音楽ナタリー PowerPush - 土岐麻子
ソロ10周年で向き合った“ジャズ”と自分自身
土岐麻子は1999年、Cymbalsのボーカリストとしてメジャーデビューを果たし、プロとしてのキャリアをスタートさせた。その後2004年には、Cymbalsの音楽性とは離れたジャズのフォーマットでソロアルバム「STANDARDS~土岐麻子ジャズを歌う~」を制作し、ソロ活動を開始。今年でソロデビュー10周年を迎えた。
ジャズサックスプレイヤー土岐英史の娘として生まれた彼女が、紆余曲折を経てつかんだジャズの世界。10周年の節目にリリースする作品として、彼女は9年ぶりに改めて父とともにジャズのアルバムを作り上げた。ポップスシンガー土岐麻子はなぜジャズを歌うのか。今回のインタビューでは彼女の音楽への向き合い方、幼い頃から身近にあったジャズとの距離感、そして父との関係についてじっくりと話を聞いた。
取材・文 / 臼杵成晃
狙い澄ました感じは一切いらない
──今作は「STANDARDS」シリーズとしては4作目ですけど、過去3作とは大きな違いを感じました。およそ9年ぶりで時代背景やご本人の意識も大きく変わっているとは思うのですが、簡単な線引きをすると、クラブでかけられないアルバムというか。クラブミュージックの流れを汲むジャズとは一線を画す、ド真っ向のジャズだなと。
今回作るとしたらそうだなと思ったんですよ。私たちが音楽を始めた頃は、狙い澄ました時代というか、どんな人にどんなふうに解釈されたいかということを常に意識するクセが付いていて。2004年に「STANDARDS」の1作目を作るときはそういうところから離れた、声に焦点を当てたもので勝負したいと思ったんです。その裸一貫感はそれまでとは真逆だったし、そういうのも面白いかなという狙いもありつつ。
──裸一貫の自分を表現する形態として選んだのがジャズだった。
はい。なぜそこでジャズを選んだのかというと、ジャズが好きだったから、ジャズのファンだから、ジャズのよさを知ってるから……という考えもありつつ、ジャズというフォーマットが“驚かし”にもなったからだと思うんです。Cymbalsと並行してやるにはすごく面白いんじゃないかと。そのときはまだ解散が決まってなかったから。
──Cymbalsと違う表現方法で音楽をやる、という狙いもあったんですね。
純粋な欲求と狙いが常にあって、選曲に関してもやっぱり“驚かし”みたいな要素があったんです。スタンダードって別に決まった古い曲だけじゃなくて、みんなが気に入った曲ができて、それをいろんな人が好きで歌っているだけなんじゃないかなって。スタンダードという大きな川の流れの中に「September」(Earth, Wind & Fireが1978年に発売したシングル)や「Human Nature」(マイケル・ジャクソンが1983年に発表したシングル)みたいな曲を入れて、それをきっかけにジャズを知ってもらうみたいな狙いもあって。純粋なスタンダードナンバーは、今までだと逆にポップに聴かせたいと思っていたけど、今回はそういう驚かしだとかポップに聴かせたいみたいな狙い澄ました感じは一切いらないなと思ったんです。誰にどう聴いてほしいという欲求とは無関係に、静かなフィーリングの音楽が作りたくて。
──なんでそう思ったんですか?
ビバリー・ケニーという大好きなジャズシンガーがいるんですけど、彼女はアップテンポな曲でも歌がなんというか……静かなんですよ。緻密で静かなフィーリングにあふれているんです。ゆったりしたいとき、モヤモヤしたときに、声そのものにいろいろな情報がある人の曲をかけていると、すーっとその歌を追っていけるというか、純粋に歌の世界に引き込まれてモヤモヤを忘れるみたいな。気持ちをゆったりさせる方法は人によっていろいろあると思うんです。バーで1人お酒を飲んだりタバコを吸ったり。私は音楽でそのやり方を見つけたというか。ビバリー・ケニーとか、ノラ・ジョーンズもそうなんですけど、声を聴いているだけでカラフルになる感じ。音楽性とか曲のよしあしとか構成とかじゃない、そういうアルバムにしたかったんですよ。ホントにイメージでしかないから、言葉にするのは難しいんですけど。
父と音楽
──ジャズとの向き合い方において、やっぱり父親がジャズマンだったというのは大きいですか? 当然の話、一般家庭で育つよりも多くジャズと接する機会はあったと思うんですけど、ジャズではない音楽人生を選びましたよね、初めは。
自覚的ではなかったですね、全然。当たり前のようにジャズがあったし、もちろんたくさんのレコードがあったけど、ジャンルの線引きがよくわからなかったんですよ。日本語か英語かぐらいの違いしかなくて、山下達郎さんとかは特別枠みたいな。父の演奏を観に行っても、ジャズだったりフュージョンだったりするんだけど、そこに線引きはなくて。子供の頃で覚えてるのは、ライブでもレコードでも、すごく集中して聴いてたこと。完全に無なんですけど(笑)。「これなんて曲?」とか「これは誰が歌ってるの?」とか質問事項すら浮かばない感じでしたね。
──お父さんが芸能の仕事をしているという自覚はありました?
