TK from 凛として時雨「As long as I love / Scratch(with 稲葉浩志)」レビュー|敬愛するB'z・稲葉浩志との衝撃コラボで描いたもの

TK from 凛として時雨のダブルA面シングル「As long as I love / Scratch(with 稲葉浩志)」がリリースされた。

本作はTKのソロプロジェクト始動10周年を記念して制作された1枚。ゲストとしてTKが学生時代から強くリスペクトしてきたB'zの稲葉浩志が参加している。シングルにはTKが作曲したロックナンバーに2人が共作した歌詞が乗せられた「As long as I love」、戦略トレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」の最新シリーズ「神河:輝ける世界」のCMソングでもあるバラードナンバー「Scratch」の2曲が収められており、その楽曲のクオリティの高さや、TKと稲葉という2人のボーカリストの世代を越えたコラボレーションが大きな話題を集めている。

音楽ナタリーでは、シングル曲「As long as I love」「Scratch」の魅力や、TKと稲葉が本作に込めた思いを、音楽ライター・森朋之のレビューを通して紐解いていく。

取材・文 / 森朋之

TKと稲葉浩志、衝撃的なコラボ作はいかにして生まれたのか?

TK from 凛として時雨が稲葉浩志(B'z)を迎えてリリースされたシングル「As long as I love / Scratch(with 稲葉浩志)」が大きな話題を集めている。世代を超えて実現したこのコラボレーションの発端は、10代の頃からB'zをリスペクトし続けるTKが、自身のソロプロジェクト始動10周年の締めくくりとして稲葉にデモ音源を送ったこと。このオファーを稲葉が承諾し、今回のプロジェクトがスタートした。以前からB'zからの影響を公言していたTKにとっては、まさに夢の実現だったはずだ。

一方の稲葉にとって今回のコラボは、どんな意義があったのだろうか? 日本を代表するロックボーカリストである稲葉は、スティーヴィー・サラス、スラッシュなどの海外アーティストとの共演・共作はあるものの、日本のミュージシャンとの作品を共にすることはまったくなかった。実際、TKからのオファーを受けた稲葉は「どんなものを作れるか自分でも予想がつかず、とにかくお互いに納得できる面白いものができたら発表しましょうという前提でスタートした」(本シングルに関するコメントより)とコメントしている。そんな稲葉の心を捉えたのは、TKが制作したデモ音源。そう、TKの際立ったクリエイティビティが、稲葉の迷いを払拭し、この世紀のコラボへと導いたのだ。この出会いが稲葉にとっても大きな刺激になったことは間違いないだろう。

そのポイントはおそらく、TKの音楽の中にB'zのDNAが宿っていたことだろう。メタリックかつテクニカルなギタープレイ、高低差の激しいメロディライン、ハイトーンボイスを生かしたボーカリゼーション。TKの音楽的な特徴のいくつかは、間違いなくB'zから受け継がれたものだ。そう、一見するとあり得ない組み合わせに見える両者の共演は、音楽的な必然によって裏打ちされている。「As long as I love / Scratch(with 稲葉浩志)」を聴けば、誰もがそのことを実感するはずだ。

「As long as I love」で伝えるメッセージ

「As long as I love」は、TKの鋭利なギターフレーズと稲葉の「Hey boy 言ってしまえよ 愛そうと生きる限り」というシャウトから始まる。ずっしりとしたヘヴィネスとしなやかなグルーヴを共存させたリズムセクションを軸に、クラシカルなピアノ、壮大なストリングスを交えたアレンジメント、そして起伏に富んだ旋律が共鳴する構成は、まさにTKの真骨頂だ。プログレッシブなサウンドを完璧に乗りこなし、激しいファルセットと豊かな中音域を高らかに響かせる稲葉のボーカルも素晴らしい。オルタナ、モダンヘビィロック、インダストリアルにも精通しているTKのサウンドメイク / プロデュースワークによって、ロックボーカリストとしての新たな魅力が引き出された──そんな確かな手応えが伝わってくる。

もう1つ強調しておきたいのは、稲葉、TKによる歌詞に込められたメッセージだ。「想像とは違うことが この視野の外で起こる」「真実はどれだけあるの 数えりゃキリがないくらい / 言ってる事がみんな違う」というフレーズは、明らかに2022年の世界の現状と重なる。コロナ禍、戦争。予想も予測もしていなかった未曾有の事態が次々と起こり続ける中、人々は有効な手立てを立てられないまま右往左往し、それぞれの価値や思惑をぶつけ合った結果、これまでにはないほどの衝突や分断が生じてしまった。誰がどう考えても生きづらく、この先の展望はまったく見えない。しかし稲葉とTKは「As long as I love」において、そんな状況をリアルに反映しながらも、「色褪せない風景は 間違いなんかじゃない」「愛そう As long as I live 触れよう As long as I love」とリスナーに呼びかけている。どんな世界になっても、生き続け、愛し続け、触れあい続けよう。この真摯な思いこそが、「As long as I love」の核なのだと思う。

2人が生んだ音楽をどう映像で表現するか

高い芸術性と切実なメッセージ性を共存させたこの楽曲のプロダクションは、ミュージックビデオの演出にもつながっている。その中心を担っているのはアオイツキ。数多くの舞台、MV、CMなどに出演しているZ世代のダンサー、アオイヤマダと高村月によるダンスユニットだ。2人は「As long as I live」のMVに企画段階から参加。それぞれの場所に閉じ込められた状態から自分の意思で脱し、かけがえのない人に会い、触れ合おうとする姿をシアトリカルに表現している。圧巻は両者が邂逅する3分30秒~のシーン。出会えたことの歓喜を爆発させ、2人で疾走する場面は、この楽曲の本質を見事に捉えている。このMVに寄せた、「私たちは、私たちでありながら、現代に広がる鬱々とした様子や、やりようのない人々の気持ち全てになりたかった。」(アオイヤマダ)、「お二人の生んだ音楽が、全身を巡って心を揺らす。アオイヤマダと走った道を、叫んだ空を、僕は忘れない。」(高村月)というコメントも印象的だ。

TKと稲葉浩志の化学反応が楽しめる「Scratch」

ダブルAサイドシングルのもう1曲、「Scratch」についても触れておきたい。戦略トレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」の最新シリーズ「神河:輝ける世界」のCMソングに起用されたこの曲は、荘厳なピアノとストリングス、重厚なバンドサウンドを軸にしたバラードナンバー。「As long as I live」と同じく、吉田一郎(B)、BOBO(Dr)、和久井紗良(Piano)による美しく強靭なアンサンブルとともに、ドラマティックなメロディが響き渡る。

稲葉とTKのボーカル / ハーモニーが交差するアレンジもこの楽曲の聴きどころ。また、稲葉が「いつかこの指も いつかこの声も / 時に溶けていって深く沈んでいくよ」と歌い上げた直後にTKの鋭いギターソロが炸裂するセクションも強烈なインパクトを放っている。プレイヤー / シンガーとしての両者の個性が生み出す、刺激的な化学反応を堪能できる曲と言えるだろう。

「As long as I love / Scratch(with 稲葉浩志)」のリリース直後から、SNSやYouTubeには「TKが歌うと哀愁とか孤独感とか寂しさが漂うのに、稲葉さんが歌うと雄大さ、艶やかさがあふれ出る」「30年好きだけど稲葉さんのこんな歌声初めて聴いた。最高……!チャレンジしていて本当にカッコいい。凛として時雨さんありがとう」といったコメントが数多く寄せられ、多くの音楽ファンが2人の共演を歓迎し、楽しんでいる様子が伝わってくる。日本のロックシーンの新たな扉を開いたTKと稲葉のコラボがもたらした衝撃は、ここからさらに拡大することになりそうだ。

プロフィール

TK(ティーケー)

3ピースバンド・凛として時雨のフロントマン。ボーカルとギターのほか、全楽曲で作曲と作詞、エンジニアを担当している。ソロプロジェクトであるTK from 凛として時雨では、ピアノやバイオリンを取り入れたバンドスタイルから、単身でのアコースティックまで幅広い表現形態をとっている。2021年10月に斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN、XIIX)、阿部芙蓉美、miletといった面々を迎えた自身初のベストアルバム「egomaniac feedback」をリリース。2022年3月には学生時代からリスペクトしていたというB'z・稲葉浩志を迎えた最新シングル「As long as I love / Scratch(with 稲葉浩志)」を発表した。そのほかに、安藤裕子やAimerといったアーティストへの楽曲提供や、エンジニアリングを含めたサウンドプロデュースなども精力的に行っている。