音楽ナタリー PowerPush - 土岐麻子

ソロ10周年で向き合った“ジャズ”と自分自身

これからスタンダードになりうるものを

──父親の曲に歌詞を付けて歌うという発想はどこから?

「STANDARDS」は、「September」だってみんな好きで歌ってるんだからスタンダードでしょ?っていう私なりの提案だったんですけど、もうそういう提案も必要ないぐらいカバーも流行ってるし、だったら「これからスタンダードになりうるもの」を入れたいなと思ったんです。そんな中で、そういえば父の曲で歌詞を付けて歌ったらいいかもなと思っていた曲がいくつかあるなって。

──父親の曲を歌うのってどんな気持ちなのかなと。……これはもしかしたらお父さんに聴いたほうがいいかもしれないですね。自分の娘が時空を超えて過去の自分の曲を歌っているのはどういう気分ですか?と。

どうなんでしょうねえ(笑)。そういえばそんな話したことなかったですね。でも父はこのアルバムの中で「After Dark」(オリジナルは1994年にリリースされた土岐英史のリーダーアルバム「THE GOOD LIFE」に収録)が一番気に入っているらしくて、そこはやっぱ自分の曲なんだーと思いましたけど(笑)。

──アルバム全体のアレンジは話し合いながら決めたんですか?

今回は主に父が私に確認しつつ決めていく感じで。例えば「Misty」をラテンのリズムでやるというのは父のアイデアで、「Californication」(オリジナルはRed Hot Chili Peppers)は最初「ボサノバかな」って父は言ってたんですけど、もっとゆるいジャズとボサの中間みたいな感じでだるーくやりたいって私から提案したり。大まかな方向だけ決めて、綿密な楽譜もなく、ヘッドアレンジだけ決めてレコーディングした感じですね。あと、1回それぞれの曲のピアニストと一緒にスタジオに入ってプリプロをしました。

細野晴臣とのデュエット

──あと「Christmas in the City」ではなぜデュエットの相手に細野晴臣さんを選んだんですか?

土岐麻子

この曲を私はブロッサム・ディアリーの曲と認識していたんですけど、ブロッサムのバージョンでは途中で作曲者のジェイ・レオンハートの歌が出てくるんですよ。1番でブロッサムがいい感じで歌って、2番から急に転調して男の人が歌い出すっていう。ずっとブロッサムが歌えばいいじゃんと思ってたし、自分で歌うときも1人で歌おうと思ってたんですよ。だけど聴いているうちに「なんで歌い分けしたんだろう?」と疑問が湧いてきて。それで歌詞をよく読んでみたら、俯瞰の情景描写みたいな歌だったんですね。誰か1人の恋愛の歌ではなく、それぞれのクリスマスが表現されているのかなって。すごく他人行儀なんですよ。デュエットなのに絡みも最後のほうしかないし。淡々とした、叙情的だけど感情的ではない感じ。舞台の上の端と端に座っている男女に、交互にピンスポットが当たって朗読劇は終わり、みたいなイメージが浮かんだんですね。

──あー、なるほど。

じゃあ誰かと歌うと言っても、日本人でこの淡々とした、熱さを出さず、でも温かくて優しい歌い方ができる男の人って誰だろうと考えたら「……まさに細野さんだ!」って。浮かんじゃった以上、どうしても細野さんと歌いたいという欲望が出てきて(笑)。

──これまで細野さんとそれほど親しかったわけではないですよね。

そうなんですよ。くるりのイベントではっぴいえんどの「風をあつめて」を一緒に歌ったり、細野さんのイベントにちょこっと出させてもらったことがあるぐらいで。でも今年ボサノバの名盤(「Getz/Gilberto」)の録音50周年のイベントでご一緒して、そのときに細野さんの歌を聴いて改めて素敵だなと思ったんですよね。それまで日本語の曲を歌う歌手としていいなと思っていたんですけど、ポルトガル語の静かに歌う雰囲気がすごくいいなって。

──あれだけ訥々と低い声で歌える人はあまりいないですよね。

ね。洋楽フィーリングも当たり前だけどすごくあって、もう細野さんしかいないなって。

──いわゆるコラボレーションとしては、ずいぶん贅沢な使い方だなと思ってたんですよ。デュエットなのに重ねて歌うわけではないし。でもさっきの舞台の端の情景描写の話を聞いてすごく納得しました。主人公2人ではなく、登場人物その1、その2ですもんね。

そうそうそう。細野さんと恋人の設定の歌はあんまり考えられないけど(笑)、この歌でデュエットしないともう機会はないんじゃないかって。2番の最後で「僕が1年で一番好きな時間」、「I」という一人称が初めてちゃんと出てくるんですよね。これを語っている人の本音がここで初めて出てきたみたいな。そこがまたクールすぎずいい歌だなと思うんですけど、イメージとしては、隣のマンションで暮らしている人たちみたいな。おはようございますぐらいは言うけど「そんな人住んでましたっけ?」みたいな(笑)。別々の人生を暮らしているけど、同じ街を共有している感じ。

「ほっこり落ち着いた大人」を受け入れて

──曲順はすんなり決まりましたか? 今回のアルバムは今までに比べたら抑揚が少ないから、案外難しかったんじゃないかと思ったんですけど。

スタジオでみんなで考えて、1時間ぐらいですんなりと決まりました。自然な感じで、なりゆきで聴けるようにしたかったんですよね。今まではずっと寝させたくないと思ってたんですけど(笑)、今回は驚かせたくなかったというか。途中で「それでですね」みたいな急な場面転換を入れたくなかったんです。

──この淡々と静かなムードは、曲調だけじゃなく曲順にもあるのかなと。

寝ればいいじゃんこれでと思ってますね(笑)。たぶん自分がそういう聴き方をしたくなってきたからなんですよね。

──その心境の変化って、どういう理由からだと思いますか?

私の場合はたぶん、老化だと思います(笑)。エイジングというか。大人になると、どんどんゆっくりになりますよね。子供は速くてうるさくて驚くものが好きなのに。私の音楽はそういうものだったはずなんだけど、単純に落ち着きたい時間が増えたし、さっきお話したような……バーで1人でお酒を飲んでる人たちってなんなんだろうってずっと謎で、ただカッコつけてるだけなんだろうと思ってたんですけど、そういう時間が必要になるものなんだなというのがようやくわかって。私は1人でお酒を飲むことはないんだけども、家で音楽を聴くその時間が、今までのような楽しみ方ではなく、自分を整理しつつ自分を忘れつつみたいな時間になってきたんですよね。

──確かに、あの時間ってなんなんだろうなってまったく理解できなかったけど、それなりの年齢を重ねるとなんとなくわかりますよね。「違いのわかる男」の時間というか。

そういうのヤだったんですけどね。大人になった人が急にほっこりしていくのって。自分でもリスナーとして変わんないでほしかったなあみたいな経験もありましたけど(笑)。

──あ、でもそういうふうに受け取るファンもいるかもしれませんね。「あ、土岐さんもほっこり落ち着いた大人になっちゃったんだ」って。

うんうん。でも今回はそこに一切の屈託やてらいを入れたくなかったから、そういう大人臭とかほっこり臭を感じ取られてもいいやって思いました。とにかく今自分が聴きたいものを作るっていう。

──これがエイジングであるとしたら、このあとはどうなっていくんでしょうね。

今は次のオリジナルアルバムを構想している真っただ中で、いっぱいいろんなことがよぎるんですよ。今回のアルバムの意味合いみたいなものをそのままオリジナルで……と考えた1時間後にレベッカのデビューアルバムを聴いて(笑)、あのドキドキ感を今なりに表現してみたいと思ったり。メジャーだからという考えを一切排除した超マニアックなものにしたかったりとか、超王道なものをやりたいとか、すっごい出てくるんですよ。だから次はどうなるか本当にわからないですね、今のところ。

カバーアルバム「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」 / 2014年11月19日発売 / 3240円 / rhythm zone / RZCD-59712
「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」ジャケット
収録曲
  1. In a Sentimental Mood
  2. Round Midnight
  3. Stardust
  4. Lady Traveler
  5. Misty
  6. The Look of Love
  7. Californication
  8. After Dark
  9. Smile
  10. Christmas in the City(Performed by 土岐麻子 & 細野晴臣)
  11. Cheek to Cheek

TOKI ASAKO 10th ODYSSEY
ソロデビュー10周年 感謝祭!!
どこにも省略なんてなかった 3952days

2014年12月6日(土)
大阪府 Billboard Live OSAKA
[1回目]OPEN 15:30 / START 16:30
[2回目]OPEN 18:30 / START 19:30
2014年12月11日(木)
愛知県 名古屋ブルーノート
[1回目]OPEN 17:30 / START 18:30
[2回目]OPEN 20:30 / START 21:15
2014年12月20日(土)
東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール
OPEN 17:00 / START 18:00

出演者
土岐麻子 / 矢野博康 / 鹿島達也 / 奥田健介(NONA REEVES) / 伊澤一葉(the HIATUS、あっぱ)
東京公演ゲスト:土岐英史

土岐麻子(トキアサコ)

1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2011年12月に初のオールタイムベストアルバム「BEST! 2004-2011」を発表。ソロデビュー10周年を迎えた2014年11月に「STANDARDS」最新作となる「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースした。