃、磁気圏の真上、成層圏よりももっと上のほうに太陽からの微粒子が当たるんですね。そうすると一斉に森の鳥がさえずるみたいなサウンドが聞こえてくるんです。
宇川 先生が実体験としてドーンコーラスと出会ったのはいつだったのですか?
冨田 僕は、戦時中にいつ空襲警報があるかわからないからラジオをつけっぱなしにして寝ろって言われてたことがあって。それで明け方になるとね、鳥が一斉に鳴いてるような音が聞こえてきたんです。あの頃のラジオの電波は非常にクオリティが低くてノイズも多かったんですが、そのザーッっていうノイズの中に入ってきたんですよ。
宇川 最初に聴いたときは文字通り、暁の合唱だと思いましたか?
冨田 うーん、鳥の声のようでもあるし、なんだろうなあって……。それ以来、僕はこの電磁波によって引き起こされる自然現象、つまりドーンコーラスとの共演を実現させたくてね。「FREEDOMMUNE 0」が行われた幕張メッセでは、単なる物理的な実験じゃなくて、あの空間に集まった皆が共同体験としてドーンコーラスを分かち合いましたから。たいへん感動しましたね。でもよくみんな朝までいてくれたなあ(笑)。明け方の一番眠いときに、あんなリズムのない音楽をよく楽しんでくれた(笑)。
宇川 「FREEDOMMUNE 0」は言ってみれば、DOMMUNE主催の1万人規模のオフ会のようなものですからね。そう考えると、あの会場はあらゆる音楽を貪り食ってるリスナーが集まっていた現場だったということですね。リズムからも解放された生の電子音に純粋に反応できる耐性を受け手がすでに持っている。だからこそ過去作品も含めて、現在冨田先生の音楽に多くの若者が改めて感動を覚えるのだと思います。あらゆるダンスミュージックを浴びて、ノイズ / アヴァンギャルドを通過した耳は、最終的には純粋電子音や音響ダイナミズムに向かう傾向があります。
冨田 でも……これが電子音だってみんな意識してるかしら? コンピュータグラフィックスだって、非常に精密に描いたものであれば、実写との違いはわからないでしょう? だから僕としては、これは電子音でこういう趣向を凝らしていて、といった理屈はあんまり言いたくない。音楽として純粋に聴いてもらいたいという気持ちのほうが強いですよね。
宇川 神秘的な「宇宙の声帯」から発せられたドーンコーラスをも音楽と捉え共有してくださる先生が仰ると、あらゆる理論武装を無効にさせる説得力があります(笑)。
ノイズリダクションを外した理由
宇川 そして1975年に米ビルボードチャート1位を獲得した「展覧会の絵」が、今回「アルティメット・エディション」としてリリースされることになりました。今回の盤の特徴はリマスタリングされて4.0chサラウンドになっていること、追加楽曲があること。そして音源に施されていたノイズリダクションを外したことですよね。これは反転の試みですね(笑)。
冨田 クオリティで言うと逆戻りしてるかもしれないですね(笑)。
宇川 しかし、39年のときを経てノイズリダクションを外した意図というのは?
冨田 やっぱりノイズの迫力というものがありまして。当時のSPレコードを聴くと理解できるんですが、針を下ろしたときにまずスクラッチノイズが聞こえるんですね。プレス盤の素材の激しい劣化から生まれるノイズもありますが、1940年代のテクノロジーが刻んだ溝から生まれる独特の迫力がある。しかしその豊かさはデジタルを通過した現代になってようやく感じとることができるものです。「展覧会の絵」制作当時も、その時代の嗜好に合わせ、やはりノイズを軽減させて少しでも透明な音になるように処理をしてきたのですが、現代の耳で聞くとやはり迫力が物足りなく感じるんです。なので今回の「展覧会の絵」は逆にノイズリダクションを外してみました。エンジニア的な進歩の観点から見ると逆行しているのかもしれない。しかし純粋に音楽だけを楽しむ上では単にノイズがクリアになればいいというものではない気がしてきているんですよ。
宇川 やはりノイズが持つ豊かさに立ち返ったということですか? ノイズは時としてレコードの溝や銀盤の窪みに時代の空気を刻み、再生すればその時代環境の空気さえも鳴らすものであると。
冨田 まあノイズだけではないと思いますが、確かに音を鮮明にするために失われたものがあると僕は感じたので。今回ノイズリダクションを外したエディションを全体を通して聴くと、僕が最初に願ってたのはこの音だったなと実感できた。で、それはおそらくお聴きになった皆さんも感じると思うんですよ。
宇川 作品は再生させる時代と共に成長し、成長に伴って装いを変えるということですかね。言い換えれば今回冨田先生が「展覧会の絵」の額縁を大胆にも外し、むき出しの音粒を立ち表させた。僕はそんな印象として捉えています。
- ニューアルバム「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」 / 2014年3月19日発売 / 2940円 / 日本コロムビア / COGQ-67
- 「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
- 「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
収録曲
- プロムナード~こびと
- プロムナード~古城
- プロムナード~チュイルリーの庭
- ビドロ
- プロムナード~卵のからをつけたひなの踊り
- サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイレ
- リモージュの市場
- カタコンブ
- 死せる言葉による死者への話しかけ
- バーバ・ヤーガの小屋
- キエフの大門
- シェエラザード(リムスキー=コルサコフ)(ボーナストラック)
- ソラリスの海(J.S. バッハ)(ボーナストラック)
- ライブBlu-ray「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」2014年3月19日発売 / [Blu-ray Disc] 5040円 / 日本コロムビア / COXO-1074
- 「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
- 「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
収録内容
- 剣舞 / 星めぐりの歌
- 注文の多い料理店
- 風の又三郎
- 銀河鉄道の夜
- 雨にもまけず
- 岩手山の大鷲(種山ヶ原の牧歌)
- リボンの騎士
- 青い地球は誰のもの
特典映像
- 冨田勲インタビュー~岩手山を背に語る
- 「リボンの騎士」3D Version
冨田勲(とみたいさお)
1932年生まれ、東京都出身。大学在学中から作曲家として活動を始め、映画やテレビ番組などさまざまな分野で多くの作品を世に送り出す。1971年にモーグシンセサイザーを日本で初めて個人輸入し、新たなスタイルでの音楽制作を開始。1974年に発表した「月の光」が全米ビルボードクラシカルチャートの1位を記録し、日本人として初めてグラミー賞にノミネートされるなど世界的な支持を獲得する。近年は、宮沢賢治の作品世界を題材に初音ミクがボーカルを担当する組曲「イーハトーヴ交響曲」の公演を2012年11月より行ったほか、2013年7月には千葉・幕張メッセで開催された「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」に出演。「ドーンコーラス(暁の合唱)」のパフォーマンスで大きな反響を呼んだ。
宇川直宏(うかわなおひろ)
1968年生まれ、香川県出身。グラフィックデザイナー、映像作家、ミュージックビデオディレクター、VJ、文筆家、京都造形大学教授、そして“現在美術家”などなど、幅広く極めて多岐にわたる活動を行う全方位的アーティスト。2010年3月に個人で開局したライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」は、開局と同時に記録的なビューアー数を叩き出し、国内外で話題を呼び続ける。現在彼の職業欄には「DOMMUNE」と記載されている。2013年7月には千葉・幕張メッセにおいて東日本大震災被災地支援イベント「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」を開催した。