私が小学生ぐらいの頃によくテレビに出ていたので、なんとなく理解はしてました。友達からちょいちょい言われたりとか(笑)。
──自分が音楽の道を選んだことに、お父さんの影響はあると思いますか?
自分で音楽をやろうと思ったきっかけはバンドブームで、毎日学園祭みたいなことやりたいなあという気持ちからだったんですよ。だから直接的な影響は受けてないと思うけど、音楽の聴き方みたいなものは、小さい頃の環境で成り立っているんだなあって最近は思うんですよね。
──音楽を始めた頃はすかんちとかのコピーをやってたんですよね。自分の娘が、自分がやっている音楽とはかけ離れた音楽をやっていることに対して、何か話をされるようなことはなかったですか?
あえて言わないようにしていたみたいですけど、母親はやいのやいのと黙っていられない人で、私が聴いてるものに対して「お父さんがこう言ってた」って(笑)。ただ、バンドを始めるときにギターが欲しかったのですが、中学生でアルバイトもできないし、親にねだるしかないから「ギターがやりたい」って話したんですよ。そのときは「俺の畑に来た」って感じでしたね。1聞いたら100返ってくるみたいな。でもそこで「お父さんの言ってること全然わかんない」みたいになって、暗黙のうちに家で音楽の話はしないようになりました(笑)。Cymbalsの後期ぐらいまではほぼ家で音楽の話をすることはなかったですね。
親に隠れてこっそりジャズを
──その歴史を考えると「STANDARDS」でジャズを選んだというのはなんとも因果な話ですね。
そうなんですよね。急に意識的にジャズを聴き始めて……家にはボーカルもののレコードはあまりなかったんですけど、サンプルCDがよく届いてたんですね。父はボーカルものは進んで聴かないから、よく放置してあったんです。それを盗むように聴いて、そのうちすごくお気に入りのものができてきたり。まるでコソコソとタバコを吸うようにジャズを聴いていて(笑)。
──なんでコソコソと聴いてたんですか。
なんかやっぱり、ジャズは親のものというか。「何? その味わかるの?」って言われるような恥ずかしさがあって。そんなある日、父がチェット・ベイカーの「Chet Baker Sings」をどこからかもらってきて、「これいいアルバムだから聴いてみれば?」ってポンとベッドの上に置いたんですよ。で、父がいなくなってからビリビリと封をはがして(笑)。それで聴いてみたら、私がずっと聴きたかった、ずっと探していたジャズボーカルのアルバムだってそのとき思ったんですよ。ジャズ的なものがやりたいというぼんやりとした思いが、このアルバムを聴いてはっきりしたというか。ストレートな歌唱で、ポップスとも言えるもの。
──なるほど。
だから「ジャズのアルバムを出したい」とプレゼンするまでは、ずっと盗んでジャズを聴いてたことは隠していたんですけど、やっぱり一番尊敬するジャズミュージシャンは父だし、いつか一緒に仕事をしたいとは思っていたんです。というか、父と一緒に仕事をするためにも……という気持ちもちょっとあったんですけど。それで初めて「実はジャズが好きで聴いていて」って話をしたら、まずびっくりされました。ウソでしょ?みたいな。ちょっと引かれたっていうか(笑)。
──でも結局は一緒に音楽を作ることを承諾したわけですよね。
「どんな感じがやりたいの?」ってすごく聞かれました。それが娘の中で地に足の着いたものなのかどうかをジャッジしてたみたいで。私の切り口でこういうものを作りたい、例えば森山良子さんや美空ひばりさんが歌うジャズも好きで、という話をしたら「ああ」と理解してくれて。
──「土岐麻子ジャズを歌う」という副題はまさにそのノリというか、歌謡曲の歌手がジャズを歌うときによく使われたコピーですよね。
そうですね、まさに。
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- カバーアルバム「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」 / 2014年11月19日発売 / 3240円 / rhythm zone / RZCD-59712
- 「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」ジャケット
収録曲
- In a Sentimental Mood
- Round Midnight
- Stardust
- Lady Traveler
- Misty
- The Look of Love
- Californication
- After Dark
- Smile
- Christmas in the City(Performed by 土岐麻子 & 細野晴臣)
- Cheek to Cheek
TOKI ASAKO 10th ODYSSEY
ソロデビュー10周年 感謝祭!!
どこにも省略なんてなかった 3952days
- 2014年12月6日(土)
- 大阪府 Billboard Live OSAKA
[1回目]OPEN 15:30 / START 16:30
[2回目]OPEN 18:30 / START 19:30 - 2014年12月11日(木)
- 愛知県 名古屋ブルーノート
[1回目]OPEN 17:30 / START 18:30
[2回目]OPEN 20:30 / START 21:15 - 2014年12月20日(土)
- 東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール
OPEN 17:00 / START 18:00
出演者
土岐麻子 / 矢野博康 / 鹿島達也 / 奥田健介(NONA REEVES) / 伊澤一葉(the HIATUS、あっぱ)
東京公演ゲスト:土岐英史
土岐麻子(トキアサコ)
1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2011年12月に初のオールタイムベストアルバム「BEST! 2004-2011」を発表。ソロデビュー10周年を迎えた2014年11月に「STANDARDS」最新作となる「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースした。